第11話 万能執事の謝罪
ギルと私が昼食を終えると、タイミングよく、ウォルフさんがドアをノックする音がした。
彼は、ワゴンを押して入室して来ると、あっと言う間にテーブルの上を片付け、食器類をワゴンへと戻す。
相変わらず仕事が早いなー……と感心して眺めていると。
彼はくるりと振り返り、私に向かってまっすぐに歩いて来た。
「リナリア様」
「はっ、はいぃっ?」
ギルとベッドにいたこと、『はしたない』って叱られちゃうのかな? と思って身構えていたら。
彼はその場にひざまずき、
「昨夜は、我が姉が、大変失礼なことを仕出かしたとお聞きしました。……いいえ。失礼だけでは、とても済まされないような……無礼極まりないことを仕出かしましたそうで、誠に申し訳ございません。姉には、私からきつく言って聞かせておきましたので、どうかご容赦くださいませ」
そう言って、深々と頭を下げる。
「え?……ああ……。なんだ、そっちのこと……」
てっきり、叱られるのかと思っていた私は、ホッとして、軽くため息をついた。
「そのことなら、もういいの。事情はギルから聞いたし。それに……えっと、ごめんなさい。出来れば、そのことは早く忘れたいから……もう、あまり触れてほしくない……かな」
女の人に襲われそうになった――なんて、冗談でも、二度とごめんだし。
その後の、ギルとアセナさんの間接キス……なんかも、同時に思い出しちゃいそうで、なんかモヤモヤしちゃうし。
「申し訳ございません! 姉の不始末は、弟である私に罰を与えることで、お許しいただければと――」
更に深く頭を下げつつ、そんなことを言い出されてしまい……。
ギョッとした私は、慌てて首をブンブンと横に振った。
「ばっ、罰ってそんな――っ! そんなこと、考えてもいないってば!……ウォルフさんのせいじゃないんだし、ホントにもう、気にしないで? 私も、頑張って忘れるから。――ねっ? それでいーでしょ?」
「いいえ! そのような軽い御沙汰では、私の気が済みません。どうか――どうか私めに、相応の罰をお与えください!」
「……ウォルフさん……」
私はほとほと困り果て、ギルに視線を送って助けを求めた。
彼は小さくため息をつき、眉間にしわを寄せて、眼下のウォルフさんに目をやると、
「ウォルフ。もうそのくらいにしておけ。被害者であるリアが、許すと言っているんだ。おまえの自己満足のために、私の恋人をわずらわせるな」
「ですが、我が君――っ」
「何度も言わせるな!……私とて、昨夜のことなど、早く忘れてしまいたいんだ。それなのに――おまえが蒸し返したことで、昨夜の記憶が蘇り、気分が悪くなってしまった。このことについては、どう責任を取るつもりだ?」
腕を組み、不機嫌そうにそっぽを向く。
「ギっ、ギルも忘れたいって言ってるんだし、お互い、この話はここまでにしよう?……ねっ? 顔を上げて、ウォルフさん」
私は焦り、どうにか笑顔を作って、二人を取り成すように声を掛けた。
ウォルフさんはゆっくり顔を上げ、
「……かしこまりました。では、そのように――」
小声で言って立ち上がり、深々と一礼してから、ワゴンを押して出て行く。
彼の姿がドアの外に消えると、
「まったく。直接関係のないウォルフが、あそこまで気にしているというのに、当事者は詫びのひとつもなしか。……まあ、あの女の不遜な態度は、今に始まったことではないが」
ギルは再び眉間にしわを寄せ、苦々しげに言い放った。
「……ねえ。ギルはアセナさんのこと、嫌いなの?」
ここまでストレートに、彼が他人のことを悪く言うのは、珍しい気がして、思わず訊ねてしまった。
「ああ、嫌いだ。昔から扱いづらい女でね。直接の主従関係にあるフレデリックには、忠実なしもべのように振る舞っているが……それ以外の者には、たとえ立場が上の者であろうと、見下しているような態度を取るんだ。……とにかく、あの女のやることなすこと、気に入らない」
ものすごく素直な彼の答えに、私は何故か、軽い嫉妬を覚えた。
彼の心を、ここまでむき出しにさせてしまう人なんて、他にいない気がしたから……。
「リア? 急に黙り込んだりして、どうかしたかい? 今の話で、昨夜のことを思い出してしまったのかな?……だとしたら、申し訳ない」
心配そうな声に、私は笑って首を振る。
「う、ううんっ。なんでもないっ。べつに、昨夜のことを思い出したワケじゃないよ。……大丈夫」
「……リア」
彼は突然席を立ち、私の元へと近寄ると、そっと頬に片手を当てた。
「ギル……?」
「君は本当に、嘘がヘタだね。君の『なんでもない』は、『気にしている』に――『大丈夫』は、『辛い』『苦しい』に聞こえるよ」
切なげに顔を覗き込み、私の頬を優しく撫でる。
「そ――っ!……そんなこと、ないよ……。ホントに、なんでもないから……」
そう言いつつも、私は彼の視線から目をそらし、顔を見られないように、深くうつむいた。
「リア!――ダメだ。目をそらすことは許さない!」
彼は私の頬を両手で挟み込み、強引に自分の方へと向けると、素早くかがみ込んで唇にキスした。




