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赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第10章 心の闇

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第11話 万能執事の謝罪

 ギルと私が昼食を終えると、タイミングよく、ウォルフさんがドアをノックする音がした。

 彼は、ワゴンを押して入室して来ると、あっと言う間にテーブルの上を片付け、食器類をワゴンへと戻す。


 相変わらず仕事が早いなー……と感心して眺めていると。

 彼はくるりと振り返り、私に向かってまっすぐに歩いて来た。


「リナリア様」

「はっ、はいぃっ?」


 ギルとベッドにいたこと、『はしたない』って叱られちゃうのかな? と思って身構えていたら。

 彼はその場にひざまずき、


「昨夜は、我が姉が、大変失礼なことを仕出かしたとお聞きしました。……いいえ。失礼だけでは、とても済まされないような……無礼極まりないことを仕出かしましたそうで、誠に申し訳ございません。姉には、私からきつく言って聞かせておきましたので、どうかご容赦くださいませ」


 そう言って、深々と頭を下げる。


「え?……ああ……。なんだ、そっちのこと……」


 てっきり、叱られるのかと思っていた私は、ホッとして、軽くため息をついた。


「そのことなら、もういいの。事情はギルから聞いたし。それに……えっと、ごめんなさい。出来れば、そのことは早く忘れたいから……もう、あまり触れてほしくない……かな」



 女の人に襲われそうになった――なんて、冗談でも、二度とごめんだし。

 その後の、ギルとアセナさんの間接キス……なんかも、同時に思い出しちゃいそうで、なんかモヤモヤしちゃうし。



「申し訳ございません! 姉の不始末は、弟である私に罰を与えることで、お許しいただければと――」


 更に深く頭を下げつつ、そんなことを言い出されてしまい……。

 ギョッとした私は、慌てて首をブンブンと横に振った。


「ばっ、罰ってそんな――っ! そんなこと、考えてもいないってば!……ウォルフさんのせいじゃないんだし、ホントにもう、気にしないで? 私も、頑張って忘れるから。――ねっ? それでいーでしょ?」

「いいえ! そのような軽い御沙汰(ごさた)では、私の気が済みません。どうか――どうか私めに、相応の罰をお与えください!」

「……ウォルフさん……」


 私はほとほと困り果て、ギルに視線を送って助けを求めた。

 彼は小さくため息をつき、眉間にしわを寄せて、眼下のウォルフさんに目をやると、


「ウォルフ。もうそのくらいにしておけ。被害者であるリアが、許すと言っているんだ。おまえの自己満足のために、私の恋人をわずらわせるな」

「ですが、我が君――っ」


「何度も言わせるな!……私とて、昨夜のことなど、早く忘れてしまいたいんだ。それなのに――おまえが蒸し返したことで、昨夜の記憶が蘇り、気分が悪くなってしまった。このことについては、どう責任を取るつもりだ?」


 腕を組み、不機嫌そうにそっぽを向く。


「ギっ、ギルも忘れたいって言ってるんだし、お互い、この話はここまでにしよう?……ねっ? 顔を上げて、ウォルフさん」


 私は焦り、どうにか笑顔を作って、二人を取り成すように声を掛けた。

 ウォルフさんはゆっくり顔を上げ、


「……かしこまりました。では、そのように――」


 小声で言って立ち上がり、深々と一礼してから、ワゴンを押して出て行く。

 彼の姿がドアの外に消えると、


「まったく。直接関係のないウォルフが、あそこまで気にしているというのに、当事者は詫びのひとつもなしか。……まあ、あの女の不遜(ふそん)な態度は、今に始まったことではないが」


 ギルは再び眉間にしわを寄せ、苦々しげに言い放った。


「……ねえ。ギルはアセナさんのこと、嫌いなの?」


 ここまでストレートに、彼が他人のことを悪く言うのは、珍しい気がして、思わず訊ねてしまった。


「ああ、嫌いだ。昔から扱いづらい女でね。直接の主従関係にあるフレデリックには、忠実なしもべのように振る舞っているが……それ以外の者には、たとえ立場が上の者であろうと、見下しているような態度を取るんだ。……とにかく、あの女のやることなすこと、気に入らない」


 ものすごく素直な彼の答えに、私は何故か、軽い嫉妬を覚えた。

 彼の心を、ここまでむき出しにさせてしまう人なんて、他にいない気がしたから……。


「リア? 急に黙り込んだりして、どうかしたかい? 今の話で、昨夜のことを思い出してしまったのかな?……だとしたら、申し訳ない」


 心配そうな声に、私は笑って首を振る。


「う、ううんっ。なんでもないっ。べつに、昨夜のことを思い出したワケじゃないよ。……大丈夫」

「……リア」


 彼は突然席を立ち、私の元へと近寄ると、そっと頬に片手を当てた。


「ギル……?」

「君は本当に、嘘がヘタだね。君の『なんでもない』は、『気にしている』に――『大丈夫』は、『辛い』『苦しい』に聞こえるよ」


 切なげに顔を覗き込み、私の頬を優しく撫でる。


「そ――っ!……そんなこと、ないよ……。ホントに、なんでもないから……」


 そう言いつつも、私は彼の視線から目をそらし、顔を見られないように、深くうつむいた。


「リア!――ダメだ。目をそらすことは許さない!」


 彼は私の頬を両手で挟み込み、強引に自分の方へと向けると、素早くかがみ込んで唇にキスした。

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