第10話 詐欺だと責められて
バスルームに入って来たギルは、とっさに『痴漢』呼ばわりしてしまっても、少しも動じる様子はなかった。
まあ、『痴漢』の意味がわからなかったみたいだから、当然と言えば当然かもしれないけど。
……でもでもっ、いくら恋人だからって、断りもなくバスルームに入って来るなんて、やっぱりおかしいと思うのよねっ。
〝親しき仲にも礼儀あり〟ってゆーでしょっ?
――とにかく。
ふてぶてしい恋人を前に、私が絶句して固まってると、彼はニコッと笑って寄って来て、
「せっかく綺麗に汗を洗い流したのに、使用済みのシーツを巻いていたのでは、湯浴みした意味がなくなってしまうよ?――ほら。そのシーツはやめて、こちらで体を――」
なんて言いながら、シーツに手を伸ばして来た。
「ちょ…っ、ヤ――っ! 来ないでよバカッ!!」
ハッとして飛びすさり、私は彼の手から逃れた。
「バカ?……君が困っているだろうと思って、着替えを持って来てあげたのに。その言い方はないんじゃないか?」
ムッとしたように顔をしかめる彼に、私は即座に反省した。
……そっか。
覗きに来たワケじゃなかったんだ。
気を利かせて、新しいタオルと、私の着替えを持って来てくれたのか……。
なのに私、突然で驚いたからって、『痴漢』なんて言っちゃって……。(彼に意味が通じなくてよかった……)
「あ……。ごめんなさい。急に来られたから、ビックリして……つい……」
「まあ、驚かせてしまったのなら、悪かったと思うが……。そうやって、いつまでも私相手に恥ずかしがられるのも、なんだか寂しい気もするね。……恥じらいを忘れられたら忘れられたで、興醒めしてしまうかもしれないが……」
彼は意味深な笑いを浮かべながら、徐々に距離を詰め、両手を伸ばして私を抱き寄せた。
「ちょっと、ギルっ?……ヤダっ……は、離してっ!」
「嫌だ。……私はまだ、君が苦し紛れに言った契約など、認める気はないからね。ここでハッキリさせよう」
「――は?……ハッキリ、って……。どっ、どーゆーことっ?」
「君は観念して、私に全てを委ねるんだ。それで、この問題は解決。……いいね?」
体を離し、私の顎を人差し指と親指でつかんで上向かせると、彼は決断を迫るように、グッと顔を近付けて来た。
「なっ、なにそれっ!? そんな勝手な――っ」
「勝手なのは君の方だろう? 一度は許しておきながら、寸前になって拒否するなど……詐欺だよ。これは立派な詐欺だ」
「う……っ」
痛いところを突かれて、私は答えに詰まって目をそらす。
「リア。お願いだから逃げないでくれ。……だいたい、『逃げてもいい』と言った時、逃げなかったのは君だよ? 自分で逃げないと決めたんだろう?……だったら、いい加減覚悟を決めてくれないと……私だって、君を信じられなくなってしまうよ」
「……う……、うぅ……」
ギルの言ってることは、いちいちもっともで。
私は完全に、崖っぷちへと追い込まれてしまった。
何か言い返したいけど、分が悪すぎて、全くなんにも浮かんで来ない。
「……ね? 全てを私に。……いいだろう、リア?」
切なげな声でささやかれ、顔が近付いて……私はためらいながらも瞼を閉じ、彼のキスを受け入れた。
「リア……」
唇が離れ、もう一度、彼の唇が近付くと、
「――まっ、待って! ちょっと待って!」
とっさに両手を前に出し、二度目を拒んでしまった。
「リア! わかってくれたのではなかったのかい? また君はそうやって――」
「ちっ、違うっ! 違うのっ!……わかってる。もう覚悟は決めたけどっ」
「……けど?」
「も、もう少し……、もうちょっとだけ待って? せめて、夜まで……」
「夜? 夜になれば、全てを委ねてくれるんだね?」
「う……うん……」
「本当だね? もう絶対、逃げたり、いきなり妙なことを言って、ごまかしたりもしないね?」
「……う……ん……。だ……大丈夫。もう、逃げない」
彼はため息をつき、渋々といった感じでうなずいた。
「わかった。夜まで待つよ。……では、私は部屋に戻るとしよう。君も、早く着替えて出ておいで。一緒にサンドウィッチ……だったかな? それを食べよう」
「えっ? 昼食、まだとってなかったの?」
訊ねる私の頭を撫で、彼はフッと微笑む。
「一人で食べるより、二人で食べる方が、美味しく感じると思ってね。君が湯浴みを終えるのを、待っていたんだ。では……ね」
私にタオルと着替えを渡すと、彼はドアを開け、バスルームから出て行った。




