第9話 痣=○○?
バスタブにお湯を張る前、泡風呂にするかしないかで、ちょっと迷った。
夜にも入る(うん、絶対。じゃなきゃ気持ち悪い)んだし、シャワーだけでもいいかな~とも思ったんだけど。
やっぱり、何となく体がだるいし、お湯に浸かるの好きだし……。
――よし!
お湯を張って、浸かるだけにしよう。泡風呂は夜でいいや。
そう決めた私は、お湯だけ張ったバスタブに、ゆっくりと体を沈めた。
視線を下に向けたとたん、ある異変に気付き、きょとんとする。
……あれ?
ところどころ赤くなってる。
私、いつの間にこんな傷……。
ううん、傷ってゆーか……なんだろ? 内出血みたいなものが、体のあちこちに……。
ヤダなぁ、こんなにたくさん。
痣になっちゃったらどーしよー?
こんな体、とても人に見せられな……って、人前で裸になる機会なんて、あるワケないか。
水着だって、この世界にあるんだかどーだかわからないし。
……まあ、問題ないよね。
水着があったとしても、姫って立場なんだもん。
そんな姿のまま人前に出ることなんて、まずあり得ない。
――ってことは、見られるとしたらギルくらい……って、いやっ、それだって充分嫌だってば!
こんな痣だらけの体、ギルにだって見せられな――……って、あれ?
ギル……には、私の体……見られちゃってるはずだよね?
だって、あんなことがあった後だ……し……。
あんな……あん、な……?
(…………あれ?)
そこで、再び昨夜の出来事が脳裏をよぎった。
(…………え?……えっ、あれっ?……あ……あ……あぁああーーーーーッ!? まっ、まさか――っ?)
まさか、これ付けたのって……ギルっ!? ギルなのっ?
そ……そー言えば……赤くなってるとこって、ギルが……ギルが、キス……っ……してた、とこ……じゃ……?
は…………はわぁあああっ!?
もっ、もしかしてこれが――っ?
これがっ、キ……キキ――っ、キっ、キス……っ!
『キスマーク』ってヤツなのぉおおおーーーーーッ!?
……ヤダ、私ったら。
ギルに『キスマークは二種類ある』みたいなこと、言われたことあったのに。
それがどんなものなのか、訊きぞびれちゃってたから……すぐにはピンと来なかった。
……そっか。これが……。
これがもうひとつの、『キスマーク』……。
……って、わかったのはいーけど、何なのよこれっ?
どーしてこんなあちこちに、キスマーク付ける必要があるのっ!?
ギルだって、確か……『君の肌を傷付けることになるから、あまりしたくない』みたいなこと、言ってなかったっけっ?
……もぉおおおおっ!
ほんっと、あの人ってば……!
何考えてんだか、全……ッ然、わかんないッ!!
私は顔を熱くしながら、体の赤くなっている部分を、さすったり揉んだりして、痕を消そうと試みた。
だけど、全く消えてくれる気配はなく……薄くなってもくれなかった。
うぅ…っ、どーしよー……。
これってば、いつ消えてくれるのよ?
早く消えてくれなきゃ……これ見るたびに、ギルにキスされたこと、思い出しちゃうじゃない。
……ああああっ、もうっ!
なんだか落ち着かないよぉっ!!
「ギルのバカっ、ギルのバカっ、ギルのバカっ! 次からは、こんなの絶対残させないんだからっ!!」
冷静さを取り戻そうと、懸命にキスマーク――ギルが言うところの『恋人の印』とやらを、消そうとするけど。
肌が痛くなるくらい、こすったり揉んだりしてみても、やはり、いっこうに消えてくれない。
『恋人の印』とやらは、想像以上にしぶとくて……結局、すぐに消すことは、諦めるしかなさそうだった。
もうっ、ギルってば!
さっさとここ出て、文句言ってやんなくっちゃ!
私はザバッとお湯から上がり、体を拭くタオルを探した。
探したんだけど……そこで、大失態に気付く。
し――っ、しまったぁあああーーーーーッ!!
ベッドから直行でバスルーム来ちゃったから、タオルも着替えも、持って来てないんだったーーーーーッ!!
私は両手で頭を抱え、己のバカさ加減をつくづく呪った。
……どっ、どぉおしよおおおっ?
ネグリジェも下着も、バスタブにお湯張る前に、洗っちゃったよ……。
タオルと着替え持って来て……って、ここから大声出してギルに頼むのも、なんだか恥ずかしいし……。
……うぅ……っ。
仕方ない。
また、シーツ巻き付けて出るしかないか……。
大きなため息をつき、シーツを手に取る。
すると、いきなりドアが開いて、
「――っと。……ああ、リア。ちょうど上がったところだったんだね」
ギルがタオルと着替えを持って現れて、私は慌ててシーツで全身を覆い、思いっ切り叫んだ。
「キャーーーーーッ!! なに考えてるのよッ、この痴漢ッ!!」
彼はきょとんとして、
「チカ……ン……? それもまた、元いた世界の言葉?」
なんて言って首をかしげ、私を真正面から見つめる。
な――っ!
……なんでこの人、うろたえもしないの?
ケロっとした顔して……どーして、こんな堂々と……。
『痴漢』とまで言われて、ここまで平気な顔してられる人って、そうそういないんじゃあ……なんて思いながら、私は呆然とその場に立ち尽くした。