第8話 含羞の極み
目覚めた時、私はまだボーっとしていて……自分が今、どういう状況にあるのか、よく把握出来ていなかった。
だから、寝返りを打って、
「ようやくお目覚めですか、お姫様?」
微笑を浮かべ、頬杖を突いているギルと目が合った瞬間、心臓が止まるかと思った。
「ギ…っ、ギギギっ――ギルっ!?」
思いっ切りビックリして、胸元に手を置くと、自分が何も身につけていないことに気付く。
それで更に動転し、再び逆方向へ寝返りを打って、ハリネズミみたいに体を丸めた。
「どっ、どどどっ、どーしてっ? なんで私、はっ、はははっ、はだっ? はだっ、はだ――っ!?」
動揺しすぎて、どもりっぷりがハンパないったらない。
私の両肩に手を置き、ギルは耳元に口を寄せて、
「ひどいな。まさか、『覚えていない』なんて言うつもりではないだろうね?……あれほどまでに、濃密な時を過ごしておいて……それはあり得ないだろう?」
やたら意味深なことをささやき、私の脳内は、瞬時に沸騰しそうなくらい熱くなる。
心臓がバクバクし始めて……もう、何が何だかわからなくなった。
のっ、濃密な時っ!?
それっていったい、どーゆーことッ!?
……確か、この部屋に戻って来てすぐ、ギルと言い合いになったんだよね……?
それから、ギルの告白を聞いて……私もなんだかんだ言って……。
で、それから……ギルにキスしていいか訊かれて……。
それから……それから、えっと……指輪を……。
……ハッ!
そーだ指輪っ!
指輪をギルに外されて……。
ええと……指輪を外して、ギルに預けて……ってことは、つまり……。
ええッ!?
つまりは、そーゆーことッ!?
私……私っ、とうとうギルと――っ!?
「リア……」
吐息まじりに私の名をつぶやくと、彼はうなじにキスして来た。
「ひぁっ!……や……ヤダ。やめ……て…っ」
私の言葉を無視し、うなじから背筋へ唇を少しずつ移動させながら、彼は軽めのキスを落として行く。
「やっ!……やめ……てっ、てば……」
甘くしびれる感覚が、だんだん強くなって行き……恥ずかしさと切なさで、どうにかなりそうだった。
「そろそろ、思い出してくれた? 君が気を失う前も、こうやって……ね?」
「……気を……失う、前……?」
ぼうっとしそうになりながら訊ねると、彼はフッと笑って、
「そうだよ。いよいよこれから……という時に、君は気を失ってしまったんだ。……驚いたよ。そこまでのことは、まだ何もしていなかったのだからね。……まあ、それだけ……君の体が敏感、ということなのだろうけれど」
艶っぽくささやいて、誘うように耳たぶを甘噛みする。
私はゾクッとしながらも、まだ最後まではしていないとわかり、ホッとしたような……でも、ちょっと残念なような、複雑な気持ちで息をついた。
彼はそっと私の肩に手を置き、再び耳元でささやく。
「……ね、リア……。君もこうして目を覚ましたことだし、昨夜の続きをしよう?……ね、いいだろう?」
「な――っ!……なに、言って……。お昼になったら、ウォルフさん……来ちゃう、でしょ?」
私は心臓をバクバクさせつつ、彼に背を向けたまま答える。
「昼?……何を言っているんだい? 昼などとうに過ぎているし、ウォルフも先ほど来て、昼食と着替えを置いて出て行ったよ?」
「……そっ……か……。もう、昼過ぎて…………って、えッ!? ウォルフさん、来たのッ!?」
「ああ。ほんの少し前にね。――ほら、テーブルの上を見てごらん? 昼食が並べてあるだろう?」
慌ててそちらに目をやると、確かにそこには、数種類のサンドウィッチが盛り付けられた皿と、ティーポットとティーカップが、見事にセッティングされていて……。
う……嘘……。
じゃあ……ウォルフさんに、私……ギルとベッドにいるとこ、見られ……て?
い――っ、嫌ぁあああッ!!
ウォルフさんに――ウォルフさんに見られたッ!!
こんなとこ……裸で横になってるとこ見られちゃったッ!!
……ああ……信じらんない。
きっと、呆れられちゃったに違いないよ……。
散々拒んでたクセに、結局は受け入れちゃうような『はしたない娘』だって、軽蔑されちゃったに決まってる!
……もぉ、ヤダ……。
次に彼と顔合わせた時、どんな顔すれば……?
「うぅ……もうダメ……。恥ずかしくて、死んじゃう……」
思わずつぶやくと、
「恥ずかしくて死ぬ? ハハッ。恥ずかしくて死んだ人間の話など、今まで聞いたこともないよ」
おかしそうに笑って、ギルはあっけらかんと言い放った。
「ヤダ。死ぬ。死んじゃう。……私が世界初の、『恥ずかしくて死んだ人間』になるっ」
膝を抱え、私はこれ以上無理ってほど、小さく小さく縮こまった。
「リア……。何がそんなに恥ずかしいんだい? 私と、ここまでの関係を持ってしまったこと? それとも、私達の関係の進行状況を、ウォルフに知られてしまったこと?」
彼は背中から、丸まった状態のままの私を抱き寄せ、首筋に顔を埋めて問い掛ける。
ここまでの関係……ってなにっ!?
関係の進行状況って……私達結局、どこまで行っちゃったのっ!?
私は必死になって、気を失うまでのことを思い出そうと頑張った。
頑張って……で、思い出せたことは思い出せたんだけど……。
(いっ、…………イヤァアアアアアーーーーーーーッ!!)
昨夜、ギルからされたあれこれが、脳内に次から次へと浮かんで来たとたん、私の体は発火したように熱くなった。
――ううん、そんなものじゃない。
脳みそや、細胞のひとつひとつまで、全部グツグツ沸騰して、溶けちゃうんじゃないかと恐怖を感じるくらいの、体温の上昇だった。
イヤッ!!
イヤイヤッ! イヤぁああッ!!
どーして、思い出すこと思い出すこと、恥ずかしいことばっかりなのッ!?
恥ずかしくないことが、ただのひとつもないなんて……こんなの絶対おかしいよぉおおおッ!!
……やっぱり死ぬっ!!
恥ずかしすぎて死ぬぅうううーーーーーッ!!
「ああ……体中、ほんのり赤く染めて……。私を誘っているのかい?」
一人で盛り上がっているらしいギルに、いきなり首筋にキスされた。
私はギュウっと目をつむり、激しく首を横に振る。
「ち…っがぁあああーーーうッ!! 誘ってなんかいないってばッ!! 恥ずかしいから赤くなってるだけっ!! だから早くっ、離れてぇえーーーーーッ!!」
「離れろ?……また、何を今更……。昨夜、指輪を預けてくれたのは君だよ? 私が強引に奪ったんじゃない。君自身が許可してくれたんだ。そうだろう?……だったら私には、君の全てをもらう権利があるはずだ」
「だっ、ダメッ! 今はダメッ!! 今日はもう、期限切れぇッ!!」
「ええっ!? き、期限切れって……。どういうことだい?」
「だっ、だから……。ゆ、指輪一回外すごとに、チャンスは一回なのッ! 私が気を失った時点で、一回終わったことになるから……ハイっ、もう期限切れっ!――ってことで、指輪返してっ!」
背中を向けたまま、片手を後ろに差し出すと、ギルはその手をギュッと握って、
「そんなバカな契約があるものか! 指輪を預ける前に言ったならまだともかく、預けた後に、そんなことを言い出すなんて……。ひどすぎると思わないか?」
「ひどくないもんっ! 私の中では、そーゆー決まりになってたんだもんっ! だから早くっ、指輪返してーーーッ!!」
「……ダメだよ。そんな一方的な主張、認めるつもりはないからね。ここまで許しておいて、まだそんな、意味のわからないことを言い出すとは。……まったく。君にはほとほと呆れ果てたよ」
後ろでため息がし、彼が体を起こす気配がした。
「ギ、ギル……?」
恐る恐る首だけ後ろに向けて、様子を窺う。
「……いいよ。少し休もう。君もお腹が空いているだろう? その話はまた、昼食の後にしよう」
彼はさっさとベッドから下り、立ち上がって、テーブルへと歩いて行ってしまう。
ベッドに一人残された私は……少しだけ反省した。
やっぱり、往生際悪かったかな?
一度は許しておいて、やっぱりダメってなったら……そりゃあ、ギルじゃなくたって怒るよね。
……でも、気を失う前のこと思い出しちゃったら……また、怖くなって来ちゃったんだもん。
あんな――あれ以上のことをするなんて、やっぱりまだ……。
私は素早くシーツを体に巻き付けると、もそもそと起き上がり、ベッドの脇に立った。
すると、ネグリジェや下着が、絨毯の上に散乱しているのが、嫌でも目に入って来て……狼狽した私は、慌ててそれらを拾い上げた。
「リア? 昼食は?」
椅子に腰掛けたギルが、首をかしげて訊ねる。(……それにしても、さっさと自分だけ服着ちゃってるなんて、ズルイ!)
「わっ、私っ、シャ――……湯浴みして来るっ」
顔を背けたまま返事して、私は取るものも取りあえず、バスルームへと一直線に駆け込んだ。




