第6話 十一年前の真実
ギルから告げられた、彼のお母様の惨たらしい最期と、アナベルさんとフレディに対する、彼の本心。
ショックな内容を同時に打ち明けられ、途方に暮れる私をよそに、彼は再び口を開いた。
「あの会議の日。あの女の処分を決める日。当然のことだが、私は厳罰を望んでいた。母をあのようなひどい目に遭わせた女を、許す気になど、とうていなれなかった。子供に罪はないと言うが、あの頃の私には――そんな女の血が流れているというだけで、息子も同罪だという思いを、どうしても拭い去ることが出来なかった。母を心から愛していた父も、当然、同じ気持ちだろうと思っていた。……だが、違った。あの人は、皆が『親子揃って火あぶりの刑だ』と騒ぎ出したその席で、ただオロオロと――誰かに助けを求めるかのように視線をさまよわせ、あろうことか、この私に目を留めた。そして、追い詰められた瞳で訴えるんだ。『助けてくれ。おまえが止めに入れば、きっと皆も静まり、考え直す。だから頼む。おまえにしか頼めない。二人を救ってやってくれ』と……」
彼は私を振り返り、涙をはらはらとこぼしながら、自嘲するみたいに笑ってみせる。
「ひどい話だと思わないか? 母を殺され、自らも殺され掛けた息子に向かい、仇を『助けてくれ』と訴える父親!……信じられないだろう? 自分に留める力がないから。皆を統率する力がないからと、まだほんの九つの、死に損ないの無力な息子に!……救えと言うんだ、この私に。仇である親子の命乞いをしろと。……バカげている! まったく、呆れるほどのひどい話だ……」
想像以上に痛ましい彼の過去に、なんて声を掛けてあげればいいのか、全然思い浮かばなかった。
どうすれば、彼の気持ちを癒してあげられるのか……ううん、『癒してあげる』なんて、おこがましすぎる。
私には何も出来ない。
彼の気持ちを軽くしてあげられる方法なんて、さっぱりわからない。
今日、この時ほど……自分の無力さを痛感させられたことはなかった。
「ひどい父だが……それでも、私の母を愛してくれた人だ。すがるような瞳で訴えられては、無下に拒むことも出来なかった。だから息子だけ――息子の方だけは、救いの手を差し伸べてやることにしたんだ。そこに同情や……ましてや、愛情があった訳ではない」
彼は悲しげに笑うと、私をまっすぐに見つめた。
「これでわかっただろう? 私はフレデリックを――あの女を許す気など微塵もないんだ。許すどころか、ずっと変わらず、憎み続けて来た。フレデリックに向けていた優しさなど、ただの幻だ。欺まんだ。全ては茶番だったんだよ」
何も言えず、ただ見つめ続ける私に近付くと。
彼は、そっと私の頬に触れ……涙に濡れた瞳で、切々と訴える。
「リア……。これが、君が愛した男の本当の姿だ。醜くゆがんでいて、狡猾で、それでいて臆病で。……まっすぐで純粋な君には、とても釣り合わない。君を愛する資格などない、惨めな男だよ。……呆れただろう? それとも、激しい嫌悪にでも襲われているかい?……逃げるなら逃げてもいいよ。もう愛せる自信がないと言うなら……シリルを連れて、早急にこの城から出て行くことだ。今なら……今ならまだ君を、大人しく帰してあげられる。逃げるなら今しかないよ。この時を逃したら、私はきっと……無理やりにでも、君を自分のものにしようとするだろう。……もう限界なんだ。これ以上、嫉妬の炎に身を焼かれたら……私はきっと、君を壊してしまう。だからリア。私から逃げてくれ。過去の亡霊と憎悪に囚われ、未だ血の海でもがき続けているような哀れな男に……君を傷付けさせたくない」
彼の声と、頬に触れた手が、僅かに震えているのに気付いた瞬間。
それまで堪えていた涙の粒がこぼれ落ち、彼の手の甲を伝った。
「リア……」
震える指先で、優しく私の涙を拭ってくれながら。
彼は泣き笑いみたいな顔をして、切ない想いを吐露し続ける。
「すまない。私は、君を泣かせてばかりいるな。……君には、いつも笑っていて欲しいのに。幸せに、微笑んでいて欲しいのに。それなのに私は……君を傷付けて、怒らせて――怖がらせてばかりだ。……いいんだよ、リア。このまま私の元を去っても。……私に気を遣う必要などない。君にはきっと、私より似合いの相手がいる。……たとえば、カイルのような……君だけを想い、君のためなら、どんな努力も惜しまず……身分の差などにも屈しない。そんな男の方が、君には合っ――」
「やめてよっ、ギルのバカっ!!」
堪らずに叫んで、彼の腰に手を回し、力一杯抱きついた。
「――っ!……リア……」
「ギルのバカっ! バカッ!! どーしてこんな時に、カイルの話なんてするの!? どーして私に、この城を出ろなんてゆーのっ? 私は、ギルが好きなのに……ギルだけが好きなのにっ! どーして遠ざけようとするのよっ!?」
「……リア。私は……」
彼は私の背中に手を添えて……でも、抱き締めてはくれなかった。
「バカバカっ! 私、前にも言ったじゃない! 強いあなたも、弱いあなたも、大人のあなたも、子供のあなたも、全部好きだって! なのに、どーして信じてくれないの!? 私は、ギルが好きなの! どんなギルでも、大好きなのっ!! どんなことがあったって……あなたがどんなにゆがんでたって、臆病だって構わないよ! 裏の顔を見せつけられたって、嫌いになんてなれっこないッ!!……好きなんだもん……。側にいたいんだもん。……だから……だからお願い。私を……私を諦めようとしないで――!」
「リア……。だが、私は……母を殺したあの人を――その息子であるフレデリックさえ、許せてはいないんだよ? 今も憎み続けているんだ。こんな醜い男の側にいたら、君までも汚してしまう。そんな気がして、怖いんだ。君を……私の闇に引きずり込みたくはない。君には、真っ白なままでいて欲しいんだ」
「真っ白なんかじゃないよ! 私にだって、闇みたいなものはあるよ! いっぱいあるよっ!」
「君に、闇のようなものだって――?……まさか。そんなものある訳――」
「あるよッ!! いっぱいあるんだってばッ!! ギルは、私のことを過大評価しすぎてるだけっ!」
私は、ギルが考えてるような、綺麗で真っ白な人間なんかじゃない。
それをわかってほしくて、私は体中から声を絞り出すようにして、必死に訴えた。