第4話 爆発する怒り
嘘――っ?
なんでギルがここにっ!?
私もフレディも、驚きすぎて声も出なかった。
ギルは今まで見たこともないくらい、恐ろしげな顔つきで私達を睨みつけ、
「――ッ!……よくも――ッ!」
唸るような声を上げて近付いて来ると、フレディの胸ぐらを片手でつかみ、止める間もなく、左頬を拳で殴り付けた。
「きゃあぁッ!!――フレディっ!!」
フレディの体は、激しく床に打ち付けられ、彼の口から『ぐぅ…!』と、うめき声が漏れる。
ギルは、フレディを強引に立ち上がらせ、再び、躊躇なく右腕を振り上げた。
「やめてッ!! やめてよギルッ!!」
私は慌ててベッドから起き上がり、彼を止めに走った。
「お願い、やめてッ!! フレディにひどいことしないでッ!!」
彼は一瞬、動きを止めたけど――私を振り返りもしないで、容赦なく拳を振り下ろす。
「ギルっ!!……フレディっ!!」
止められないと覚った私は、床に倒れているフレディと、ギルとの間に割って入り、大きな声で訴えた。
「やめてって言ってるのが聞こえないのッ!?……どーして……どーしてこんなひどいことするのよッ!?」
「リア……。そこをどくんだ。この程度で、許す訳には行かない」
静かだけど、どこかゾッとさせるような低い声……。
いつものギルじゃない気がして、怖かったけど……素直に引き下がるワケには行かなかった。
「イヤっ!! ギルがやめてくれるまで、絶対どかないッ!!」
両手を広げて言い切る私に、ゆっくりと視線を移し、彼は抑揚のない声でつぶやく。
「君は……またそうやって、こいつをかばうのか……」
……『こいつ』?
こいつって……フレディのこと?
ぞんざいな呼び方に、少なからずショックを受けたけど。
すぐさま気を取り直し、私はキッと彼をにらみ据えた。
「かばうよ! かばうに決まってるでしょ!? いきなり、ワケもなく人を殴ったりして……。見損なったよ、ギルのバカっ!!」
「バカは君の方だろうッ!? 何度も何度も忠告したのに、全くわかっていないじゃないか!! 男を甘く見るなと何度言ったら――っ、君は理解してくれるんだッ!?」
「え……っ? 男を……甘く……?」
そこでようやく、彼が誤解していることに気付く。
「ちっ、違うよっ! 誤解してるよ、ギルっ! フレディは、私を助けようとして――転びそうになった私を、助けようとしてくれただけだよ! 間に合わなくて、結局は一緒に倒れちゃったけど……でも、ホントにそれだけなの!!」
「……倒れ込んだだけ? 倒れただけで、そこまでガウンがはだけるのか!? いったいどういう倒れ方をすれば、そこまで腰紐が緩むというんだ!?」
「……え? はだける……?」
視線を下に移すと、いつの間にか、腰紐が大きく緩んでいて……合わせてあったはずのガウンの襟元が、パックリと開き……当然、胸元も……。
「ひゃッ? 何これっ!?」
慌てて襟元を重ね合わせ、緩んだ腰紐を結び直す。
だけど、焦ってるからか、指先がもつれて、なかなかうまく結べなかった。
その隙に、ギルは素早くフレディに近付くと、再び彼の胸ぐらをつかんで持ち上げ、鋭い眼光で見下ろした。
「フレデリック。おまえは私との約束を破った。私の許可なく、リアに近付いてはならないという約束を――。それは認めるな?」
フレディは、真っ赤な頬を片手で押さえながら、無言でうなずく。
「それだけならいざ知らず、おまえはリアに懸想し、欲情し……あわよくば、彼女を自分のものにしようとした。間違いないな?」
「そっ、そんな――っ! 違います兄上っ! 僕は……私は、自分のものにしようなどと――っ」
「欲情したことは認めるんだな?……そうなんだな、フレデリック?」
「――っ!……そ……それ、は……」
「な……何言ってるのギルっ? そんなワケないじゃない! フレディはただ――っ」
「君は黙っていてくれないか? 私はフレデリックに訊いているんだ」
「――っ!……ギル……」
少しもこちらを見ようともせず、冷たく言い放つ彼に、私は為す術なく立ちすくんだ。
ここまでないがしろにされたことなんて、今までなかったかもしれないと、少なからずショックを受けていた。
「答えろ、フレデリック! 倒れ込み、彼女の肌を間近に見た時、おまえは――ほんの少しの劣情も抱かなかったと、私の目を見て言えるか? 邪な感情など露ほども浮かばなかったと、ハッキリ言い切る自信はあるのか?」
「…………」
フレディはギルから目をそらし、じっと床を見つめている。
「どうした? 弁解するなら今のうちだぞ。しないのであれば、弁解できないような感情を抱いた――という意味だと受け取るが……それで構わないんだな?」
ギュッと唇を噛み、フレディは力なくうなずいた。
「フレディ……?」
私は呆然とフレディを見下ろし、彼は無言のままうな垂れている。
ギルはギリリと歯噛みして、
「おまえは……おまえ達は、私から母を奪っただけでは飽き足らず――リアまでも奪おうというのかッ!?」
絞り出すようにして発した言葉に、フレディは真っ青になって息をのむ。
ギルは、突き放すようにしてフレディを解放すると、立ち上がって私の腕をつかみ、ドアに向かって歩き出した。
「ギっ、ギル、待って! 私の話も聞いてっ?」
「君の話は、私の部屋に戻ってから聞く」
相変わらず、私と目を合わせようともせず、ギルは素っ気なく言い放つ。
爪が食い込みそうなほど、強くつかまれた腕が、ジンジンと痛み出していたけど。
私は顔をゆがめつつ、大人しく従うことしか出来なかった。
部屋を出る寸前、ドアが完全に閉まらないうちに、慌てて後ろを振り返ると、フレディは身じろぎひとつせず、床に座り込んでいて……。
瞬間。私の胸に、言いようのない痛みが走った。




