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赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第10章 心の闇

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第4話 爆発する怒り

 嘘――っ?

 なんでギルがここにっ!?



 私もフレディも、驚きすぎて声も出なかった。

 ギルは今まで見たこともないくらい、恐ろしげな顔つきで私達を睨みつけ、


「――ッ!……よくも――ッ!」


 唸るような声を上げて近付いて来ると、フレディの胸ぐらを片手でつかみ、止める間もなく、左頬を拳で殴り付けた。


「きゃあぁッ!!――フレディっ!!」


 フレディの体は、激しく床に打ち付けられ、彼の口から『ぐぅ…!』と、うめき声が漏れる。

 ギルは、フレディを強引に立ち上がらせ、再び、躊躇(ちゅうちょ)なく右腕を振り上げた。


「やめてッ!! やめてよギルッ!!」


 私は慌ててベッドから起き上がり、彼を止めに走った。


「お願い、やめてッ!! フレディにひどいことしないでッ!!」


 彼は一瞬、動きを止めたけど――私を振り返りもしないで、容赦なく拳を振り下ろす。


「ギルっ!!……フレディっ!!」


 止められないと覚った私は、床に倒れているフレディと、ギルとの間に割って入り、大きな声で訴えた。


「やめてって言ってるのが聞こえないのッ!?……どーして……どーしてこんなひどいことするのよッ!?」

「リア……。そこをどくんだ。この程度で、許す訳には行かない」


 静かだけど、どこかゾッとさせるような低い声……。

 いつものギルじゃない気がして、怖かったけど……素直に引き下がるワケには行かなかった。


「イヤっ!! ギルがやめてくれるまで、絶対どかないッ!!」


 両手を広げて言い切る私に、ゆっくりと視線を移し、彼は抑揚(よくよう)のない声でつぶやく。


「君は……またそうやって、こいつをかばうのか……」



 ……『こいつ』?

 こいつって……フレディのこと?



 ぞんざいな呼び方に、少なからずショックを受けたけど。

 すぐさま気を取り直し、私はキッと彼をにらみ据えた。


「かばうよ! かばうに決まってるでしょ!? いきなり、ワケもなく人を殴ったりして……。見損なったよ、ギルのバカっ!!」

「バカは君の方だろうッ!? 何度も何度も忠告したのに、全くわかっていないじゃないか!! 男を甘く見るなと何度言ったら――っ、君は理解してくれるんだッ!?」


「え……っ? 男を……甘く……?」


 そこでようやく、彼が誤解していることに気付く。


「ちっ、違うよっ! 誤解してるよ、ギルっ! フレディは、私を助けようとして――転びそうになった私を、助けようとしてくれただけだよ! 間に合わなくて、結局は一緒に倒れちゃったけど……でも、ホントにそれだけなの!!」


「……倒れ込んだだけ? 倒れただけで、そこまでガウンがはだけるのか!? いったいどういう倒れ方をすれば、そこまで腰紐が(ゆる)むというんだ!?」


「……え? はだける……?」


 視線を下に移すと、いつの間にか、腰紐が大きく緩んでいて……合わせてあったはずのガウンの襟元が、パックリと開き……当然、胸元も……。


「ひゃッ? 何これっ!?」


 慌てて襟元を重ね合わせ、緩んだ腰紐を結び直す。

 だけど、焦ってるからか、指先がもつれて、なかなかうまく結べなかった。


 その隙に、ギルは素早くフレディに近付くと、再び彼の胸ぐらをつかんで持ち上げ、鋭い眼光で見下ろした。


「フレデリック。おまえは私との約束を破った。私の許可なく、リアに近付いてはならないという約束を――。それは認めるな?」


 フレディは、真っ赤な頬を片手で押さえながら、無言でうなずく。


「それだけならいざ知らず、おまえはリアに懸想(けそう)し、欲情し……あわよくば、彼女を自分のものにしようとした。間違いないな?」

「そっ、そんな――っ! 違います兄上っ! 僕は……私は、自分のものにしようなどと――っ」


「欲情したことは認めるんだな?……そうなんだな、フレデリック?」

「――っ!……そ……それ、は……」


「な……何言ってるのギルっ? そんなワケないじゃない! フレディはただ――っ」

「君は黙っていてくれないか? 私はフレデリックに訊いているんだ」

「――っ!……ギル……」


 少しもこちらを見ようともせず、冷たく言い放つ彼に、私は()(すべ)なく立ちすくんだ。

 ここまでないがしろにされたことなんて、今までなかったかもしれないと、少なからずショックを受けていた。


「答えろ、フレデリック! 倒れ込み、彼女の肌を間近に見た時、おまえは――ほんの少しの劣情(れつじょう)も抱かなかったと、私の目を見て言えるか? (よこしま)な感情など(つゆ)ほども浮かばなかったと、ハッキリ言い切る自信はあるのか?」

「…………」


 フレディはギルから目をそらし、じっと床を見つめている。


「どうした? 弁解するなら今のうちだぞ。しないのであれば、弁解できないような感情を抱いた――という意味だと受け取るが……それで構わないんだな?」


 ギュッと唇を噛み、フレディは力なくうなずいた。


「フレディ……?」


 私は呆然とフレディを見下ろし、彼は無言のままうな垂れている。

 ギルはギリリと歯噛みして、


「おまえは……おまえ達は、私から母を奪っただけでは飽き足らず――リアまでも奪おうというのかッ!?」


 絞り出すようにして発した言葉に、フレディは真っ青になって息をのむ。

 ギルは、突き放すようにしてフレディを解放すると、立ち上がって私の腕をつかみ、ドアに向かって歩き出した。


「ギっ、ギル、待って! 私の話も聞いてっ?」

「君の話は、私の部屋に戻ってから聞く」


 相変わらず、私と目を合わせようともせず、ギルは素っ気なく言い放つ。


 爪が食い込みそうなほど、強くつかまれた腕が、ジンジンと痛み出していたけど。

 私は顔をゆがめつつ、大人しく従うことしか出来なかった。



 部屋を出る寸前、ドアが完全に閉まらないうちに、慌てて後ろを振り返ると、フレディは身じろぎひとつせず、床に座り込んでいて……。

 瞬間。私の胸に、言いようのない痛みが走った。

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