第6話 泡風呂に浸かって
泣きやんでから、まず私がしたことは。
服を脱いで、裏の隠しポケットから、指輪を取り出すことだった。
ギルから預かった、彼のお母様の形見の品。
いつも、肌身離さず持っていたかったから、この指輪を受け取ってすぐ、アンナさんとエレンさんにお願いして、持ってる服の裏地(胸元辺り)全部に、小さなポケットを作ってもらったんだ。
服の数が結構多かったから、申し訳なかったけど……。
二人とも裁縫は得意だから、『これくらい朝飯前でございます』って、快く引き受けてくれた。
最初は、素直に指にはめてるつもりだった。……でも、それだとなんだか、カイルに見せつけてるみたいで気が引けちゃって……。
考えた末に出した答えが、『服の裏のポケットにこっそり忍ばせる』ことだった。
形見の指輪を試しにはめてみると、私の薬指のサイズにぴったりと合って、ホッとする。
……あ。
そー言えばこの指輪、材質は何なんだろ? あっちの世界でいうところのシルバーとかだったら、錆びやすいよね?
だとしたらやっぱり、指にはめたままシャワーとかはマズイかも……。
んー……。
後でちゃんと水分拭き取っとけば、大丈夫かな? 身につけとかないと、失くしちゃいそうで怖いし。
大切な、ギルのお母様の形見だもん。その辺に放り出しとくなんて出来ないよ。
迷ったけど、結局は、指輪をしたまま入浴することに決めた。
バスルームは、うちの城のと似たような感じで、困ることはなかったんだけど。
……なんと、バスタブにはモコモコの泡が!
えっ、泡風呂ッ!?
この国、泡風呂なんて存在するのっ?
うちの城では、泡の出ないタイプでの入浴だったから……なんか新鮮。
こっちの方が、『洗ってる』って感じがしそうで、ウキウキするなぁ。
そんなことを思いつつ、ゆっくりと泡の中へと身を沈める。
フワフワモコモコの泡が肌にまとわりついて、ちょっとくすぐったい。
……まあ、これは泡風呂に慣れてないせいかも知れないけど。
……はぁ。あったまるぅ~……。
やっぱりお風呂は最高だわぁ。嫌なことぜーんぶ、忘れられそ――……って、いや。さすがにそこまでは無理だけど。
でも、お風呂に入るだけで、嫌なこと忘れられるんなら、毎日何回だって入っちゃうのにな。(水がもったいないとか、そーゆー現実的な問題は別として)
……嫌なこと……。
私は、何を『嫌なこと』として捉えてるんだろう。
ギルが、私の服や下着を、ウォルフさんに洗わせようとしたこと?
……うん。
これはやっぱり、許せない。
いくらウォルフさんを信頼してるって言っても、それとこれとは、また別の問題でしょ!? いくらなんでも無神経すぎるよ!
あとは……シリルをあんな目に遭わせた、暗殺者みたいな男。
あいつ、ホントに何者なの?
受けた仕事、とか言ってたけど……どーして私を? 誰が私を、殺したがってるってゆーの?
それに、最初に現れた三人組。
『ザックス王国の騎士連中も焼きが回った』なんて言ってたから、違う国の人達ってことなんだろーけど……。
他国の人達が、私を狙う理由って何なの?
先生は、ザックスが他国と揉めてる――なんて話は、全然してなかったけどなぁ?
私を殺して、いったい誰が得するってゆーんだろ?
でも、少なくとも……ここにいるうちは大丈夫だよね? いくらなんでも、この国にまで――この城の中にまで、殺しに来るワケないよね?
私もシリルも……しばらくは、心配いらないよね……?
ああ……だけど、この城に長いこと置いてもらうワケにも行かない、か……。
私、何だかわからないうちに、ここに飛んで(?)来ちゃったんだし。
正式な招待受けて来たワケでも、訪問を申し出てから、ここに来たワケでもないんだもん。
なのに、隣国の人間が、知らないうちに城内にいたら、思いっきり怪しまれるに決まってる。
……とすると、他の人に見つからないうちに、この城から出なきゃいけないよね。
ギルにもウォルフさんにも、迷惑掛けちゃうことになるんだから。
シリルの状態が安定したら、一刻も早く国に戻ろう。
セバスチャンだってみんなだって、いきなり私とシリルが消えちゃって、心配してるだろうし……。
――あ!
そー言えば、セバスチャンはどーなったんだろ? ちゃんと逃げられたのかな?
……ヤダ、私ってば。今まで自分のことばっかりで、セバスチャンの安否も気に留めてなかったなんて……。
ごめんね、セバスチャン。ホントにごめんね……。
一度気になりだしたら、気が気ではいられなくなった。
のんびり入浴してる場合じゃない。さっさと済ませて、ギルに、セバスチャンの安否を確認してくれるように、頼んでみなきゃ!
私は急いで体と髪を洗って、シャワーを浴びた。
さっきまで着ていた服を、バスタブに放り込むと、ざぶざぶ大雑把に洗って、ゆすいで絞って、適当なところに干す。
仕上げに、服のしわを出来るだけ丁寧に伸ばしてから、ウォルフさんが用意してくれた服に着替えて、バスルームを出た。