第3話 第二王子の鎧
朝食が済むと、アセナさんはテキパキとテーブルの上の食器を片付けてから、一礼し、ワゴンを押して出て行った。
その手際の良さと言い、無駄のない動きと言い――やっぱり、ウォルフさんにそっくりだと思った。
アセナさん、私がここにいること、ウォルフさんに教えるかな?
……だとしたら、早々にこの部屋から出て行かないと。
ウォルフさんに様子を見に来られちゃったら、ギルに知られるのは時間の問題だし……。
心配になった私は、フレディに事情を手短に伝え、お礼を言って席を立った。
「そっ、そんな――。まだいいじゃないか! 大丈夫だよ。アセナは口が堅い方だし、いくら姉弟だからって、詳しい事情も知らないまま、おまえがここにいることをしゃべったりしないさ。だから……なっ? もう少しここにいろよ。いいだろう?」
「でも……。もし、ギルにここにいることがバレちゃったら、今度こそホントに、ギルとの仲が険悪になっちゃうかも知れないんだよ? それは嫌でしょ?」
「そっ、それは……」
フレディは言葉に詰まり、しばらく考え込んでいたけど、
「だが、ここを出てから、おまえはどうするんだ? 他に行くところなどないんだろう? それとも……兄上の元に戻り、謝罪して許しを請うのか?」
至極もっともな質問をして来て、今度は私が詰まってしまった。
「行くところもなければ、謝る気にもなれないんだろう? だったら、もう少しここにいろよ! 僕は大丈夫だから」
何故か、すがるような瞳で訴えられてしまい……。
断ることが出来なくなった私は、ためらいながらうなずいた。
「そうか!……よかった」
どこかしら、安堵してるようにも思えるフレディが、不思議で仕方なかった。
私みたいな厄介者、出て行ってくれた方がせいせいすると思うのに。
どーして、こんなに親切にしてくれるんだろ?
次、ギルに見つかったら……フレディに対して、彼がどんな態度を取るか、私だって予想出来なくて、不安で堪らないのに……。
寂しい……のかな?
王子様って、友達も出来にくいだろうし……話し相手が欲しい、とか?
……うん。そーかも知れない。
フレディは、きっと寂しいんだ。
だからこんなにまで、私を引き止めたがるんだ。
私……今まで、ギルのことばっかり考えて来たけど……。
フレディだって、お母さんが起こした事件のせいで、嫌な目に遭ったりとか、陰でいろいろ言われたりとか、あったんじゃないかと思うし。
そのたびに傷付いて、涙を流したりしたことだって……きっと、あったはずだよね。
彼の尊大な態度は、自分の心を守るための、鎧みたいなものなのかも知れない。
自分は強いんだって、一人でも平気なんだって、自らに言い聞かせるために、生み出した鎧。
「……なんて。考えすぎかな?」
つぶやいたとたん、ヤバイと思って顔を上げると。
案の定、不思議そうに私を見つめるフレディが……。
「おまえ、独り言多いよな。クセなのか、それ?」
「くっ――、クセってワケじゃ……ない、と思う……」
「ふぅん……」
フレディは首をかしげ、しばらくじーっと私を見つめてから、フッと笑った。
「ま、そんなこと、べつにどーでもいいけどなっ。……それより、さっきから思ってたこと、訊いてもいいか?」
「え?……うん、べつにいいーけど……。なーに?」
「その上着」
私の着ているガウンを指差し、
「それ、兄上の……だよな? どうしておまえが着てるんだ?」
「えッ!?」
直球の質問をされ、私の顔は一気に熱くなる。
どーしてって言われても……『ネグリジェがぶかぶかで、胸元がパックリ開いちゃうから、ギルが貸してくれたの』なんて、恥ずかしくて言えないし……。
……どっ、どーしよっ?
いったい、なんて説明すればっ?
私の思考がぐるぐるし始めた頃、フレディがまたこっちを指差して、
「あれっ? おまえ、それ……」
そう言って、ツカツカと近寄って来た。
「えっ、えっ?――なにっ? なにナニっ!?」
まっすぐ向かって来られて、ギョッとした私は、数歩後ずさる。
すると、
「きゃ――ッ!」
いきなり何かにつまづいて、背中から倒れそうになった。
「あっ、おいッ!」
とっさにフレディの手が伸ばされ、私を抱き留めようとしてくれてたみたいなんだけど。
間に合わず、私達は重なるみたいにして、後方に倒れ込んだ。
「ひゃッ?」
「うわっ!」
倒れ込んだ瞬間、頭と背中を同時に打ち付けたけど、全然痛くなかった。
――それもそのはず。そこは運良く、ふかふかのベッドの上だった。
「すまないっ、リナリア! 助けようと思ったのに、間に合わなかっ――」
手をついて半身を起こしたフレディが、申し訳なさそうに謝って――途中で言葉を切ると、どこか一点を凝視したまま、固まってしまった。
「フレディ?……どうかした?」
見上げながら訊ねると、彼は顔をこわばらせ、ゆるゆると首を振る。
「……いや。……なんでも……ない」
そう言いつつ、手を伸ばして来て、
「ひゃっ?――なっ、なにっ?」
冷たい指先で、私の首筋に触れた。
「……フレディ?……ど、どーしたの? 私の首が、どーかした?」
早くどいてくれないかな……なんて思いながら、もう一度訊ねる。
彼は辛そうに眉根を寄せ、暗い声でポツリとつぶやいた。
「おまえは……やはり、兄上のもの……なんだな」
「……へ?」
いきなり何を言い出すんだろうと、ポカンとした瞬間。
『バンッ!!』という物凄い音がして、心臓が跳ね上がらんばかりに驚いた私達は、反射的に音のした方へ目をやった。
「ギ…っ、ギルっ!?」
ドアの前には、何故かギルが立っていて――。
私の心臓は、たちまちバクバクと暴れ出した。
次話から、少々辛い展開が続きます。
耐性のない方は、お気をつけくださいませ。(ハッピーエンドという結末は変わりません)