第2話 青い部屋
「着いたぞ、リナリア! ここが僕の部屋だ」
フレディの声で我に返り、私は顔を上げた。
彼の部屋は、どうやらギルの部屋と同じ階の、同じ廊下の先で――。
でも、ギルの部屋とはかなり離れた、通路から近い場所にあった。
「ほら、入れよ。遠慮することはない。もうしばらくしたら、アセナが朝食を運んで来るはずだ。椅子にでも座って、寛いでいるといい」
ドアを開け、中へと促してくれるフレディに従い、私は彼の部屋に入った。
目の前に広がっていたのは、ギルの部屋と同じくらいの広さの、青を基調とした絨毯や家具、ベッドの装飾が際立った、豪華だけど、男の子らしい部屋。
ギルの部屋は、落ち着いた赤の絨毯や、ところどころに赤のアクセントがあしらわれてる部屋だったから……色的には、正反対って感じかも。
青って、冷たいとか涼しいってイメージの色だけど、この部屋の青は、温かみのある青ってゆーか、ホッとする色合いで、結構好みかも。
――うん。この部屋の印象、悪くない。
「リナリア?――どうしたんだ? キョロキョロしてないで、そこに座れよ」
ボーっと辺りを見回してた私に、フレディが、テーブルの前の椅子を指して勧めてくれる。
「あ、うん。ありがとう」
素直に椅子を引いて腰を下ろすと、彼も同じように椅子を引き、私と向かい合って座った。
それから、体を前に出すようにして頬杖を付き、私の顔をじっと見つめて、気遣わしげに顔を曇らせる。
「目の腫れ、大丈夫か? 何か冷やすものを用意するように、アセナに命じてやってもいいぞ? そのままじゃ辛くないか?」
フレディの優しさに、ちょっと感動を覚えながらも、私はふるふると首を横に振った。
「ううん、大丈夫。でも……なんか、フレディに恥ずかしいところ見られちゃった。ケンカして泣くなんて、情けないよね」
アハハと力なく笑うと、彼はいきなり、テーブルに両手を叩き付けて。
「そんなことないっ! 情けなくなんかないぞっ!……それに、僕がおまえの前で泣いてしまった時、おまえだって、言ってくれたじゃないか。『泣きたい時は泣いていい』って」
「……フレディ……」
「だ、だからっ、これでおあいこ――ってヤツだ!……なっ、そうだろう?」
「……うん。そうだね。おあいこだね」
笑って返したら、彼はホッとしたように手を引っ込め、また頬杖をついて微笑んだ。
すると、ドアをノックする音がして、
「フレデリック様、朝食をお持ち致しました。入室してもよろしいでしょうか?」
アセナさんの声が聞こえ、私は無意識に、スッと背筋を伸ばした。
「ああ、入れ」
フレディが返事した後、一拍置いてからドアが開き――朝方までギルの部屋にいた、あのアセナさんが、ワゴンを押して入って来た。
アセナさんは、私にチラリと目をやってから、すぐに、何事もなかったかのように目をそらす。
……あれ?
アセナ……さん?
知らんぷりされて、ちょっとショックだったけど。
考えてみれば、昨夜、ギルの部屋にいたってことは、フレディには知られたくないはずだから……。
無視されて当たり前なんだと思い直し、私も知らないフリをしなきゃと、気を引き締めた。
「アセナ。ここにいるのは、リナリア姫。隣国の姫君だ。おまえも知っているだろう? 兄上のこ――っ、……婚約者、の……」
フレディが紹介してくれたけど、アセナさんは、さして興味がないといった風に、うなずいてみせただけだった。
「リナリア姫様――。ええ。存じております。ギルフォード様が、熱烈に愛していらっしゃるという……。そのお方が、何故、フレデリック様のお部屋に?」
「そっ、それは……」
私が口ごもると、フレディはガタッと音を立てて席を立ち、
「余計な詮索はするな! 彼女には、いろいろと知られたくない事情があるんだ! おまえは、黙って給仕だけしていろ!」
初めて会った時と同じような、高飛車な口調で彼女を叱った。
「……申し訳ございません。かしこまりました」
素直に返事して、アセナさんがテーブルに朝食を並べ終えると、フレディは、
「すまないが、アセナ。もう一人分、朝食を用意して来てくれないか? 僕がもっと食べたいと言っていることにすれば、可能だろう?」
そう言って、私の分まで頼んでくれようとする。
「あ――。そんなことしてくれなくても大丈夫だよ、フレディ。アセナさん、二度手間になっちゃうし」
「遠慮することはない。アセナだって、こんなことには慣れている。――そうだな、アセナ?」
「はい。何の問題もございません」
「ほら。だから――なっ? 一緒にここで食べよう?」
「あ……うん……。そこまで言ってくれるなら……」
アセナさんの顔色を窺いつつ、申し出を受け入れた私に、フレディは満足そうだった。ニッコリ笑って、うなずいたりしている。
「それでは、もうお一人分用意して参ります」
彼女はそう告げてから、一礼して部屋を出て行った。
アセナさん……。
なんだか、昨夜とも朝方とも、全然イメージ違ってたなぁ。……ホント、ウォルフさんそっくり。
体は、その……出るとこ出てて、引っ込むとこ引っ込んでて、スタイル良さげなんだけど。
上半身の、後姿だけ――とかだったら、絶対、どっちかわからないと思う。
改めて、そんな感想を抱いてると。
ウォルフさんのことが気になりだして、私は、少しだけ落ち込んでしまった。
今頃、ウォルフさんも、ギル達に朝食運んでるんだよね……。
私がいないって知ったら、彼、どう思うかな?
主を放っておいて、勝手な女だって思うかな?
それとも、どこに行ったかって、心配して……。
「ウォルフさんなら、絶対、心配してくれてるだろうなぁ……」
思わずつぶやくと、フレディがきょとんとした顔で首をかしげた。