第11話 奇妙なキス
勇気を振り絞って気持ちを伝えたとたん、私の頬を挟み込んでいたギルの両手から、ふっと力が抜けた。
彼の手が邪魔をしていて顔をそらせなかった私は、その隙にうつむいて、恥ずかしさから、ギュウっと目をつむる。
「……間接、キス……?」
彼は少しの沈黙の後、頭上でつぶやいた。
……やっぱり、呆れられちゃったのかな……?
長い沈黙が怖くて、ビクビクしながら、次の言葉を待っていると、
「……く――っ」
いきなり吹き出したかと思ったら、彼は大きな声で笑い出した。
「な…っ! ギル――!?」
抗議しようと顔を上げたとたん。
お腹を抱え、前かがみになりながら、『ここまで思いっ切り笑ってるとこ、初めて見た』って、唖然としてしまうくらい、笑い転げているギルがいて……。
ええーーーっ、なんでぇええーーーっ!?
信じらんないくらい、笑われてるんですけどーーーーーっ!?
……そりゃあ、『笑われないかな?』って、心配はしてたけど……。
でもまさか、ここまでめいっぱい、笑い転げられちゃうなんて、さすがに思ってなかったぁああああーーーーーッ!!
自分の予想を遥かに超えた反応に、私は驚いたのと恥ずかしいのと悔しいのとで、なんだか無性に泣きたくなって来た。
やっぱり、私のこの感情はおかしいのかと。間接キス――なんて思っちゃった私は、異常なのかと。
大きな不安が押し寄せて、体が震えて来てしまう。
ギルは散々大笑いしたあげく、気持ちを落ち着けるよう、深呼吸を何度か繰り返してから、ようやく私に向き直った。
「す……すまない。笑うつもりはなかったんだが……。君があまりにも、可愛らしく嫉妬してくれたものだから、嬉しくなってしまってね。つい……」
彼はそっと手を伸ばし、私の頬に触れると、親指だけをすべらせるようにして、何度か優しく撫でてから、
「ありがとう、リア。……嬉しいよ。初めてだね。君が妬いてくれるのは――」
ささやくように告げ、本当に嬉しそうに笑った。
「……しっと? 妬いた……って、私が?」
呆然とつぶやく私の頬に片手を添え、もう片方の手を顎に当てて上向かせると。
「そう。嫉妬だ。……今キスしたら、私とアセナが間接キスをしてしまうような気がして……それが嫌だったから、拒んでいたんだろう? だとしたら、それは嫉妬だ。君はアセナに嫉妬したんだ。――違うかい?」
彼は熱く潤んだ瞳で見下ろし、甘い声でささやいた。
……嫉妬?
私が……アセナさんに?
……そっか、嫉妬か……。
これが……嫉妬なんだ……。
少しずつ、受け入れることが出来て来た私に、彼は満足気に微笑むと、
「……まったく。君はどこまで可愛いんだ。間接キスだなんて――。さすがに、そこまでは思い至らなかったよ。……ああ、今こそ君にキスしたい。これほど強く願ったことは、今までなかったのではないかと思えるくらい、キスしたくて堪らないよ。……ね、リア。いいだろう……?」
耳元でささやいてから、彼は私の唇にキスしようと、僅かに顔を傾けた。
「えっ、ちょ…っ! ヤ――っ、ヤダって言ってるでしょっ?……ギルはっ――ギルはそんなに、アセナさんと間接キスしたいのッ!?」
必死に顔を背けて抵抗するけど。
彼は、あと少しで触れるという距離まで、自分の唇を近付けて、更にささやく。
「アセナとのキスの余韻など、とうに消えてしまっているだろう?……ならば、何の問題もない。ほら……ね? 許すと言ってくれ」
「や…ッ! ヤダッ!! ホントにイヤぁッ!!……どーして……っ、どーしてわかってくれないのっ!?」
余韻とか、そーゆーんじゃないのに!
ほんのちょっとでも、アセナさんの唇が触れたところに、ギルの唇が触れるなんて――っ、そんなの絶対嫌なのにッ!!
「……う……っ」
気が付いたら、涙がポロポロとこぼれていた。
ギルはギョッとしたように目を見張ると、困惑顔で私の頭を何度か撫で、そっと胸元に抱き寄せた。
「悪かった。私が悪かったよ。……まさか、泣くほど嫌だなんて……。すまない。謝るよ。何度でも謝るから……。だから頼む。泣きやんでくれ」
ギルの胸にしがみつき、私は泣きながら訴える。
「わっ、私だって……泣きたくて、泣いてるんじゃないっ……よ……。泣きたくないっ、けど……。泣きたくない……のに……。勝手に、涙が……」
「リア……」
彼は私から体を離すと、顔の両側を大きな手のひらで包み込み、親指で、何度も何度も涙を拭ってくれる。
拭いながら、
「唇以外へのキスなら、許してくれるだろう……?」
不安そうに訊いて来て、私が黙ってうなずくと、瞼やまなじりにキスしたり、額にキスしたりした。
それでもなかなか泣き止まないと知るや、今度は私の右手を取り、指の一本一本から、手の甲、手のひら……手首、腕の内側へと、軽く音を立てながら、丁寧にキスを繰り返す。
私は涙でボヤっとした視界から、その様子を、不思議な気持ちで眺めていた。
さっきから……なにしてるんだろう、この人……?
……ううん。
キスをしてるってことは、わかるんだけど……。
でも、どーして……そんな、いろいろなところに……キス、を……?
ぼうっと眺めているうちに、いつしか涙は止まっていた。
だけど、彼がキスをやめる気配はいっこうになく……。
私は徐々に、くすぐったいような感覚が強くなって来て、『もうやめて』と、口にしてしまいそうになった。
――その時。
再び指へと唇を移動させた彼は、人差し指の先に唇を当てると……そのままパクリと、指先を口に含んだ。
「――っ!?」
信じられない行為に、私は目を見張って硬直した。
それでもお構いなしに、彼は口中の指先を、もてあそぶように舌先でくすぐる。
「ぎ……、ギル……。それ、キスじゃな――っ、い……」
堪らずに抗議すると、彼は口中から指を引き抜き、
「キスだよ」
と当たり前のように告げてから、再び指先を口に含んだ。
「う…っ、嘘っ。そんなの、キスのはず……ないっ。……わ、私が……知らないと、思って……そんな……嘘……。――ひゃっ?」
指先を吸われ、妙な声が出てしまう。
「ギル、やめてっ!……そ、そんなの……キスだなん、て……思えな……っ。……あっ、……やぁ…っ」
再び口中から指を引き抜くと、彼は指先から、指の股の方へと、ゆっくり舌を這わせて行く。
そうされると、くすぐったいような、ムズムズするような……ゾワゾワするような感覚が走って……だんだん、心細くなって来た。
「ねえ……ギル、やめて?……私、もう……泣かない、から……。だから……こんな、意地悪……」
私がなかなか泣き止まなかったから、意地悪してるんだ。――そう思った。
だって、その証拠に……やめてって言ってるのに、全然やめてくれない……。
きっと、怒ってて……。
だからこんな……こんなのが、キスだなんて……嘘をついて……私に、意地悪を……。
そう思いながらも。
泣き止まなかった罰ならばと、じっと我慢していた。
しばらくしてから、ようやく指を解放してくれて、ホッとしたのも束の間。
彼は続けて、今度は手首から肘の裏側へと、ゆっくり舌を這わせ始めた。
「ヒ――ッ!? ヤ…っ」
……これ違うっ!
絶対絶対、ぜーーーったい、キスと違ぁああああーーーーーうッ!!
堪忍袋の緒が切れて、私は絶叫した。
「やめてって言ってるでしょぉおおおッ!? この…っ、エロ大魔王がぁあああああッ!!」




