第10話 再起した恋人
ええっ、ちょっと待って!?
隣の部屋で、何しようってゆーのっ!?
突然のことにパニックを起こしそうになった私は、ギルを見上げて訴えた。
「ちょっとっ、ギルってば!……わ、私もまだ、眠り足りてないしっ! だからほらっ、私もシリルと一緒に眠――」
「ダメだ。それは許さない。昨夜はあんなことになってしまったから、仕方なく許したんだ。二度はないよ。絶対にダメだ」
「だ、ダメって……。そんなこと言われても、私……ほ、ホントに眠いしっ!」
「ならば、ソファで眠るといい。私が側で見守っていてあげるよ」
「ええっ!? そっ、そんなのヤダよッ!! 見られてたら眠れないよッ!!」
「眠れない?――どうして?」
「どっ、どーしてって……」
そんなの決まってるじゃないッ!!
恥ずかしいからだよーーーーーーーッ!!
心での絶叫も空しく、強引に私の手を引っ張り続けた彼は、隣の部屋の前まで来ると、ドアノブへと手を伸ばした。
「ちょ…っ! だからちょっと待ってってばッ!!……あっ、そーだウォルフさん! ウォルフさん、来ちゃうよっ!?」
「ウォルフが来るまでには、まだかなり余裕があるよ。問題ない」
ドアを開け、嫌がる私の手を引いたまま、中へと進む。
「いやっ、問題ないって、そんな――っ! そんなことないでしょ! 問題はあるでしょっ? ねえっ、ちょっとっ!……ひどいよっ! 私の話も聞いてよっ!」
私の言い分なんかまるで無視して、彼は返事すらしようとせず、さっさとドアを閉めた。
「ちょっとっ! ギルってばっ!!」
あっちの部屋に戻ろうとドアノブに手を掛ける私の両肩に、彼は後ろからそっと手を置いて、
「リア、そんなに怖がらないでくれ。君が指輪を渡してくれるまでは何もしないよ。約束しただろう?」
「そっ、それは……そー……だけど……」
言いよどむ私の両手は、大きな手で包み込まれ、いつの間にか彼の胸の前にあった。
「信じてくれないのかい? そんなに私は、君からの信頼を失ってしまったのか……?」
傷付いたような顔で見つめられ、私はぐっと詰まって――結局は、態度を軟化させられてしまう。
「そ……、そんなワケじゃ……ない、けど……」
モゴモゴと否定すると、今度は正面から、私の両肩に手を置いて、
「だったら! いいだろう、ここにいても?」
真剣な顔で訴えられ、私は数秒ためらった後、渋々ながらうなずいた。
「よし! それでは早速……」
いきなり顔を近付けられ、驚いた私は、とっさに両手を前に出してガードする。
「な――っ! なんなの急にっ? 今、『何もしない』って言ったばかりじゃないっ!」
カッとなって抗議しても、彼は涼しい顔で言ってのけた。
「それは、『キス以外のことは何もしない』という意味だよ。……君は、キスすることは許してくれている。キスだけなら、何の問題もないはずだ。そうだろう?」
「う…っ」
……また、この人は……。
どーしていっつも、こーゆーことばっかり……。
ついさっきまで、泣きそうな顔してた人のやることとは、とうてい思えないよ。
ホントにもう。呆れるを通り越して、なんとゆーか……。
「だから、ね? リア……」
再び顔が近付いて来たけど、私はしっかり、唇を両手でふさいで阻止した。
「リア! 何故拒むんだ? キスはいいと言っ――」
「言ったけどっ!……でもダメッ!! 今は……今だけはダメなのッ!!」
「……リア?」
怪訝そうにしているギルに、私は首を振り続けた。
今はまだ……まだダメっ!
……だって私、アセナさんに、あんなことされちゃって……。
なのに、今キスしちゃったら……。
ギルとアセナさんが、かっ――……間接、キス……しちゃうことになっちゃう気が……して……。
なんだか……なんだかそんなの……そんなの絶対ヤなんだもんッ!!
そう思いながら、私は頑なにギルの唇を拒み続けた。
「何故……。どうしてなんだ? わからないよ、リア! 何故今はダメなんだ?」
「ダメったらダメなのっ! 今だけはダメぇーーーーーッ!!」
「ならばいつ――!? いつならいいんだい? ハッキリした時間を教えてくれ!」
「……じ……時間、って言われても……」
そんなこと……時間なんて言われても……。
……どーしよー……。
こんなのって、気持ちの問題だし……。
いつになれば許せる気になるかなんて、わかんないよ……。
「とにかくっ、今はダメなのっ! それくらい察してよっ、ギルのバカぁッ!」
「な――っ!?……理不尽だ。ただ闇雲に『今はダメ』だと言われても、なんのことやらさっぱりわからないよ。もっと詳しく説明してくれ」
「だっ、だから……。だって、今……キスしちゃったら、ギルは……その……」
「私は?……なに?」
「……ギ、ギルは……。ギルは、だって……」
どーしよー……。
こんなこと言って、笑われないかな……?
だって、こんなの……こんな気持ち、よくわからない。
……わからないのに、うまく伝えることなんて……。
「リア。ハッキリ言ってくれ。私が……なに?」
ギルは私の頬を両手で挟んで、真剣な顔で覗き込む。
「だ、だから……。だからっ、今、キスしたら――っ」
私はなんだか涙目なんかになりながら、意を決して気持ちをぶちまけた。
「今キスしちゃったら、ギルとアセナさんが間接キスすることになっちゃうっ……じゃないっ! それがイヤなのッ!!」