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第9話 悲しい微笑み

 袖をつかんだ瞬間。

 ギルはビクッとして、少しの間、私を見るのをためらってるみたいだったけど。

 無言のまま、彼の出方を窺ってたら、大きく深呼吸した後、ようやく振り向いてくれた。  


「……リア」


 彼の瞳は、今にも泣き出してしまいそうに潤んでいる。

 それなのに、微笑みを浮かべてるから、泣き笑いみたいに見えた。



 また、その顔……。

 どーして、そんな顔するの?



 彼のこんな表情は、今までにも見たことがあった。


 何か言いたそうなんだけど。

 言えなくて、困ってるような……。


 道に迷って、深い森をさまよってるんだけど。

 どうすれば森を抜けられるのか、全然わからなくて。

 だんだんやけっぱちになって来て、『もうどーにでもなれ』なんて、思い始めちゃってる男の子のような……。



 ……って、なんなの? そのワケのわからないたとえは?

 『道に迷って、やけっぱちになってる男の子』みたい? ギルが?



 自分でもバカらしいって思うんだけど、でも、どーしても……そんなイメージが浮かんで来ちゃって……。


 ギルのこんな顔を見ると、胸がキュウってなって、切なくて……。

 一人にはしておけない。放っておけないって気分に、させられちゃうってゆーか……。


「ギル……」


 今も、ちょうどそんな感じで、私はうんと手を伸ばし、彼の頬に触れようとした。

 でも、もう少しで、手の先が触れると思った瞬間。

 彼は私の手を素早くつかみ、指先へと唇を押し当てた。


「あ……」


 『シリルの前で、またこんなことして』とは思ったし、恥ずかしくもあった。

 なのに何故か、拒む気にはなれなかった。

 私は黙って、彼のキスを受け入れていた。


 彼はずっと目を閉じたままだったし、その状態は、かなり長い間続いた。

 さすがに耐えられなくなって来た頃、今度はその手を思い切り引っ張られ、あっと言う間に、私は彼の腕の中に収まってしまっていた。


「……リア。頼むから、今は何も訊かないでくれ。君が、アセナと私のやりとりに、何らかの違和感を抱いているのはわかる。わかるが、しかし……今はまだ、何も訊かないで欲しい。お願いだ……!」


 彼は私を抱き締めながら、震え声で懇願(こんがん)する。……声だけじゃない。たくましい腕も、微かに震えていた。


 いきなりのことに戸惑って、すぐには言葉が返せなかった。


 『何も訊かないでくれ』ってことは、彼はやっぱり、何か隠しているんだろうか?

 隠してるけど、今は言えない。だから訊かないでくれって、そういうことなんだろうか?


 ……でも、私……べつに、何も訊く気なんてなかったのに。


 そりゃあ、隠し事されるのは悲しいけど。

 でも、それでもギルが、どーしても教えられないってゆーなら、仕方ないって思ってたのに。



 だってギル、とっても辛そうなんだもん。

 震えてしまうほど――今にも泣き出してしまいそうなほどに、辛そうなんだもの。

 こんな状態の彼の気持ちを無視してまで、何か訊き出そうなんて、とても思えないよ。



 私は彼の後ろに手を回し、左手でギュッと抱き締めた。そして小刻みに震える背中を、右の手のひらでゆっくりさする。


「……リ、ア……?」


 戸惑い気味の声――。

 私は彼を安心させるため、なるべく穏やかに語り掛けた。


「大丈夫。何も訊いたりしないよ。……ギルが訊いて欲しくないなら、そうする。無理に話してくれなくてもいいから。だから……ね? そんな顔しないで?」

「……リア……」


 く――っと、一瞬、彼の肩が大きく揺れた。

 ……泣き出しそうなのを、必死に堪えてるみたいだった。


 本当かどうかなんてわからない。ただ、そんな気がしただけ……。


「リア……。ありがとう。ありがとう……!」


 もう一度強く抱き締めると、彼は私から体を離した。私の前髪を片手で優しくかき上げ、額にそっとキスを落とす。


「ギル……。あ、あの……シリルが、見てるから……」


 今更ながら、恥ずかしくなって来てしまって、控え目に注意すると、


「あっ、いえっ!――ぼ、僕のことはお気になさらずっ――です! そ、その、僕……だ、だいじょーぶですからっ」


 慌てたようなシリルの声が背後で響き、なんだか、いたたまれない気持ちになった。



 こんな小さな子に、気を遣わせちゃうなんて……。

 ……やっぱり私、(あるじ)失格かなぁ……?



 ひたすら照れて、縮こまっている私の腕をつかむと、


「では、お言葉に甘えることにするよ。ありがとう、シリル。君は、もう少し眠っているといい。アセナのせいで、あまり眠れなかったんだろう?」


 ベッドの上のシリルに向かい、ギルはそんなことを言い出して――。


「えっ!? ちょっ、ちょっと、ギルっ!?」

「はっ、はいっ! で、でわっ、そ――っ、そーさせていただきますっ!」


 シリルの声を後ろに聞きながら、私はギルに手を引かれ、気が進まないままに従っていた。

 でも、彼の歩いて行く先に、隣の部屋が見えたとたん、私は顔を引きつらせ、急ブレーキを掛けるように足を止めた。

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