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第8話 疑惑の恋人

 完全体(人の姿)から、元の半獣(顔だけ狼)に戻ってしまったアセナさんに、私はガックリと肩を落とした。



 あ~あ……。

 どんな風に姿が変わるのか、一度でいいから見てみたかったのになぁ……。

 貴重な瞬間を見逃しちゃって、めちゃめちゃ損した気分だわ……。



 ……って、いやっ!

 そんなのんきなこと、言ってる場合じゃないんだった!



「ねえ、ギル! もう夜が明けたよ? 夜は終わったんだから、アセナさんを自由にしてあげていいんだよね?……ねっ?」


 いつまでも女性の体を縛り付けてるなんて、かわいそうだし、落ち着かない。

 私はギルの顔色を窺いながら、思い切って訊ねてみた。


「……ああ、そうだね。もういいだろう。アセナを解放しよう」


 意外にも、彼は素直にうなずくと、自ら近寄って行って、彼女を拘束していたタオルの結び目を、あっさりと解いた。

 冷めた目で彼女を見下ろし、感情のこもっていない声で、淡々と告げる。


「特別に、今回のことは不問に処すことにする。……朝の支度があるのだろう? さっさと出て行くがいい」

「ふぇっ?」


 再びの意外すぎる言葉に、私はつい、すっとんきょうな声を上げてしまった。



 『見逃してやる』って……。

 さっきまで、ウォルフさんが来るまでいてもらうとか、話し合って処分を決めるとか、『このまま見逃す気はない』っぽいこと、言ってたのに……。



 アセナさんを処分するつもりだったギルに、同意する気があったわけではないんだけど。

 意見が急に変わったことに、妙な違和感を覚えた私は、戸惑いつつ彼を見つめた。


「……なるほど。あくまでも、逃げ続ける道を選択なさるのですね。私の質問に答えることは、それほどまでに恐ろしい――都合の悪いことなのですか?」


 またしても、言葉遣いが変わったアセナさんに、私はきょとんとしてしまう。



 『あたし』から『私』になってるし……。

 この人ってホント、不思議な人だなぁ……。



「よけいな口は利くな。おまえが素直に出て行くというのであれば、フレディをここに呼ぶことも、夜中におまえが仕出かしたことをウォルフに告げることも、しないでおいてやる。私はそう言っているんだ」


 ギルは、およそ感情の読み取れない、ガラス玉みたいな瞳でアセナさんを凝視し、彼女は黙したまま、冷やかに見返していた。


 やがて、アセナさんは呆れたようにため息をつくと。


「交換条件、という訳ですか。あなたはどこまでも臆病な――それでいて、狡猾(こうかつ)なお方なのですね。再認識させていただきました」

「よけいな口は利くなと言ったはずだ。……出て行くのか、行かないのか?」


 二人の視線が静かに――でも、どこか不穏さを漂わせながら重なり、重苦しい沈黙が流れる。

 その空間に、私が息苦しさを感じ始めた頃、アセナさんは再びため息をつき、投げやり気味に答えた。


「ハイハイ、かしこまりました。出て行きますわ、ギルフォード様」


 彼女は心のこもっていない一礼をしてみせると、きびすを返してドアへと向かう。

 その後ろ姿は、体つきさえ考慮しなければ、本当にウォルフさんそっくりで……私はただただ感心し、彼女をボーっと見送っていた。


 彼女がドアの外へ消えると、私は魔法が解けたみたいにハッとして、ギルを仰いだ。


「あのっ!……か、帰らせちゃって、よかった……の?」

「……ああ。満月の夜に遭遇しさえしなければ、さして害のない女だからね。君の気持ちを考えると、心が痛むけれど……。どうか、今回だけ――見逃してやってくれないか?」


 ギルは私の目を全く見ようともしないで、まるで、台本のセリフでも読んでるみたいな口調で問い掛ける。

 私はモヤモヤとした、どうにも言い表せない複雑な感情を抱きながら、彼をじっと見つめていた。


「……私は、べつに構わないけど。……でも、ギルはあんなに怒ってたのに……」

「満月の夜は、性欲が異常に強くなるせいなのかどうかわからないが、普段の彼らからは考えられないほど、攻撃的になるんだよ。だから、私も――それにつられていただけだと思う。その証拠に、夜が明けたとたん、嘘のように怒りが治まったよ」



 ……嘘。

 いつものギルなら、私に何かしようとした人に対して、そんなにすぐ、怒りが治まることなんてないじゃない。



 そう思いながらも、私は特に反論することもなく、スッキリしない心のまま受け入れた。


「……わかった。ギルが、それでいいってゆーなら……」


 言葉が空しく宙を漂う。

 モヤモヤが、だんだん大きくなる。そして、そこはかとない寂しさも……。


 私は無意識に彼の腕へと手を伸ばし――その袖口を、二本の指でそっとつかんだ。

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