第7話 不協和音
ギルが、フレディのことをどう思ってるか?
それに、ドロドロとした感情って……。
アセナさんの発言に戸惑い、どう返していいのかわからないまま、私はギルを見上げた。
瞬間、ゾッとして息をのむ。
彼は、殺気すら感じさせるほどの、冷酷な表情を浮かべていた。
そんな表情の彼を見るのは初めてで、私は動揺し、
「ギ……、ギル……?」
声を掛けてから、思わず握っていた手を離し、後ずさってしまう。
私の声で我に返ったのか、彼は慌てたように振り返ると、
「違うんだ、リア。私は――」
弱々しくつぶやいて、救いを求めるみたいに、私へと手を伸ばした。
でも、途中でピタリと止め、拳をギュッと握ってから胸元へ引っ込めると、再びアセナさんに冷たい視線を投げる。
「おまえが何を言っているのか、私には、皆目見当がつかない。これ以上、リアの前でふざけた発言を繰り返すなら、二度と言葉をつむげぬよう、その口をふさいでやるが……覚悟は出来ているんだろうな?」
感情を抑えようとしているためなのか、微かに震えた、抑揚のない声で宣告する。
「口をふさぐ? ふさぐって、どうやって? 針と糸で、縫い合わせるってことかしらぁ?……フフッ。それじゃ完全に拷問ねぇ。女子供のいる前で、その宣告は、少し過激すぎるんじゃなぁい?……ああ、それとも……暗に、『殺してやる』って言いたいだけなのかしらぁ?」
「――っ!」
彼の双眸は、今や、憎しみの炎で完全に覆い尽くされてしまったかのように、ギラギラと妖しく輝いている。
いつになく、激しい感情をむき出しにする彼に、私は混乱した。
……どーして、ギル?
なんでそんな怖い目で、アセナさんを見るの?
……そりゃあ、彼女の言ってることは、わざとギルを怒らせてるみたいなことばっかりで、頭に来るのもわからなくはないけど……。
ううん、むしろ、もっともだとすら思うけど。
でも、それでも――いつものギルなら、もっとうまく、かわせてるはずでしょ?
アセナさんが大人の女性だからって――私みたいに、単純で、学習能力の低い、バカな子とは違うって言ったって。
話の矛先をそらせるとか、違う話題で煙に巻くとか。
……とにかく、いつもなら、もうちょっと穏やかな方法で、ごまかせてるはずじゃないの?
なのに、どーして今日のギルは……アセナさんの前だと、ギルは……。
感情むき出しにして怒ったり、怖いこと言ったりするの?
『この際、洗いざらい白状してもらいたかったのよ』
『フレデリック様のことを、どう思っていらっしゃるのか。――その胸の内の、ドロドロとした感情をね!』
脳裏に、アセナさんのセリフがよぎる。
とたん、私の心臓は大きく跳ね上がり――ドクンドクンと、大きな音を立て始めた。
……あれは……なに……?
あのセリフは、なんだったの――?
まさか……何かを隠してるのは、アセナさんじゃなくて……ギルの方、なの……?
それを知られたくなくて……隠しておきたくて。
だから……言わせようとするアセナさんに、強い憎しみみたいな感情を抱いてるの?
だったら……。
ホントにそうだったとしたら。
ギルはいったい、何を隠してるの……?
「ねえ、ギル。あなた――」
疑問を口にしようとした瞬間。
まぶしい光が、私の目に飛び込んで来て、とっさに右手を前にかざした。
「夜明けか……」
ポツリとギルがつぶやけば、遠くの山の端から太陽が昇って来る様子が、私にもハッキリと確認出来た。
「朝日……。いつの間にか、朝になってたんだ……」
日の出の瞬間を目にするのなんて、すっごく久し振りだなぁ……。
何年か前の大晦日に、初日の出を見るんだって、晃人と競うみたいにして、ずっと起きてて……。
その時見て以来、かな……。
ああ……なんだか、心が浄化されて行くよう。
どの世界で見ても、朝日はやっぱり綺麗なんだぁ……。
しみじみ噛み締めながら、思い出に浸っていると。
突然、あることが頭に浮かんで、私は慌てて振り返った。
「……あぁー……。遅かった、かぁ……」
ガックリと肩を落とし、私はその姿を瞳に映したまま、深々とため息をついた。
私の視線の先には、もう、さっきまでの、美しい人間の姿をしたアセナさんはいなかった。
ウォルフさんとは、体つきと、『オッドアイじゃない』ってこと以外は瓜二つの、狼の顔をした女性が、椅子に縛られ、悠然として座っているだけだった。