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 目覚めたらレティシアは5歳の状態だった。

 何が起きたのか全くわからず、理解するまで、思い出すまでに相当な時間を費やした。


(どういうこと? 私、確か新しく仲間になった方々と夕食を共にしていたはず。どうして子供の姿になっているの?)


 英雄騎士カインと仲間達に出会った旅立ちの日、レティシアは14歳だった。これは明らかに大司祭からの勧めで習得した転生魔法が大きく関わっていることは間違いない。しかしあれからレティシアが自分に転生魔法をかけた覚えはなかった。

 レティシアはゆっくりと深呼吸をし、冷静に記憶を辿った。


 初めて出来た仲間達と楽しく夕食を共にし、それからそろそろ休もうかと立ち上がった時に大きな音がした。それは完全に出来上がっていたクラトスが地面に倒れ伏したところだった。

 その場にいた誰もがクラトスがお酒の飲み過ぎで足元がおぼつかずに倒れたものだと思ったが、彼を介抱しようとしたアビゲイルが悲鳴を上げた。クラトスは紫色の顔色をして、苦しみ悶えてそのまま亡くなったのだ。何が起きたのかと全員が混乱していたところ、盗賊のラキが吐血し、それからアビゲイルが喉を押さえてクラトスの隣で倒れた。動揺していたレティシアの隣で、魔法使いジルベールが真っ青になりながら立ち上がり、叫んだ。


「……毒殺」


(そうだ、あの夜全員が突然苦しみ出して、ジルベールが毒が盛られていると叫んだ瞬間、私は咄嗟に転生魔法を自分にかけたんだ。あまりに突然で、何も始まってなかったから。こんなところでいきなり終わらせるわけにいかないと思って、すぐにやり直す為に……私は……っ!)


 あまりにあっけなかった。突然すぎる旅の終わりにレティシアはショックが隠せない。自分は聖女という立場だというのに、彼らに対して解毒の魔法を施すどころか、真っ先に自分に転生魔法をかけたことに自己嫌悪する。


(私は聖女なのに、なんて最低なんだろう! 彼らは私の旅の為に集まってくれたというのに。私はまず最初に自分のことを考えた。聖女のすることじゃない!)


 レティシアは泣き崩れた。楽しいと思わせてくれた仲間とは半日も一緒に過ごすことが出来なかったのだ。彼らは聖女である自分が殺したようなものだと、レティシアは自分を責め続け懺悔した。泣き続けるレティシアに世話係のメイが心配し、何があったのかと話すように声をかけられるが、話すことなど到底出来ず、彼女は涙が枯れるまでメイに抱かれながら号泣した。


 ひとしきり泣いてから、レティシアは適当な理由をメイに話して聞かせ、一人にしてほしいとお願いをした。レティシアは考える。今の自分は5歳の姿だが、確かに禁書に書かれていた通りだ。これまでの記憶も、習得した魔法も、そっくりそのまま引き継いで人生をやり直している。


「次は失敗しない。すでに何が起きるかわかっているようなものだし、今からでもじっくり学び直して対策を練ることが出来る。大丈夫、彼らを絶対に死なせたりしないわ。聖女として、彼らを死なせず私が使命を全う出来るように今から準備をするのよ」


 聖女として使命を全うしようとするレティシアは、これ以上犠牲を出さない為により一層修行に励んだ。辛く苦しい試練も、あの時の苦しみや悲しみに比べたらなんともなかった。


「あんた生意気なのよ、聖女に選ばれたからっていい気にならないでくれる」


 教会で共に学ぶイライザがレティシアに嫌がらせをする。

 顔を合わせる度にいじめてくる相手だが、レティシアは以前にも増してそのいじめに耐え抜いた。


「ええ、私は自分が聖女に選ばれたからといい気になっていたのかもしれないわ。でも今度は過ちを起こさない。今度こそ私は聖女としての責務を全うする為に努力しなければいけないの。わかったらそこをどいてくれるかしら、イライザ」

「なっ、私にそんな口を聞いていいと思ってるの? 生意気よ! ねぇみんな!」

「みんなが私のことを嫌っているのはわかってるから、聖女としての責任を果たさせて」


 怯むイライザをよそにレティシアは構うことなく先へ進む。仲間を死なせない未来を獲得する為に、今はつまらないいじめに傷ついている場合ではなかったのだ。そんなレティシアの迫力に飲まれたイライザは、それから一切レティシアに対して嫌がらせを行うことは無くなった。


 今回の聖女人生2回目では特に回復魔法や状態異常回復魔法といった、治癒系の魔法を念入りに修行し直した。それから開放された図書室で毒に関する知識を頭の中に詰め込んだ。

 1回目の人生最後に聞いたジルベールの言葉が耳から離れない。「この中に毒が盛られていた」と叫んだと同時に、彼もラキのように吐血して苦しみもがき、レティシアのすぐ隣で絶命した。

 気休めかもしれない、それでも毒に関する知識を少しでも頭に入れておくことで何かの役に立たないかと考えたのだ。他にすることも限られている。前回のように聖女として魔力を高める修行、魔術を精巧に編み出す技術、精神力を鍛える修行など。それらをこれまで以上に真剣に取り組み、せめてこれから共に旅をする仲間と無事にフォースフォロスを出国出来る為にレティシアは足掻くように毎日を生きた。


 そして出立の日がやってきた。

 これから英雄騎士カインとの出会い、大司祭に私室まで呼ばれるところから魔法使いジルベールを紹介されるところまで前回と何も変わることなく進行していくことだろうが、ひとつだけレティシアは前回と異なる行動に出た。それは聖女が身につける法衣だ。あまりに神聖で、あまりに目立つ綺麗な法衣は何も言わなくても教会の上位の者だと言っているようなものだ。

 レティシアはあえて旅の僧侶が身につける一般的なローブに変更していた。大司祭を始め、大多数の者が反対したがレティシアはこれを押し切った。どうしても外見で身分がバレるわけにはいかなかったからだ。

 ひとまず聖女が身につけるローブに関すること以外は、滞りなく前回と変わらない状態で進むことが出来た。そして大司祭の私室へ向かうレティシア。


「それともう一つ、お前には渡しておきたいものがある」


 そう大司祭に言われてレティシアはハッとした。転生魔法を取得した禁書の中に確か「全状態異常回復魔法」という項目がなかったか。


(私ったら、この魔法の存在を忘れていたなんて! この魔法を取得さえしていれば、仮に毒を盛られていたとしてもこの魔法一つでみんなを助けることが出来たじゃない。これまでの魔法の修行が無駄だったとは思わないけど、この魔法を取得すれば少なくとも今夜起きる悲劇を回避出来るかもしれない!)


 幸いにも転生魔法の効力は一度かけてしまえば寿命を迎えるまで解けることはない。つまり改めて転生魔法を選ぶ必要はなく、新たに全状態異常回復魔法を会得することが可能となるのだ。禁書に書かれている大魔法を一度に2種類も会得したような気分になった。


「大司祭様、私この魔法に決めました。よろしくお願いいたします」

「随分と決断が早いな、本当にそれでいいのだな?」

「はい」


 そう答えると大司祭は前回と同じような流れで儀式を行い、レティシアは全状態異常回復魔法を会得した。それからレティシアはジルベールと共にカインの元へ向かい、3人で町外れにある酒場兼宿屋へと向かう。

 レティシアが転生をしてからおよそ9年という年月が経過していたが、この光景はまるで昨日のように感じられた。彼らと過ごした数時間はそれほどレティシアに楽しいひと時を与えてくれた大切な数時間であった。


(今度こそ彼らを死なせない! まず私達が到着してから戦士のクラトスさんが先に見つけて声をかけてくれたのよね。それから自己紹介が始まって、食事を始めて、しばらく経ってから食事か飲み物に毒が入っていたことがわかって……)


 ひとつひとつ整理しながらレティシアは周囲を警戒した。酒場には店主、従業員が2〜3人程度、歌や踊りを披露する芸者、3人の男性グループは酒の勢いで喧嘩が始まっている。それから4人グループの席では男女がカードで賭博をしており、奥のカウンター席では旅人の格好をした性別不詳の人物が一人で静かにお酒を飲んでいる。食事やお酒の中に毒を盛ることが容易なのは当然酒場で働いている者になるが……。

 そう考えを巡らせながら、レティシアはカインに耳打ちした。


「カイン様、どこに邪教徒の者が紛れ込んで私達の命を狙っているかわかりません。お仲間の方々には申し訳ありませんが、私はこのままジルベールと酒場の出入り口で待っています。お仲間には大変失礼なのですが、一旦お食事を中断してもらって、酒場の外で待っている私達のところへ来てもらえないでしょうか」


 怪しいのは十分に理解している。突然そんなことを言われて『急に何を言ってるんだ』と思われても仕方のないことだろう。あるいは不躾な聖女だと思われるかもしれないが、彼等の命がかかっているのだからレティシアにはこれ以上うまくやる方法が思いつかなかった。まずは酒場にいる者全員から自分達を遠ざけるべきだと考えた為だ。


「なんだかよくわからないが、レティがそうして欲しいって言うならそうするよ。ジルベールと二人だけで大丈夫なのかい?」

「大丈夫です。フォースフォロスの魔法使いや僧侶は多少体術の心得もございます。歴戦の戦士の方には遠く及びませんが、カイン様が戻ってくるまでの間なら持ち堪えられます。それよりもうひとつ、どうか大きな声で『聖女』という言葉や『邪教徒討伐の旅』などと言ったことを口にしないでください。それだけで私達が邪教徒に盾突く集団だと思われてしまいます。私達のことは今後も内密にしておいた方が無難かと」

「わかった、気をつけておくよ。そっちも気をつけて」

「出来るだけ早く戻ってくださいね、カイン殿」


 体術によほど自信がないのか、ジルベールはびくびくとした態度でカインを急かした。レティシアは今回の人生で前回よりも体術に関する修行に力を入れていた。確かに専門家に比べるとその実力は雲泥の差ではあるが、一瞬でやられるようなことはないと踏んでいた。万が一があれば白魔法で周囲を明るく照らす『ライティング』の魔法か、神聖魔法の中で数少ない攻撃魔法『シャイニングレイ』による爆音でカイン達に知らせることが可能だと、そこまで計算してのことだ。

 実戦経験が皆無であることが唯一の不安材料であったが、それでもまずはこの一晩を無事に越えなければ何も始まらない。レティシアは不安と戦いながらカイン一行を外で待つ。

 突然神妙な面持ちになって慎重な行動に出たレティシアのことがやはり気になるのか、ジルベールが心配そうに声をかける。


「レティシア様、私達だけでこんなところに待機していて大丈夫でしょうか。もしカイン殿が離れている間に何かあれば……」

「ジルベール、あなたは毒に関する知識はお持ちですか?」

「えぇっ? 毒……ですか? どうして急にそんなことを」

「いえ、こちらの話です。忘れてください」


 あの時ジルベールは的確に、真っ先に『毒』だと指摘した。てっきり彼に毒に関する知識があるものだと思ったが、この様子だとどうやら状況証拠のひとつとして口に出しただけのようだ。


「私達は邪神復活を阻止する為の旅をするのです。邪教徒は何も異種族であるリザードマンやダークエルフだけではありません。私達と何も変わらない人間の中にも邪神を信仰する者がいます。もしあの酒場に邪教徒がいたとしたらどうしますか。何も知らず『私達は邪教徒を討伐する為に組織された聖女とその護衛をする仲間達です』と口にしたら? 自分達が信仰する神を侮辱され、その信徒である自分達を討伐する為に組織された連中が目の前に現れたら。誰だって敵対勢力だと判断して何かしらの行動に出てもおかしくはありません」

「確かにそれはそうかもしれませんが。でもまさかあの中に邪教徒がいるだなんて……」


 実際に何者かの手によって自分達は全員一度殺されています、と言っても信じてもらえないのがもどかしかった。レティシアは転生魔法に関することがジルベールに通じるかどうかわからない以上、レティシアがすでに2周目の人生を体験していることは話さないでおくべきだと判断していた。どう捉えられ、どう解釈されるかわからない。もしかしたら全く信じてもらえない可能性だってあるのだ。そんな都合の良い魔法があるなど、誰だって信じ難いと思うはずだから。


「あ、どうやら戻ってきたようです」


 ジルベールの言葉にレティシアは酒場の出入り口の方へ視線を走らせた。まだ警戒は緩めない。


「レティ、とりあえず俺達が取ってる部屋に行かないか。そこで話をするとしよう」

「誰にも私達が邪教徒討伐の一行だとは知られていませんね?」

「あぁ大丈夫だ。クラトスが口走りやすいから危なかったけど、そこはアビーが察してくれてなんとかなったよ」


 クラトス、アビー、そしてラキ。レティシアは懐かしい人物の顔でも眺めるように、瞳を潤ませながら仲間達を見つめた。みんな笑顔で元気そうだ。レティシアはひとまず安堵し、それからカインに部屋まで案内してもらう。宿屋と酒場は兼業となっており、1階が酒場で2階と3階が宿泊施設となっている。受付は2階にあって、酒場の中にある階段と外にある階段から上がっていけた。酒場はどうしても避けたかったので、レティシア達は外側にある階段から宿屋の受付がある2階へ上がっていく。

 1階は今も変わらず騒がしかったが、2階へ上がると一気に静かになった。足元から騒音は聞こえてくるが、気になる程でもない。カインは受付から鍵を受け取り、部屋に向かう。この宿屋では鍵の盗難防止の為に、外出する時は受付に鍵を一旦返却する決まりになっていた。

 3階まで上がっていき、一番奥の部屋に入る。中には簡易的に備えられた家具一式とベッドが3つあったので、恐らく男性陣が泊まっている部屋だろうと推察できた。全員が中に入ると、レティシアは鍵を閉めるようにお願いして、それからそれぞれが寛ぎやすい場所に陣取る。

 魔法使いジルベール、精霊使いアビゲイル、聖女レティシアはテーブル席に座り、英雄騎士カインは出入り口のドアの側に立って腕組みをしている。戦士クラトスと盗賊ラキはそれぞれのベッドに腰掛けた。

 全員がレティシアに注目したタイミングで、深呼吸をし、それから話し始める。


「みなさん、初めまして。私はレティシア・クリスと申します。いきなり不躾なお願いをしてしまい大変申し訳ありません。そのついでというわけではありませんが、今から食事をなさっていた方々に治癒魔法をかけさせてもらいます」

「え? いきなりどういうこと?」

「ごめんなさい、念のためなんです」


 それだけ言うと、レティシアは前回の失敗を踏まえて毒により倒れた順番、クラトス、アビゲイル、ラキにそれぞれ全状態異常回復の魔法を施した。解毒魔法にしなかったのは、もしかしたら毒以外の何かが含まれていたら効果を示さない為である。一人一人に治癒魔法を行い、誰も何の反応も示さなかったので彼等は『まだ』毒を服用していない様子だった。何かあれば治癒魔法をかけた際に白く光る輝きが紫色に変化するからだ。


(やっぱり……。毒を盛られた食事は、クラトスさんが私に向かって聖女と叫んだ後に運ばれたみたいね)


「どういうことかわからないわ、ちゃんと説明してくれるかしら」


 困惑しているアビゲイルは全員の代弁をした。誰もが戸惑っている様子だ。無理もないとレティシアは思うが、明らかに最初の印象とは別物の雰囲気が流れている。それでも『彼等が命を落とすよりマシ』という考えは変わらないので、もう一度席について、それからゆっくり話し始める。


「みなさん、何度もすみません。用心に越したことはないと思って。もしかしたらあなた方の食事に毒が盛られていたかもしれないと、念のために状態異常回復の魔法を施しました。安心してください、何もなかったのでもう大丈夫です」

「そりゃそうだろ、ちょっと用心し過ぎじゃないかい聖女さん」


 呆れたような声でクラトスとラキが笑い飛ばす。これも仕方ないことだ。


「まぁまぁ、聖女の命を狙う輩は確かにいるだろうから。その聖女の護衛をする傭兵の情報を、どこかで聞きつけてる連中がいるかもしれないという可能性も否めない。彼女の行動が格段おかしいとは思わないよ」


 冷静にレティシアを肯定するカインの言葉は、心が救われるようだった。


「今回は特に何もないようでしたけど、今後も気をつけてください。特に私が聖女であること、そして私達が邪教徒討伐に集まった仲間であることは出来る限り伏せて行動するようお願いします」


 そう言ってレティシアは立ち上がると仲間達に頭を下げた。彼等には事情も何もわからないまま、食事を強制的に中断させられ、自己紹介もしないまま一方的にあれこれと指示をした謝罪も含めて。

 カインは初めて出会った時と同様に爽やかな笑みを浮かべて快諾してくれている様子だった。ジルベールも元より教会側の人間である為、聖女レティシアに対する不満がないのも当然と言えば当然だ。しかしつい今しがた初対面であるにも関わらず、お互いに名乗ってもいない状態で全てを見通しているかのような態度をされた3人にとっては、あまり面白くない展開だったようだ。

 すっかりお酒の気持ちよさが抜け切ったクラトスは何を言うでもなく、ただ静かにため息をこぼしてひとまず了承している様子だ。アビゲイルはレティシアに対する興味が薄れているのか、指で髪を梳かして解散の言葉を待っているような状態である。ラキに至っては怒りも不満も興味も、そのどれもがすっかり無くなったように『へいへい』と軽い返事だけを残して、腰に装備していたダガーの手入れを始めていた。

 誰一人、自己紹介をしようという態度が見られなかった。レティシアはすでに全員の職業と名前を知っているが、すっかり白けてしまった空気の中でジルベールだけが新たに加わった仲間の職業と名前を知らないまま、レティシアとカインを交互に見てオロオロしている。

 

(少し強引すぎたのかしら。でもあの場ではこちらが即座に行動に移しておかないと、いつ手が回るかわかったものじゃない。いつ誰が何に毒を仕込んだのかわかっていないままなんだもの。仕方ないとはいえ、もしかして私は彼等の心情に無視した行動に出てしまったのかしら。だってすでに自分達が誰にいつ命を狙われてもおかしくないって、彼等は知らないんだもの……)


 自分の行動が的確すぎて逆に違和感と不快感を与えてしまったのかと、レティシアは後悔した。この日が来るまで何度か『どういった段取りで回避したらいいのか』というイメージをしてきたつもりだが、気が焦ってしまったせいか思わず手際ばかりを重視してしまった。

 これ以上また自分が主導権を握ろうとすれば、完全に彼等の反感を買ってしまうだろうと思った。すでに1周目の失敗を回避して、その先へと進んでいる。ここで飲み食いしなければ、まず毒殺されることはない。ここからは初めて経験する人生の出発点となるのだ。そう思うと、先がわからない不安が押し寄せる。未知の領域に突入するのだ。ここに来て本来の消極的で自分に自信が持てないレティシアが戻ってきた。

 この重苦しい空気を打開してくれたのは、やはり彼等のリーダーであるカインだった。


「おいおい、そんな辛気臭くなるなよ。ここからまたやり直したらいいだけの話じゃないか。レティも困ってるだろ。彼女は外の世界や教会以外の人間と接するのが初めてみたいなんだから、雰囲気の悪いところを見せるのは良くないぞ」

「そうは言ってもよ、カイン。俺達の立場はどうなるんだよ」

「立場ってなんだよ。俺達は聖女様を護衛する傭兵仲間だ。もしかしてそれ以上を求めていたのか? だったらそんな暗い顔をしてないで自己紹介したらどうだよ。ここにいるみんな、友達にすらなれないぜ」

「クラトスはそういう立場のことを言ってるわけじゃないんじゃない?」

「なんだ、俺達よりよほど優秀な傭兵としての働きをされたことがそんなに悔しかったのか」


 結果的に見ればそれも一理あったことにクラトスは絶句する。自分達は無防備に酒場で宴会騒ぎをして、そこで聖女と楽しく飲み食いできるものだと思っていた。そこにレティシアが冷静かつ的確な判断で自分達の立場というものを突きつけたのだ。優秀な護衛ならばあんな場所で呑気に飲酒はしないだろうし、周囲をもっと警戒すべきだったはずだ。聖女がやって来たのなら尚更だ。彼女は邪教徒から命を狙われている。それこそ彼女が言ったようにいつどこで誰が襲ってくるのかわからないのだ。

 それを初日だからといって気を抜いていた自分達は護衛の傭兵として失格だ。それを自分よりずっと年下の少女に諭されたのだ。クラトスは酒と食事を中断させられたことより、自分達の仕事を軽く見ていたという甘さを痛感させられたことが悔しかったのだ。

 実際には何も起きていない。起きていないが、何もなかっただけで、何かあったかもしれなかったのだ。

 カインに反論されて、クラトスは自分が矮小だったことに気付く。普段の彼は器も懐も広い男だ。本人もそれを自覚した上で貫こうとしている。小さい男だとは誰にも言わせない。それが彼のプライドだった。


「すまねぇ、俺の考えが甘かった! この通りだ、感じ悪ぃ態度しちまって悪かった!」

「いえ、そんな。私の方こそ偉そうにあれこれさせて申し訳ないと思っています。クラトスさんは何も悪くありません」

「あれ、俺あんたに名乗ったっけ?」

「あ、えーっと。カイン様がそう呼んでいたので、あなたがクラトスさんかな……と」

「カイン様で、クラトスさん……ね」


 にやにやとクラトスが揚げ足を取る。笑顔の理由に気付いたレティシアが言い直そうとするが、片手をひらひらと振ってみせてそれを止める。


「まぁいいって、それは。ほんじゃ改めて自己紹介だな。俺様の名前はクラトス、見ての通りあらゆる武器を使いこなす戦士であり、みんなの肉壁担当だ。よろしくな」


 前回と少し自己紹介の内容が変わっていた。肉壁の辺りは彼にとってお気に入りの文言なのか、そこは変わりなかったが。彼があらゆる武器を使いこなせるという情報は初めてだった。

 クラトスの機嫌が直るや、それが仲間達の雰囲気を少し和らげた様子で次々に自己紹介していく。


「じゃあ次は私ね。私は森から出て旅をすることになった精霊使いのエルフよ、名前はアビゲイル」


 自己紹介をするアビゲイルであったがレティシアは違和感を覚えた。1周目のアビゲイルはもっとにこやかに、砕けた感じで自分のことを『アビー』と呼んでも構わないと言っていたが今回その言葉はなかった。

 やはり前回とは違って最初の印象が悪かったのだろうかと心が痛んだ。レティシアにとっては2回目の出会いであり、楽しいひと時を過ごした仲間だったが彼等にとってレティシアとはこれが初対面であることを思い知らされる。


「ラキだ、よろしく」


 ラキはもっとあからさまで、顔は笑顔を繕ってはいるが一目たりともレティシアを見ることなく、武器の手入れをしたまま軽く挨拶しただけだった。

 雰囲気が悪くなる出会いとなってしまったが、本当は彼等がとても気持ちの良い人柄であることをレティシアは知っている。これからの接し方で挽回すれば良いと、そう気持ちを切り替えることにした。

 最後にジルベールが名乗ると、彼の図体の大きさにクラトスは気に入ったのかやけに絡んでいく。


「お前さん良い体つきしてるのにもったいないな。今からでも魔法使いから戦士に転職しないか?」

「ご、ご冗談を。痛いことは苦手なんです。申し訳ありませんが私は後方にてあなた方のサポートをさせていただきます!」

「こらクラトス、ジルが困ってるからやめろよ」


 どうやらカインはニックネームを付けるのが好きらしい。ちゃっかりジルベールのことを『ジル』と呼び出して、クラトスに絡まれている当人はそのことに気付かずいつの間にか彼等の間で定着した様子だ。


「それじゃこれからもよろしくな、レティにジルの旦那」

「私達女性陣は隣の部屋で休むわね。行きましょ、レティ」

「あっはい、待ってくださいアビゲイルさん」

「お休み、二人とも」


 そう言葉を交わすと、今までレティシアの荷物はジルベールが持っていたのでそれを受け取ってから、二人は隣の部屋へと移動した。アビゲイルは美しい金色の長い髪をたなびかせながら前を歩く。すると彼女からとても良い香りがして、大人の女性を感じさせる。身長も14歳のレティシアよりずっと高く、その分手足もほっそりとしていて長い。エルフは男女ともに美しい容姿をしていると聞いたことがあるが、納得しかない。確かに彼女からは清廉さと気高さが同居したような美しさが外見と雰囲気によく表れていた。

 隣の部屋の鍵を開けて中に入ると、先程の男性陣の部屋に比べて少しこじんまりとしてはいるが、ここも必要最低限の家具類は揃っており、ベッドも2つ。トイレとシャワーも別々になっていた。


「トイレとシャワーは別がいいわよね。私の独断でこの部屋にしてもらったけど、別に構わないかしら」

「ぜ、全然! ゆっくり休めそうです。ありがとうございます」


 荷物をアビゲイルが使うであろうベッドのそばに置きながら、彼女は黙ってシャワーを浴びに行ってしまった。それからしばらくレティシアは自分の荷物の整理と今後の旅に関する予定を頭の中で考えていると、アビゲイルがシャワーから出てきた。ずっと荷物の整理でもしていたのかと訝しみながら、アビゲイルが声をかける。


「あなたも入ってきたら? 私はブレイズからまっすぐこの宿屋に到着したから、全身に砂がまとわりついてて気になっちゃって。一番大手の冒険者ギルドの本拠地がブレイズにあるのって納得がいかないわ。緑の少ない土地は苦手なのよね」


 話しかけているのか、独り言なのか。少し文句を言いながら話しかけるものだから気後れしてしまったレティシアは生返事になってしまう。レティシアはブレイズに行ったことがなければ冒険者ギルドというのも話でしか聞いたことがない存在だ。上手く返答出来なくて困ってしまう。


「あの、シャワー、行ってきます……」

「あ、待って」


 急に呼び止められてレティシアはつんのめりそうになる。するとアビゲイルが手のひらを口元に当てて、ふぅっと息を吹きかけるとキラキラとした人型の物体が姿を現した。驚いて眺めているとアビゲイルがくすりと笑う。


「風の微精霊よ。本体だと無駄に魔力を消耗しちゃうから、これで十分でしょ。あなたがあんまり慎重に行動するものだからね、こっちも慎重になることにしただけよ。この子自身に守る力や攻撃する力はないけれど、この子が見聞きしたり感じたことは私に直接伝わることになってるわ。何かあってもこの子が教えてくれるってわけ。少しは安心してシャワーを浴びれるんじゃないかしら」


 そう言ってアビゲイルは手を振りながらベッドに横たわった。彼女の気遣いにレティシアは感激した。彼女が自分との初対面が最悪で嫌われてしまったんじゃないかと思ったのは間違いだった。レティシアはまたしても自分を恥じた。もっと仲間のことを信じようと。

 レティシアは嬉しさのあまりご機嫌になって、横になっているアビゲイルに聞こえないように出来るだけ小さな声で鼻歌を歌いながらシャワーを浴びる。浮かれる聖女は忘れていた。いくら声を小さくしたところで、すぐそばで漂うように浮かんでいる微精霊がその鼻歌を聞き、そのままアビゲイルに伝わっていることを。


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