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 私、レティシア・クリスは聖女として誕生した。いや、違う。生まれる前から聖女にされていたのだ。母親のお腹の中で、私は自分の知らないところで勝手に聖女にされて、完全に管理されて、偏った教育を受けさせられて、教団の言うことがこの世の全て、私はその為に生まれてきた命なのだと洗脳された。


 ーーこれは、洗脳されていた頃の私の記憶。



 ***



 フォースフォロス国の教団本部内にある部屋のひとつが、聖女レティシアの個室だった。教育は生まれた瞬間から始まっていたが、本格的な洗脳が開始されたのは3歳の頃からだ。生みの親である母親はレティシアを出産した直後に、支援金という名の高額な口止め料を渡されて姿を消している。実の娘であるレティシアとは二度と会わない、自分が生みの母親だとは決して明かさないという誓いを立てて、彼女は笑顔で去ったと後に聞いた。

 何も知らないレティシアは教団の構成員、保育担当の女僧侶メイ、教育係の司祭ジャスミンの二人を親代わりとしてすくすくと育っていった。レティシアの他にも生まれた時からマーテル信者である親によって入信の洗礼を受けて、教団内にある教会で暮らし、マーテル教信者としての教育をレティシアと同じように受けていた子供がたくさんいた。

 自然と調和、友愛を説く大地母神マーテル教の信者だからとて、その全員が清廉潔白な心根をしているとは限らなかった。表向きには優等生を気取っていても、裏では悪さをする、子供とはそういうものだ。


「あんた生意気なのよ、聖女に選ばれたからっていい気にならないでくれる」


 教会に暮らす子供の中でリーダーシップを取っている少女イライザは、いつものようにレティシアにきつく当たっていた。彼女が聖女だからと言っても子供達にとってはなんの役にも立たない肩書きだった。


「あの、でも、いい気になんて……私は……」

「あぁもうしゃべるな、口を開くな、もじもじするな、うっとうしい。みんな言ってるわよ、あんたなんかよりよっぽど聖女に向いてる子は他にたくさんいるって。ねぇみんな!」


 レティシアを囲むように見下す子供達はくすくすと笑いながら、イライザの言葉に反対の意見を述べる者は誰一人としていなかった。イライザはフォースフォロスでも位の高い大司祭を父親に持つ、言ってみれば親の身分が知れないレティシアよりイライザの方が身分の高さがわかりやすかったのだ。

 レティシアは教団上層部によって選ばれた聖女であるが、基本的な教育は他の子供達と同じ場所で同じように受けていた為、教会で授業のある日の休憩時間には決まってイライザによるいじめを受けていた。

 それでもレティシアの洗脳は素晴らしいもので、こうやって酷い仕打ちをされても「これは大地母神マーテル様が聖女に与える試練、教団の指針にある調和を乱してはならない」と心の中で言い聞かせることで自身の心を保っていた。


 そんな辛い毎日を送るレティシアにも、心休まる時間があった。それは週に一度だけ許されている大図書館の閲覧許可だ。一般人や一般信者が自由に出入りして閲覧出来る図書室以外に、上級職の者しか入室が許されない場所がある。そこには一般人が閲覧を禁止されている書庫があり、歴史書から禁書まで数多の本が教団の蔵書として保管されていた。

 レティシアは生まれつき知識欲があるのか、そういった自分の知らない知識を知ることがとても楽しかった。しかしそこはやはり禁書も含まれている書庫なので、聖女といえど閲覧禁止となっているのは当然だ。しかし日頃の行いから、閲覧できる本の範囲は限られているとはいえ入室許可を得られるようにまで信用を得ることが出来たレティシアは、10歳の頃にはすでに入室を許可されて、教団の上層部しか目を通すことが許されていない歴史書や魔術書などを読破するまでになっていた。


(ここが一番落ち着く。聖女としての知識が得られるし、何よりとっても静かだもの。ここでこうやって色々知ることが出来れば、こんな私でもいつか立派な聖女としてこの国の、世界の平和の為に何かできるかも知れない。頑張らなくちゃ)


 レティシアは頭が良かった。知識欲があり、勉強することを苦に感じることもなかったからだ。そんなレティシアでも良くないところがあるとすれば、自分に自信がなく、自己肯定感が低いこと、そして何より教団の言うことが全てだと信じて疑わない愚直なところにあった。

 そんなレティシアだからこそ、何も疑わず、教団の思うままに学び、そして聖女としての役割に何の疑問も抱かず、来たるべき日が来るまで何の対策も練ってこなかった。

 そしてその日は訪れる。それはレティシアが14歳になった時、セアシェル大陸の南に浮かぶ島ダモン。そこは魔物の島ダモンと呼ばれ、人々から恐れられていた。ダモン島には邪教徒が信仰する邪神エルバが眠っているとされていた。邪神エルバは全ての魔族、魔物の母であり世界を破壊する破壊神として崇められていた。

 言うなれば大地母神マーテルとは相反する、敵対勢力のひとつだ。

 近年、そのダモン島で邪教徒による邪神エルバの復活を目論む動きがあるという噂が流れ、やがてそれは占星術士としても名高い預言者モナリザにより決定的なものとなる。


「聖女レティシアよ、これよりブレイズ国から護衛として派遣された英雄騎士カインと共に、邪神エルバの復活を阻止せよ」


 国王命令、大司教命令に逆らうことは決して許されないが、聖女として立派に教育を受けたレティシアにそんな思考は最初から存在していない。フォースフォロスより西に位置する隣国ブレイズ、砂漠大国を出身地としている者の多くは戦闘民族で、英雄騎士として派遣されたカインも炎の部族の戦士だ。

 藍色の髪、藍色の瞳、日に焼けた肌、長旅で動きやすいように甲冑ではなく軽装に近い鎧を身に纏った剣士のカインは爽やかな笑顔でレティシアに挨拶をする。


「ご紹介に預かりました、炎の部族を代表して派遣された騎士カインと言います。聖女様はこの俺が命を賭けて守りますのでご安心ください」

「あの、ありがとうございます。長い旅になると思いますが、よろしくお願いします」


 小さな声になってしまったが、レティシアは初めて見る教団以外の人間、戦士として鍛え上げられた男性をその目で見るのは初めてだった。たくましいカインに安堵する。彼なら目的地まで無事に送ってくれそうだと。初めて男性と二人で旅をすることに緊張を隠せないレティシアに、大司教から呼ばれていることを聞いて急いで向かう。

 大神殿の中にある大司教の私室へ向かうが、入室できるのはレティシアだけだと聞いて、カインは部屋の前の廊下で待つことになった。カインに頭を下げてから、レティシアはあまり待たせるわけにはいかないと急いで大司教の私室のドアをノックして、返事がしてから入室した。


「大司教様、レティシアです。私をお呼びと聞いたのですが、ご用件とは」

「まぁこちらへ来なさい、レティシア」


 そう告げる大司教の隣には、ベージュのローブに身を包んだ大男が一人立っていた。誰なんだろうと訝しみながらも、レティシアは大司教に言われるがまま近づく。


「これから英雄騎士カイン殿と長旅をするということだが、二人だけの旅は何かと心細いだろう。ここにいる彼は教団直属の魔法使いジルベールだ。彼は私が信頼する男だ、教団の教えにも精通している。戦力としてだけではなくお前の世話係としても役に立つはずだ」

「ジルベールです。よろしくお願いします、レティシア様」

「え、あの……、えっと、よろしくお願いします」


 カインの他に大男の魔法使いまで旅の仲間に加わるとは思っていなかった。しかし大司教の命令なら逆らえない、彼らと共にすることが聖女たる自分の役割なのだと鵜呑みにする。


「それともう一つ、お前には渡しておきたいものがある」


 そう言われてレティシアが首を傾げていると、古い書物を一冊手渡した。かなり古い、虫食いの跡が目立つほどにその本は年季が入っていた。閲覧禁止の書庫にも古い本はたくさんあったが、これはそれを遥かに超える古さだった。この本がどうしたのかと訊ねる前に、ジルベールの前で大司教は話し始めた。


「これは大地母神マーテル教の中で最も古い魔術書だ。禁書といってもいい。お前も閲覧許可した書庫の更に奥に保管されていたものだ。完全閲覧禁止の、大司教の位の者しか閲覧が許されないよう秘匿された禁書だ。それを今ここで読みなさい」

「今、ここで、ですか?」

「教育係のジャスミンから聞いている。お前は記憶力がいい。この禁書に記されているのは古の魔術の数々だ。聖女にしか扱うことが出来ない神聖魔法がここには多く記されている。旅の役に立つだろう。持ち出すことは許されないが、今ここで必要となる魔法を選んで覚えなさい。そうだな、大回復魔法なんかはどうだ。騎士が倒されても大回復魔法で瞬時に傷を癒やし、何度でも立ち上がらせ戦わせることができるぞ」


 そう大司教に促され、これまで通りに動くなら大回復魔法を選んでいたことだろう。しかし大司教の説明でレティシアは怯んでしまった。自分を守る為に瀕死の重傷を負った騎士カインに大回復魔法を何度もかけて何度も戦わせることに抵抗を感じたからだ。そんな恐ろしいことを選択することが出来ない。

 そう思ったレティシアは大司教に禁書を手渡され、パラパラとページをめくりながら、なんとか今の自分が抵抗なく、かつ聖女としての役割を全うできるような魔術がないか探してみた。


 大回復魔法、全状態異常回復魔法、戦闘能力増幅魔法、戦闘能力減退魔法、転移魔法、反転魔法、反射魔法、浮遊魔法、神聖攻撃魔法、大地母神降臨魔法、など。


 今まで習得してきた神聖魔法の強化版といった魔法から、これまでの魔法の概念が覆りそうな種類の魔法まで、かなり信じ難いものまでたくさんある中、一番最後に小さく記載されている魔法に目が入った。


 ーー転生魔法。


 出発はもうすぐだ。早くしなければいけない。しかし持ち出してはいけない書物の為この場で全ての魔法を覚えることは不可能だった。どれも旅の役には立ちそうだが、だからこそ選べない。

 レティシアの取った行動は『最後に書かれているものはきっと、そのどれもが比較にならないほど特別なものに違いない』というものだった。


(ここで魔法の選択を誤って旅が失敗でもしたら? でもそれなら大司教様も今この時に見せないで、出発するもっと前に見せてくれるんじゃ? それをしなかったということは、この中のどれを選んでもさほど旅に支障が出ないということにならない? わからない、わからないけど。この転生魔法という魔法を使えば、もしかしたらこの旅で失敗してもまたやり直しが出来る、という意味じゃないかしら)


 そう考え悩みながら、レティシアは転生魔法が記述されている文面に目を通す。


『転生魔法、聖女にしか使用出来ない神聖魔法のひとつ。女神マーテルの力を借りて対象者一人に対し使用できる。転生魔法をかけられた者はその世界で絶命した時、再び自分自身に転生する。過去に遡ることと同意であり、他者に転生することは出来ない。一度使用した世界で絶命し、過去に遡って転生した際にはその記憶、習得した魔術、転生魔法の効果は消滅せず、転生してもそれらは引き継がれる。魔術の効果が消滅する時は、寿命で死んだ時のみである』


(え? 強くない?)


 正解を引いた気がした。仮にここで邪神エルバの復活を阻止する任務に失敗したとしても、この転生魔法を自分自身に施せば、それまでに習得した魔術を得た状態で、なおかつその記憶を持った状態で過去に遡ることができるというのだ。これなら何度でも挑戦できることにならないだろうか、とレティシアは考えた。


(これしかない。今の不安で一杯な私じゃ無理でも、その次の世代の私がなんとかできるかもしれない)


 自己肯定感が低い、自分に自信のないレティシアらしい思考だった。大司教の視線に気付き、急いで転生魔法の習得を選択するレティシア。大司教の前に跪き、祈りを捧げる姿勢を取ると大司教は印を結び、ジルベールから受け取った聖水を手のひらに浸し、それをレティシアの額に女神マーテルを象徴する印を描いた。

 それと同時にレティシアは転生魔法の記述にあった呪文を頭の中で復唱した。すると神々しい光がレティシアの体から発せられ、転生魔法を習得したことを表す。


「それでは行ってくるが良い。聖女レティシア、そして魔法使いジルベールよ」


 大司教の部屋から二人が出てくると、知らない大男が一人加わっていることに気付いたカインが呆気に取られていた。ジルベールは生真面目な顔で挨拶をする。レティシアは大司教の言葉をそのままカインに伝えながらぺこぺこと平謝りをする。これから一緒に旅をする仲間だから、失礼のないように、関係が悪化することのないように、レティシアは旅の成功の為にとにかく気を使った。


 こうして聖女レティシア、英雄騎士カイン、魔法使い兼世話係のジルベールは旅立った。目的地は邪神エルバを信仰する本拠地、魔物の島ダモン。たった3人で邪神復活を阻止する任務など無謀に等しい、そう結論したジルベールはレティシアとカインに助言する。砂漠大国ブレイズにある冒険者ギルドで傭兵を雇った方がいいのではないか、と。

 カインも同じことを考えていたのか、すでにフォースフォロスへ到着する前にカインの出身地であるブレイズで傭兵を雇っているとのことだった。それもカインが最も信頼する人材で構成しているようで、彼らは今フォースフォロスの外れにある宿屋兼酒場で休んで待っているそうだ。


「紹介する順番が逆になって申し訳ない。しかし彼らは俺が最も頼りにしている連中なので、どうか安心していただきたい」

「いえ、気にしていませんので。最初に準備してくださって助かっています。私、大神殿の敷地の外にすら出たことがなかったので、どのみち何をどうしたらいいのか全くわかっていませんでした。ありがとうございます」


 二人のそんなやりとりを見て、生真面目な大男ジルベールが笑みを浮かべ、先を促す。


「ほらほら、お仲間が待っているんでしょう。早く行きましょう」

「はい、ジルベールさん」

「ジルベールで構いません、レティシア様」

「あ……、それなら私のこともレティシアで……」

「いいえ、それはなりません。レティシア様のことはレティシア様と呼ばせてもらいます」

「……っっ!」


 たじたじのレティシアに笑いを堪えられなかったカインは、ポンとレティシアの背中を押した。とても気のいい人達だなと感じた。彼等になら安心して任せられそうだと思った。頼りになる仲間を迎えることが出来たレティシアは、これから訪れる旅の過酷さなどまるで想定していないような能天気ぶりであった。

 

 なんて事のない会話を交わしながら、カインやジルベールと多少打ち解けあった頃合いに、カインが集めた仲間達がいる酒場へと到着した。フォースフォロスは規律に厳しいところがあり、羽目を外して問題を起こしやすい酒場やギルドなどを極端に嫌う傾向があった。なのでフォースフォロス国内では酒場やギルドは首都から遠く離れた町外れに建てられることが多い。ここもそのひとつで、もうあと半日西の方へ歩けば砂漠大国ブレイズの検問所がある。カインが雇った傭兵は、そのブレイズにあるギルドの人間だ。

 外の世界が初めてな上に、酒場に入ることすら未知の経験であるレティシアはカインやジルベールの後ろに隠れながら、ドキドキと外の世界を満喫していた。賑やかな酒場、歌って踊る者や、酒に酔って喧嘩を始める者、賭博をするグループ、そして静かにお酒を飲んでいる客も当然いた。多種多様な過ごし方を目にして、レティシアは酒場の中や客を観察していた。そんな中で、奥のテーブル席から大手を振ってこちらに笑顔を振りまく人物を発見する。


「お〜い、隊長さ〜ん! こっちこっち! 遅いからみんなもう出来上がっちゃってるよ〜!」

「おお、みんな! 今そっち行く! レティ、こっちこっち」

「あ、はい」


 酒場へ来るまでの間に、レティシアでは呼び名が長いとカインから指摘され、いつの間にやらレティというあだ名を付けられていた。初めてのあだ名にレティシアは嬉しくなり二つ返事で認めたのだが、その隣でジルベールが不服そうな表情をしていたのは言うまでもなかった。

 カインに手を引かれ、レティシアは初めて男性と手を繋いだことに緊張しながら、それが顔に出ないように口を真一文字に引き締めてついて行く。

 テーブル席にいたカインの仲間は全部で3人だった。筋骨隆々の男、耳が長く尖った金髪の女性、そして糸目の茶髪の男。どこからどう見ても神殿では見た事のないような種類の人間達だった。

 カインがレティシアとジルベールを紹介すると、彼等もお酒片手に自己紹介をしていく。


「俺様はクラトス、見ての通り戦士で肉壁担当だ、よろしくな!」

「あ、はい……よろしくお願いします……(肉壁ってなんだろう?)」

 

 クラトスが挨拶すると手に持っていた大きなビールジョッキを一気飲みする。ぷはぁと吐いた息はレティシアが今まで嗅いだ事のないビールの臭いで、不快な顔をしたら失礼だと思い、無理に笑顔を作る。

 そんなクラトスを叱りつけるように、隣に座っていた金髪の女性がまるで汚物でも見るような眼差しでクラトスを小突いた。


「ちょっとクラトス、聖女様に失礼でしょう。全く、なんであなたみたいなのがこの作戦に参加できたのか理解に苦しむわね」


 そう言うと金髪の美しい女性はレティシアの方へ向き直り、改めて挨拶をした。


「私はアビゲイル、アビーでいいわ。私は森のエルフの精霊使いよ」

「エルフ? エルフの方には初めてお会いしました。よろしくお願いします」

「本来エルフは森から出てこないからね、珍しく思うのも仕方がないわ」


 エルフは人間との交流に興味がないので、エルフが自分達の森から出ることは滅多にない。しかしレティシアにとっては森から滅多に出てこないエルフが珍しいという意味ではなく、そもそも神殿の外を出歩いたことがない為、信者以外の人間や異種族と会うことが滅多にないという意味も含まれていた。

 そもそもアビゲイル自身が礼節を重んじているのか、高貴な種族のエルフとして恥じない行動を取らないというプライドがあるからなのか、クラトスとは違って物腰穏やかな態度にレティシアは安心した。

 ホッとしているのも束の間、最後のメンバーである男が挨拶する。


「ごきげんよう、聖女様。俺の名はラキ。盗賊ギルドから派遣された。よろしく」

「と、盗賊……ですか?」

「あぁ勘違いしないでくださいよ? 盗賊って言ってもお国公認の盗賊ギルドの盗賊だからさ、泥棒みたいな真似はしないから安心してくださいね。手先が器用な便利屋さんって思ってくれたらいいですよ」

「とまぁ、以上が今回の任務でのベストメンバーだと俺は思ってる。いいかな、レティ?」

「レティ?」と、突然のフランクな呼び名にアビゲイルが反応する。

「あぁ、レティシアって名前も素敵だけど急を要する時に呼び名が長かったら手間取るかもしれないだろ? な、レティ」

「あ……、はい……」


 カインの言葉に少しだけがっかりとした。あだ名を付けられたのは、親しみを込めて付けられたものだと思っていたからだ。実際には短い名前の方が何かあった時に即対応する為のものだと知って、レティシアは複雑な気持ちになる。正論であることはわかっているが、どうにも寂しい気持ちになってしまう。

 そんなレティシアの気持ちを察してか、ジルベールが優しく声をかけた。


「レティシア様、彼等には彼等の事情があるのです。ちゃんと親しみも込められていますよ」

「あ、……ありがとうございます、ジルベール」


 遠慮気味ではあるがレティシアがにっこり微笑むと、ジルベールもまた出会って初めて柔らかい笑みを返した。

 教団関係者という共通点のある二人がそういった会話をしていると、カインの仲間達の酒の勢いが増してきた。


「聖女様ばんざーい! かんぱーい!」

「ちょっと、あんまり飲み過ぎないでよね! それからこんな場所で無闇に聖女様とか口にしないでちょうだい! 本当に無知な男なんだから」

「まぁまぁ、久々にみんなで集まったから嬉しいんだろクラトスの旦那は」

「でも明日の朝早くに出るんだから、ほどほどにしてくれないと困るぞクラトス。レティも俺達に無理に付き合わないで、疲れてるなら先に休んでいいからな?」

「お気遣いありがとうございます。でも私ももっとみなさんのことが知りたいので、ご一緒させてもらっていいですか」

「レティシア様、お休みになられた方が」

「おうおう、話がわかるねレティちゃん! ほら、そっちのデカイ旦那も飲んだ飲んだ」

「わ、私は下戸なのでお酒は遠慮しておきます」


 こんなに賑やかな食事は初めてだった。そもそも教会での食事は黙食が基本である。自然を大切にすることを教義として遵守しているマーテル教では、食事は食材の味を重視し、よく味わって命をありがたく頂くことが礼儀であり作法であった。こうやって喋りながら、お酒を飲みながら、喜怒哀楽の飛び交う食事をレティシアは知らない。そしてこんなにも他人との会話で楽しく笑うことが出来る自分がいたことを、レティシアは知らなかった。


 そしてレティシアは思い知る。

 この仲間達との絆は、残酷に崩れ去る未来しかないことを。


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