かくれんぼアプリ
都市伝説やオカルト話の類は、時代とともに変遷する。
たとえば、テレビやビデオが普及した際は、「深夜に流れる呪いの映像」とか「呪いのビデオ」なんてものが流行った。
インターネットや携帯電話が普及したときは、「開くと呪われるアドレス」、「呪いのメール」なんかが流行った。
だからそれが、スマホのアプリになったとしても、不思議なことではない。
……俺の通う学校では今、「呪いのアプリ」という噂が流れている。
「いやいや、あり得ないから」
「なんでだよ! 呪いのビデオとかがあるんだから、呪いのアプリがあってもおかしくないだろ!」
「呪いのビデオだってフィクションだろ……」
今、一部の生徒の間で「呪いのアプリ」という噂が流れている。
早速その噂を聞きつけ、友人の友崎 育人が話題を振ってきたのだが……俺には全く興味がなかった。
「でも、怨念とかそういうのって電気を媒介にして広がるって言うじゃんか」
「そんな話、俺は知らないよ。ていうか、実際そうだとしたら、科学的に解明されてるハズだろ」
電気にそんな怪しげなモノが混ざっていたら、何かしらの計器で観測されているハズである。
しかし、そんな話は聞いたことがないので、所詮は誰かの妄想に過ぎないと思う。
「それに、アプリならストアの審査があるだろ。そんな怪しいアプリが審査通るワケないし」
「あ~、それは確かに」
厳密には、個人で公開しているアプリであれば、ストアを介さないため審査はいらないのだが、そんなアプリを一般人がインストールする可能性は極めて低い。
少なくとも、普通の高校生が手を出すことはまずないだろう。
……まあでも、見た目だけでも偽装してたら、誤ってインストールしてしまう可能性はあるかもしれない。
昨今は、見た目だけは面白そうなゲームアプリがたくさんある。
俺も友崎も、それに騙されたという経験が数えきれないほどあった。
もし「呪いのアプリ」が、そんな風に偽装されているのだとすれば、被害者が出てもおかしくはないだろう。
「ま、そんなアプリのことはどうでもいいとして、今日帰りにゲーセン寄らね?」
「自分から話を振っておいてそれかよ……。すまんが、今日はあずさが部活休みらしくてな。一緒に帰ることになっている」
「ッカーーッ! これだから彼女持ちは! ケッ! せいぜいお幸せに!」
友崎はそう言い残して、カバンを掴み教室を出て行ってしまう。
事実を言っただけであんな態度を取られるのは釈然としないが、彼女のいない友崎には嫌味のように聞こえたのかもしれない。
(……さて、あずさを迎えに行くか)
「ねぇ、どうしてニヤニヤしてるの?」
「っ!? 俺、ニヤニヤしてたか?」
「うん、してた」
してたか……
もしかして、キモイと思われただろうか。
「えっと、すまん。その、一緒に帰れたのが、嬉しくてな……」
「……いつも登校は一緒じゃない?」
「いや、そうなんだけど、一緒に帰るのは何というか、特別というか……」
一緒に登校するのと下校するのでは、なんとなく雰囲気が違う気がする。
デート感があるというか……、とにかく特別なのだ。
「……まあ、私も嬉しい気がしないでもない、けど」
あずさは顔を逸らして、そんなことを言ってくる。
その遠回りの言い方が、愛おしくて堪らない。
星野あずさは、彼氏である俺の贔屓目抜きにして、とても可愛らしい少女だ。
運動神経も抜群で、一年生でありながらバドミントン部ではレギュラーに抜擢されており、先輩達からの注目度も高い。
当然だが、男子の間でも人気は非常に高く、俺はいつも嫉妬の視線を向けられている。
あずさは、オタクで帰宅部の俺からすれば、高嶺の花のような存在だ。
そんな彼女と付き合えたことは、ほとんど奇跡と言ってもいい。
たまたま彼女の家がご近所で、俺と同い年だったからこそ、幼馴染になれ、今の関係に至ったのだ。
こればかりは運が良かったと言うほかない。
「それじゃ、また明日」
「ああ、また明日」
家の前で手を振りあって別れる。
そんなことにささやかな幸せを感じつつ、俺は玄関の戸を開いた。
「っ!?」
開いた直後、玄関に立っていた妹の千波と目が合う。
……まるで、ゴミでも見るような冷たい視線に、俺は思わずゴクリとつばを飲み込んでしまった。
「た、ただいま」
「…………」
おかえり、という言葉は返ってこない。
居たたまれなくなり、俺はハハハと乾いた笑いを浮かべ家の中に入る。
「……あずささんと、帰ってきたの?」
「え? あ、ああ、そうだけど……」
「……ふーん」
千波は、自分で聞いてきた癖に興味無さそうな態度で返事をすると、そのまま階段を上っていってしまった。
俺は手洗いうがいを済ませ、着替えてからベッドに寝転がる。
「うーむ……」
思わず声に出して唸るほど悩ましいのは、千波の態度についてだ。
何故、アイツはあんな態度を取るようになったのか……
千波が俺に対して冷たくなったのは、丁度俺が高校に入学してからだ。
それまではお兄ちゃん子と言ってもいいくらい仲が良い兄妹だったのだが、今では目すら中々合わせてくれない。
そういえば、あずさのやつも「最近、千波ちゃんがよそよそしくなった気がする」と言っていた。
反抗期か何かなのだろうか?
可能性はある気がする。確か反抗期は二回あり、二回目は思春期にあったハズだ。
妹の年齢的にはドンピシャリだろう。
(反抗期、か……)
自分にはあまり、そういう時期はなかったと思う。
人はそういう時期を経て成長するというが、そんな時期のなかった俺は一体どうなのだろうか……
……らしくないことを考えた気がする。
俺は頭を振ってからベッドから跳ね起きる。
(宿題でもしよ……)
夕食を終え、部屋に戻った俺は、スマホにメッセージが届いているのに気づく。
(友崎か、なんだ……?)
メッセージを開くと、
『おい裕也! このアプリ、マジで面白いから一緒にやろうぜ!』
と書かれていた。
俺と友崎はよく同じアプリをプレイするので、お互いに面白いアプリがあれば勧め合う仲なのだが、こうしてワザワザ連絡までしてくることは珍しい。
普段なら、学校で直接伝えることが多いのだが……、それほど面白いアプリなのだろうか?
興味が湧いたので早速貼られたアドレスをタッチすると、そこには『かくれんぼアプリ』というタイトルが書かれていた。
……正直、期待していた雰囲気のアプリではなかったが、中々に興味を惹かれるタイトルである。
ゲームとしては怪しいが、内容が読めないという点で非常に気になる。
友崎のススメということもあり、俺は早速ダウンロードをしてみることにした。
すると、ダウンロード自体はあっという間に終わり、すぐに起動できるようになる。
これは、データ自体はゲーム開始後にダウンロードされるタイプのアプリなのかもしれない。
アプリを起動してみると、少しファンシーな絵柄のメーカー名が表示される。
(我愛你……? 聞いたことないメーカーだな。字面からして、中国のメーカーか?)
近年のスマホアプリは、中国産の作品が非常に多い。
だから別段抵抗もないのだが、美麗なイラスト等は見当たらないので少々地味に思える。
タイトルが表示されたのでタップをすると、GPS情報を取得するメッセージが表示された。
(GPSってことは……、ARゲームなのか?)
ARとは「Augmented Reality」の略で、一般的に「拡張現実」と訳される単語だ。
ARゲームは、実在する風景や位置情報とゲームの画面を連動させることで、疑似的に現実とバーチャルの世界を融合したゲームと言える。
近年では『ポケモンGO』や『Ingress』などが有名なため、聞いたことがある人も多いだろう。
少々意外ではあったが、タイトルが『かくれんぼアプリ』なので、ARゲームであったとしても不思議ではない。
恐らく、現実の情報と連動させて何かを探すゲームなのだろうと予測できる。
チュートリアルを進めると、やはり内容としては隠れてる何かを探し出す、もしくは隠れてやり過ごすゲームのようである。
『あなたは鬼に選ばれました』
チュートリアルが終わると、画面の中央にメッセージが表示された。
どうやら俺が鬼役ということらしいが、チュートリアルでは操作方法の説明だけで、どういうものを探すのかといった説明は一切なかった。
画面には「もういいかい?」というボタンが表示されているので押してみると、「まーだだよ」というメッセージが返ってくる。
これは恐らくロード画面のようなもので、実際は裏で何かの処理が流れているのだと思う。
しばらく「もういいかい?」ボタンを押していると、「もういいよ」というメッセージとともに画面が切り替わる。
画面には、以下の人物を探してくださいと書かれていた。
指示に従い画面を下にスクロールしていく。
「……え?」
そこには……
田沼 昭雄
田沼 祥子
田沼 千波
と書かれていた。
これは……、俺の家族の、フルネームである。
(ど、どういうことだ!?)
何故、自分の家族のフルネームが記載されてるのか。
家族構成を知られている……? いや、そんなワケは……ってそうか!
恐らくだが、スマホのアドレス帳の情報からデータを引っ張ってきたのだろう。
一部のSNSなどのアプリでは、アドレス帳のデータから知り合いを検索する機能が存在する。
恐らくこのアプリにも、そういった仕組みが組み込まれているに違いない。
しかし、そうであればゲーム開始前の注意事項などに書いておくべきではないだろうか?
……いや、単純に俺が読み飛ばしただけなのかもしれない。
アプリの利用規約など普通読み飛ばすものだし、ほとんど無意識に「同意する」ボタンを押した気がする。
一瞬ドキリとしたが、理由がわかればなんてことはない。
俺は落ち着きを取り戻し、改めて出された課題の内容を確認する。
『以下の人物を探してください。
制限時間は1時間です。
時間内に見つけられなかった場合、ペナルティが発生します』
時間制限付きのかくれんぼ。
探す対象は家族ということで、難易度的にはそう難しいものではない。
対象が家にいない可能性もあるので運も絡むが、この時間帯なら全員揃っているという家庭も多いだろう。
ペナルティというのが少し気になるが、運絡みのクエストなので、恐らくだがリスクも少ないハズだ。
幸いだが、家族とはついさっき一緒に食事をしたばかりなので、全員揃っていることは確認済みである。
これではかくれんぼとさえ言えない気がするが、序盤のクエストなのでこんなレベルでも納得がいく。
しかし、見つけたとして、このアプリはそれをどう判断するのだろうか?
ARの機能で画像を読み込んだとしても、それを本人と判別するのは難しい気がする。
国民全員の顔写真のデータでもあれば可能かもしれないが、流石に現実的ではない。
(……まあ、やってみればわかるか)
俺はARのカメラが起動した状態で部屋を出る。
向かうのはリビングだ。
食後はテレビを見ている可能性が高いので、上手くいけばまとめて三人全員発見ということになる。
「あれ? いない……」
予想に反して、リビングには誰もいなかった。
テレビはつきっぱなしなので、自室に戻ったということはないと思うが、タイミングが悪かったか?
もしかしたら、母さん辺りは台所にいるかもしれないと覗いてみたものの、残念ながらおらず。一体どこにいったのか……
俺は次にトイレに向かうと、電気が点いていた。
なんてことはない、ただのトイレだったのかと納得しつつも、開けるワケにはいかないので出てくるのを待つことにする。
しかし、しばらく待っても中々出てこない。いや、そもそも全く音がしない。
これはおかしいと思い、俺は少し迷ったがドアノブに手をかける。
もし本当にトイレにいたら気まずいので、なるべくゆっくりとドアを開いた。
すると――、予想通り、そこには誰もいなかった。
どうやら単純に、電気を点けっぱなしだったらしい。
無駄な時間を使わされたとため息を吐きつつ、俺はトイレのドアを閉め……ようとしてその動きを止める。
フタが閉まったトイレを見て、なんとなく開いてみたくなったからだ。
こういう探し物をしているとき、人は何故か絶対にあるハズもない場所を探してしまう。
ないという確信があるハズなのに、わざわざ開いて確認したくなるのは何故なのだろうか……
ピコン♪
トイレのフタを開いた瞬間、手元のスマホから電子音がなる。
一体何かと思いつつも、視線はトイレの中に向けられ――――
「っ!?」
俺は息を飲んで尻餅をついてしまった。
(え? え!? なんだよ、なんだよ今の!?)
トイレに中に、あるハズのないものを見てしまった。
そのせいで動揺し、心臓がドキドキと高鳴っている。
俺は尻もちをついたまま、しばし呆然としていたが、段々と冷静さを取り戻し始める。
(……手、だったよな?)
トイレの中、排水溝の所から、手のようなものが生えていた。
見たのは一瞬のことだったが、多分間違いないと思う。
アレは、手だった。
もう一度見るのが怖いが、確かめないワケにはいかないだろう。
俺は意を決して再度トイレの中を見る。
そこにはやはり、排水溝から吐き出されたかのように、手が生えていた。
これは、なんなのだろうか?
冗談にしてはタチが悪すぎる……
人形か何かの手だろうか?
これをやった意図はわからないが、可能性としては家族の誰かがやったとしか思えない。
しかし、母さんや父さんがコレをやった可能性は相当低い。となると千波だが……、正直こちらもやるとは思えない。
とはいえ、幻覚でもなんでもないのだから、間違いなく誰かの仕業なのだろう。
(……とりあえず、写真に残しておくか)
もしかしたら、何かの事件という可能性もある。
あとで幻覚でも見たんじゃと疑われるのも面倒なので、証拠写真を撮っておくことにした。
(ん……、そういえば、さっき何か電子音が……)
スマホの画面は、現在『かくれんぼアプリ』のAR画面が表示されている。
その右上の方に、ビックリマークが点滅していた。
どうやら、これがさっき鳴った電子音の発生源のようだ。
こんなアプリなんてやっている場合ではないのだが、放置しておくのも気になるのでヒットしてみることにする。
「……え?」
ビックリマークをヒットすると、先程のクエスト内容が書かれた画面に移行した。
それだけなら別に問題ないのだが、先程とは違う点がある。
それは――、母親の名前の横にチェックマークが付き、その下にメッセージで「一人目を発見しました」と書かれていることだ。
ドクンドクンと、再び心臓が高鳴り始める。
当然だ……
もし、このメッセージに書かれていることが真実なのであれば、あの手は……
(嘘だろ……、嘘だろ!?)
俺は躊躇うことなくトイレの水に手を突っ込み、排水溝から飛び出した手を掴む。
そして強引に引き抜こうとするが、何かが引っかかっているのか、ほとんど動かない。
当然と言えば当然と言えるのか?
もしこの先に、母さんの体があるのであれば、抜けるハズがないのだから……
いや……、トイレの排水溝に大人一人が詰まっているなど、物理的にありえない。
そんな馬鹿なこと、あるワケがない!
俺は腕を引き抜くことは諦め、洗面所で手を洗う。
こんな時でも手は洗ってしまうのだな、などと他人事のように考えたら、少し冷静さを取り戻せた気がする。
(落ち着け……。まだアレが、母さんだと決まったワケじゃない……)
見えているのは、あくまでも手だけである。
俺には、手を見ただけで母さんだと確信できる程の自信はないので、アレが全くの他人の手である可能性も十分にある。
かなり悪趣味ではあるが、悪戯の可能性の方が高いと言えるだろう。
……母さんのことは気になるが、それよりも今は父さんたちを探すのが先だ。
どんなカタチで見つかるかは想像もしたくないが、無事に見つかる可能性だってあるハズだ。
それに、時間内に見つからなかった場合のペナルティというのも気になる。
……こんな悪趣味な悪戯を仕込んできたのだから、ロクなことにならないのは間違いない。
クエストが開始されてから、時間は既に20分経過している。
悩んでいる時間はなかった。
俺は、家中全てをひっくり返す勢いで捜索した。
人が入れる場所、入れない場所、全てだ。
そして、捜し始めて10分程で、父さんを発見した。
正確には、父さんのものと思われる足だけを、だ。
……見つけたのは風呂の排水溝である。
母さんの手と同様、排水溝から足だけが生えているような状態だった。
吐き気を催す光景だったが、飲み込むようにしてそれに耐え、残っている千波の捜索を続ける。
しかし、捜しても捜しても、千波は見つからなかった。
体の一片さえも……
(まさか、家の中じゃないのか……?)
家族が隠されたタイミングは、恐らく俺がデータのロード時間だと思い込んでいたときだと思われる。
そして、あの短時間なら家の中しかないと思ったが……
いや、そうとも言えないか?
仮に、母さんの手や父さんの足が本物だとすれば、あんな真似ができること自体が異常である。
なんらかの超常的な力のせいだと考えれば、もっと別の場所に隠されているとしてもおかしくはない。
……いやいや、そんなことを考え出したらキリがない。
それに、母さん達は家の中で見つかったのだ。わざわざ千波だけを別の場所に隠すなんてことはないだろう。
少なくとも、家の敷地内であるハズ……
俺は、捜索範囲を庭や倉庫まで広げることにした。
しかし、それでも千波は見つからなかった。
そして、クエストの時間は無情にも終了を告げる。
『時間内に全員を発見できなかったため、ペナルティが発生します』
そう表示された画面を、俺はただ茫然と見つめるしかなかった。
ペナルティがなんなのかは気になる。
しかしそれ以上に、俺は喪失感、絶望感を感じていた。
見つからなかった千波は、帰ってくるのか?
あの手足が偽物だとして、父さんと母さんは帰ってくるのか?
もしドッキリか何かなのであれば、はやくネタバレをして欲しい。
そう玄関の前で願うも、三人が帰ってくる気配はない。
ピコン♪
握られたスマホから、電子音が鳴り響く。
画面に表示された「もういいよ」というボタンを、俺は虚ろな気持ちのままヒットした。
『以下の人物を探してください。
制限時間は2時間です。
時間内に見つけられなかった場合、その人物は死亡します』
星野あずさ
「っっっっっっ!!!!?」
声にならない悲鳴が喉から漏れる。
先程まで俺の中を支配していた絶望感が、焦燥感に塗り替えられていく。
(なんで……、なんで……!?)
ペナルティというからには、俺自身に何かが起きると思っていた。
しかし、その対象があずさになるとは、考えてもみなかった。
一体、何故彼女が対象となったのか?
俺の家族が標的になったのは、同じ姓なのでまだわかる。
しかし、あずさを俺の関係者だと特定するのは、アドレス帳のデータだけでは決してわからない。
カテゴリ分けでもしてれば話は変わってきただろうが、俺はそんなに細かい分け方をしてなかった。
じゃあ、どうやって?
もしかして、このアプリは本当に『呪いのアプリ』なのだろうか?
……いや、待て。
このアプリを俺にやらせるよう誘導してきた者であれば、俺のことをよく知っているじゃないか。
何故真っ先に疑わなかったのか?
一番怪しいのは……、友崎だというのに。
俺はすぐさま友崎に連絡を入れる。
『もしもし?』
「友崎! お前! なんなんだよあのアプリは!?」
『はい? なんのことだ?』
「とぼけるな! さっきお前が送ってきた、あのアプリのことだよ!」
『いや、全然わからん。アプリってなんのことだ?』
「っ! お前……!」
いや……、落ち着け。
俺の知る友崎は、こういった腹芸ができるタイプの人間ではない。
しかし、現状一番犯人だと思われるのは友崎しかいない以上、慎重に情報を引き出すべきだろう。
「……今から1時間くらい前に、友崎から俺にオススメのアプリがあると連絡が来たんだが、心当たりはあるか?」
『いやいや、俺、そんな連絡してないぞ?』
「本当か? お前のアドレスから届いたんだが」
『ちょっと待て……、いや送信履歴見たけど、やっぱ送ってないぞ』
「そうか……。じゃあ全然関係ないんだが、千波のことを憶えてるか?」
『千波? 誰だそれ?』
友崎がとぼけているという可能性は否定できない。
しかし、今のやり取りだけで、俺の中で友崎は限りなくシロに近いと判断した。
友崎は、俺に妹がいることを知っている。
名前は教えていないからこの反応も当然なのだが、もし少しでも心当たりがあり、それを敢えて隠そうとするなら、今のようにノータイムで回答が返ってくることはない……と思える。
素人推理で信頼性などまるでないが、俺の知る友崎という人間の人物像も含めて考えれば、何か隠し事をしているとは思えなかった。
「すまん。気にしないでくれ。用件はそれだけなんで、切るぞ」
『ちょ、待てよ! 説明くらいしろよな!』
どうする? 説明するか?
……いや、悠長に話し込んでいる時間はない。
それに、友崎が何も知らなかったとしたら、最悪巻き込む可能性もある。
「……すまんが、詳しくは話せない。ただ、一つ忠告はしておく。誰からの勧めであっても、アプリはインストールするな。じゃあな」
俺はそれだけ言い残して通話を切る。
折り返し連絡が来たが、今は何も説明できないためブロックさせてもらった。
本当はスマホの電源自体を切りたいところだが、アプリを起動してない状態で何がおこるかもわからない以上、それはできない。
それに今気づいたが、このアプリにはどうやら地図機能が搭載されているようだ。
この画面は、AR画面を閉じなければ見れないので、今の今まで気づかなかった。
不親切な仕様に思わず文句を言いたくなったが、こんなアプリに今さら細かい文句を言ったところで何も解決しない。
それよりも、何か他に見落としがないか、アプリ自体を念入りにチェックする。
結果、新たな情報としてわかったのは、この地図が表示されている範囲内がかくれんぼの捜索範囲であること。
そして、「他人の力を借りてはならない」というルールだった。
……友崎に相談しないでよかった。
得られた情報量としては大したことないが、捜索範囲がわかっただけでも十分な収穫である。
もしさっきこれに気づいていれば、いや、もう少し真面目にチュートリアルをやっていれば……、千波を見つけることもできたかもしれない。
……今それを後悔しても遅すぎるが。
ともかく、俺が真っ先にやらなきゃならないのは、あずさを見つけることだ。
俺はまず、あずさの家に向かうことにする。
あずさの家は俺の家の数軒先にあるため、移動に時間はかからない。
しかし少しでも時間を稼ぐために、移動は自転車を用いることにした。
あずさの家に着くと、すぐさまインターホンを押す。
しかし、反応がない。嫌な予感がした。
迷わず玄関の扉を開くと、鍵はかかっていなかった。
もし誰かいたら失礼極まりないが、とりあえず「お邪魔します」とだけ言って家の中に入る。
(……明かりがついてるな)
ということは誰かいるのだと思いたいところだが……、だとすればインターホンになんの反応もなかったのは不自然だ。
リビングの扉を開けると、先程自分の家で見たのと同じような光景が広がっていた。
点きっぱなしのテレビ……
片付け途中の食器……
ついさっきまで誰かいたかのような生活感である。
いや、実際にいたのであろう。
恐らくだが、星野家も先程のアプリのロード時間中に、何者かの手によって隠されたのだ。
見つける対象に星野以外が含まれていない理由はわからないが、俺へのペナルティということを考えれば納得できる。
……もしかしたら、あずさを隠すのに不都合があるから、ついでに消されたのかもしれない。
悪い想像がどんどんとこみ上げてくるが、俺はそれを振り払うように捜索に没頭する。
自分の家でやったように、全ての部屋を調べ、到底人が入れないような場所まで調べた。
しかし、あずさは見つからない。
(クソ! 家の中じゃないのか!)
他人の家なのであまり勝手はわからないが、調べられる限りは調べたハズだ。
ここまで調べていないということは、この家の中にはいないということだろう。
しかしそうなると、ほぼほぼお手上げ状態である。
捜索範囲は地区全体となるため、ピンポイントで探さなければ見つけるのは不可能だろう。
せめて、何か手がかりがあれば……
(…………っ! そうか、スマホだ!)
あずさも今時の高校生なので、スマホは肌身離さず持っているハズだ。
スマホを操作し、アドレス帳からあずさの番号を呼び出して通話ボタンを押す。
(……繋がらない)
ただ、コール音はしているので、繋がる状況ではあるということだ。
もし近くにいれば、その音であずさを見つけることができるかもしれない。
俺はもう一度だけ星野家の部屋全てを確認し、コール音が鳴っていないかを確認する。
しかし、残念ながら家の中では音を拾うことができなかった。
……いや、スマホだけ見つかるよりも余程いいか。
これで、あずさがスマホを持っている可能性が上がったとも捉えられる。
もうここにいても仕方がないため、家の外に出る。
それと同時に、僅かな音を俺の耳が拾った。
『……し、……也』
(……話声? っ!? スマホからか!)
スマホを確認すると、先程までのコール状態ではなく、通話状態になっていた。
「あずさ!」
『裕……也! ねえ! ……んなの! ここ、どこなの!?』
音が不鮮明な上、何か大きな音が聴こえているが、この声は間違いなくあずさの声だ。
良かった! 少なくともあずさは、まだ生きている!
「あずさ、凄く声が聞き取りにくいんだけど、今どこにいるんだ?」
『私……聞きたいよ! ここは……なの!?』
あずさも、今の状況を把握していないようだ。
先程まで電話に出なかったことから考えると、今まで意識を失っていたのかもしれない。
「あずさ、落ち着いて……、今の状況を教えてくれ。そこはどんな所で、今どんな状態なんだ?」
『わから……いよ……。ただ、暗くて、狭くて……』
「うん。わかった。大きな音がするけど、何の音かわかるか?」
『それは、……分、水が、流し……てて……。裕也、怖いよ……、私……なっちゃうの……』
水……? っ! 水だって!?
はっきりとは聞き取れなかったが、あずさは現在暗くて狭い場所に閉じ込められているらしい。
そして音の正体が水となると、何かケースのような物に入れられ、水を流し込まれているのかもしれない。
そうだとしたら、時間切れによる死とは……
「あずさ! とりあえず壁を叩くなり、何か大きな音を出すなりできる!?」
もう落ち着いて話している場合ではない。
一刻も早く、見つけ出さないと……
『裕……、ジジ……、ジジ……、バチッ!』
大きな電子音を最後に、通話が切れる。
こんな時にどうして! と思ったが、少し考えるとスマホが水に濡れていたことが原因だと思い至る。
あずさのスマホは少し昔の型だったので、防水機能もついていなかったのだろう。
通話の声が聞こえにくかったのも、既に水没していてからだと思えば納得がいく。
もしかしたら、通話できていたこと自体が奇跡だったのかもしれない。
「クッ……!」
大きなヒントを得られたとはいえ、依然として状況は悪い。
水を溜められる場所なんて、各家庭にあるのだ。絞り込むことなんて不可能である。
……いや、でも、そのために一般家庭の水場を使うなんてことはあるだろうか?
何か超常の力が働いているのであれば十分可能性はあるが、人の手でいくつもの家庭を襲撃するというのはあまり考えられない。
となると、公共の施設辺りが怪しいか……?
俺は地図画面を表示し、頭の中にある実際の施設の情報を思い出しながら、場所の特定を試みる。
公園……は、あり得るけど水を溜めるような密閉した空間はない。
公民館……は、恐らく風呂などの施設はなかったハズ。
市営プール……っ!? そうか、市営プールならあり得る!
思い立つや否や、俺は自転車で市営プールに向かう。
当然こんな時間に開いてはいないだろうが、侵入でもなんでもしてやるつもりだった。
「ハァッ……、ハァッ……」
必死に自転車を漕いだ甲斐もあり、市営プールには10分程で到着した。
俺は自転車を乗り捨て、外からプール内を覗き込む。
(……駄目だ。暗くてわからない……)
こんなことならライトでも持ってくれば良かったが、今さら考えても遅いので諦めて柵をよじ登る。
中に入ってしまえば、スマホのライトなどでいくらでもどうにでもなるだろう。
なんとか柵を乗り越えた俺は、まずプール全体を確認する。
しかし、あずさは狭い場所に閉じ込められているらしいので、ここにいないことはわかっていた。
いるとすれば……、消毒槽辺りが怪しいか。
あれは一般家庭の風呂と似たようなものなので、上からフタをして重石を乗せれば密閉空間を作れる。
俺はすぐに消毒槽へと向かうが……、結果としてあずさはここにいなかった。
(ここじゃ……、なかったってことか……?)
ここしかない。そう確信めいたものを感じてここにやってきたのだが、俺の予測は外れていたようだ。
今思えば根拠のない予測だったのだが、さっきまでの俺は絶対にここだという自信があった。
人は焦ると妄執に取り憑かれると言うが、今の俺がまさにそうだったのかもしれない。
「おい! そこのお前! 何をやっている!」
「っ!?」
消毒槽の前で呆然としていると、急に顔の辺りをライトで照らされる。
まさか、こんな市営プールに警備員がいるとは思っていなかったが、もしかしたら俺の侵入がカメラなどでバレたのかもしれない。
俺は迷うことなく逃走を選ぶ。
ここで捕まれば、どれだけ時間を費やすことになるかわからない。
もう、残り時間は30分を切っているのだ。捕まるわけにはいかなかった。
必死で逃げ出した俺は、なりふり構わず柵を乗り越え、無様に地面に着地する。
少し手足を痛めたが、そんなことに構っている余裕はない。
痛みを無視して乗り捨てた自転車まで走り、目的地を決めることなく走り出した。
(しかし……、どうすればいいんだ……)
予測が外れたことで、塗り替えられた焦燥感が再び絶望感に染まろうとしている。
段々とペダルを漕ぐ足から力が抜け、ついに自転車は止まってしまった。
(もう、諦めるか……?)
あずさのことは、家族以上に大事だと思っていたし、失えば半身を失ったかのような喪失感を覚えるだろう。
しかし、言ってしまえばそれだけのことだ。
大きく分けて考えれば、自分以外の人間は所詮他人でしかない。
時間が経てば、いずれ家族のことも、あずさのことも、記憶から薄れていくだろう……
「って、俺は何を考えているんだ!」
声に出してネガティブな考えを振り払う。
弱気になっては、見つかるものも見つからない……
しかし、そうは言っても、もう思い当たる場所なんて……
「っ!?」
途方に暮れて、思わず見上げた夜空。
その時、月の光に照らされて、ある物が目に映った。
それは、マンションの屋上に設置された――貯水槽である。
瞬間、電撃が走るように全身の血が巡り始める。
暗くて、狭くて、水を溜めておける場所。
そんな場所、そう簡単に無いと思ったが、貯水槽があるじゃないか!
何故気づかなかった……、いや、今はそんなことはどうでもいい……
今は残された時間で、あのマンションに向かうのが先だ!
自転車を漕ぎながら、少し冷静になって考える。
貯水槽なら、他の場所にもあるんじゃないか? と。
しかし、考えれば考えるほど、あの場所の貯水槽以上に適した場所はないように思える。
まず、貯水槽が地上にある場合だが、その場合目立つ上に、騒がれればすぐに誰かに発見される可能性がある。
となると、屋上などの人目に付かない場所になるが、この辺で屋上に貯水槽があるマンションは限られており、俺の知る限りではあのマンション以外にはない。
もし他にあったとしたらどうしようもないが、残された時間が僅かであることから、俺にはもうこれに賭けるしかなかった。
マンションに到着し、階段を一気に駆け上がる。
心臓が破裂しそうに高鳴っているが、脳内麻薬でも出ているのか不思議と疲れは感じなかった。
屋上に到着する。
施錠されていた場合、最悪壊すことも考えていたが、鍵はかかっていなかった。
少し意外だったが、犯人がここを使ったのであれば鍵が開いていたとしてもおかしくはない。
「あずさ!」
扉を開き思わずあずさの名を叫ぶ。
しかし当然だが返事はない。
最初から返事を期待していたワケではないが、それでも呼ばずにはいられなかった。
俺は貯水槽まで駆け寄り、周囲を確認する。
暗くて見えづらいが、梯子はすぐに見つかった。
ピチャ ピチャ
貯水槽から、水が滴っている。
これはまさか、もう水が溢れ出しているということだろうか。
だとしたら、あずさはもう……
迷っている暇はない。
俺は急いで梯子を上る。
しかし、暗いためか中々上手く登れず、焦燥感だけが募る。
高さ的には約2メートル程の梯子だったが、異様に長く感じられた。
それでも一歩一歩着実に上り、ついにあと一歩でてっぺんという所で……異変が起きる。
「っ!?」
それまで何も感じでいなかった手足の痛みが、急に蘇ったのである。
もうすぐ手が届くという安心感、達成感が、緊張の糸を切ったのかもしれない。
強烈な痛みが走り、俺は足を踏み外してしまう。
真っ逆さまに落ちていく俺が最後に見たのは、まるで俺をあざ笑うかのような三日月だった。
「……ハッ!?」
目覚めると、真っ白な天井と、点滴のようなものが目に映る。
一瞬ここはどこだと思ったが、自分の恰好を見る限り、ここは病院のようであった。
「お目覚めですか」
キョロキョロと視線を泳がせていると、ベッドの脇に立つ中年の男が声をかけてきた。
「……あなたは?」
「こういう者です」
男はそう言って、黒い手帳のようなものを見せてくる。
それが何かはすぐにわかった。警察手帳である。
「刑事さん、ですか?」
「ええ、そうです」
一体何故刑事が……と驚くことはなかった。
あんなことが起きたのだ。警察が動かないハズがない。
「田沼さんには色々とお聞きしたいことがあるのですが……、今の状況、理解していますか?」
「いえ……」
「でしょうね」
何が起きたかは覚えているが、何故こんな場所にいるか、前後の記憶が曖昧だ。
俺は確か、あずさを助けようとして……
「っ!? そうだ、あずさは……つっ!?」
慌てて起き上がろうとして、手と足に強烈な痛みが走る。
「落ち着いてください田沼さん。あなた、手足の骨折に加え、数か所の打撲と、頭を少し縫ってるんです。重傷ですよ」
手足の骨折……
そうか、俺は確か、市営プールから逃げ出す時に手足を痛めて……
「っ!? お兄ちゃん!?」
自分の状況を再確認するため記憶を辿っていると、病室に入口から悲鳴に似た声が上がる。
その声の主は、妹の千波であった。
「っ! 千波、お前、無事だったのか!」
俺がそう声をかけると同時に、千波が勢いよく抱き付いてくる。
支えきれなかった俺はそのままベッドに倒れ込み、千波に押し倒されるようなカタチになった。
「妹さんは、熊井神社の中で倒れているところを発見されましてね。命に別状もなく、怪我もほとんどありませんでした」
熊井神社……?
近所にある神社だが、一体何故そんなところで……?
「父さんと、母さんは……?」
「行方不明です」
行方不明……
それじゃあ、やっぱりあの手足は、母さん達のものじゃなかったってことか?
「それじゃあ、あずさは……?」
「……あずささんは」
刑事は言い難そうに視線を逸らす。
その言葉の後を継ぐように、千波が口を開いた。
「あずささんは、水死体で見つかったって」
「っ!?」
水死体……
そうか、思い出した。
俺は、貯水槽に閉じ込められたあずさを助けようとして…………間に合わなかったのだ。
「でも、お兄ちゃんが生きてて、本当に良かった!」
涙を流して縋りついてくる千波。
それは一見、仲の良い家族同士、当たり前の反応だと言えるが、どうにも違和感が拭えない。
あの、俺に対して冷たい態度を取っていた千波が、こんな反応をするなんて……正直信じられなかった。
……いや、しかし、高校に入る前……正確には、俺とあずさが付き合い始める前、俺達は本当に仲の良い兄妹だった……ように思う。
だから、これが普通の反応、なのか……?
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……、あずささんのことは、本当に残念だったけど、本当に、本当に……」
「良かった」




