前編
「そういえば、亜夢、新しい彼氏出来たみたい」
またか。
今回は俺の家で、二人で学校で出された宿題をしている最中だった。
俺、九分里 崇斗には同い年の二人の幼馴染がいる。
一人は男女問わず、受けの良さそうな「かわいいー」てかんじの美少女で、もう一人は男の平均身長より高い、人によっては「かっけぇ……」と言ってしまいそうな美女だ。
その内の美女な方である幼馴染、晴日 御凛はいつからか、もう一人の美少女な幼馴染の有喜和 亜夢の交際状況を俺に報告をするようになった。
ちなみに、御凛の方は小学生の頃、亜夢は幼稚園からの幼馴染だ。
最初の報告は、中学二年の時に、亜夢に初めての彼氏が出来たやつだった。
その彼氏のために、亜夢と少し距離を取った方が良いと言われて、付き合いを考え直した結果、高校二年の今では、俺と亜夢は学校くらいでしか話さなくなった。
御凛はまだ亜夢と仲が良いらしい。こうして俺の知らない亜夢の事を教えてくる。
しかしこの報告、微妙にたちが悪い。
「あいつバスケ部の先輩と付き合ってなかったか。いつからだよ」
「前のはだいたい一ヶ月前に別れたって。今の人のは二週間前に聞いた」
このように、知らせるのが若干遅いのだ。
しかも別れた事については、次の彼氏が出来た後でしか教えてくれない。
聞いたからといって、微妙に使えない情報となった頃に、俺にお届けされるのだ。
今となってはこの程度の感想で終わるこの報告だが、はじめの方は結構辛かった。
中学二年の俺は、亜夢のことが好きだった。
初恋だった。
当時の俺は無自覚だったが、御凛は察していたらしい。
「亜夢のこと好きってキモい。亜夢、彼氏いるよ」
それが最初の報告だった。
それを聞いた俺は、自覚する前に失恋したこと、恋心を幼馴染に知られていたこと、その恋をキモいと言われたことで、名状しがたい感情で胸が一杯になった。
夜中になると、無意味にベッドでブリッジとかしていた。
そして御凛は「初彼なんだから大事にしてほしいじゃん」といって、俺に亜夢と放課後遊ばないように注意した。
御凛自身も二人きりにしてあげようとしたらしい。離れた亜夢と俺では、俺の方に付いてきた。
この報告に、三回目くらいまでは毎回ダメージを受けていたが、その辺りでようやく完全に思いを吹っ切った。
それ以降から今に至るまで、だいたい同じような心境で聞いていられる。
初恋の幼馴染が色んな人と付き合って別れてを繰り返すのは、聞くたびに少しもにょっとしたものを抱く程度だ。
「いつも言ってるけど、それもう少し早くに言えない?」
「じゃあ覚えてたら次からそうする」
俺は毎回一言言って、御凛は雑に返事して終わる。そして次も改善されることはない。
御凛は結構テキトーな性格だ。
神経質そうな顔だが、全然そんな事はない。
このように旬が過ぎた話題も普通にしてくる。
物についてもあまり関心はないらしく、俺の物や御凛の物は、御凛の手によってしょっちゅうお互いの部屋を行き来している。
その時手に持っていたから持っていくし、そこで手から離したから置いていくのだ。
そうだ。思い出した。
「お前、そろそろ俺のパーカーとか返せよ。最近寒いんだよ」
「そういえばそろそろそんな季節だ。うんうん、それも次からそうする」
御凛は亜夢の話の時は、宿題に向かっていたが、今度ははっとしたように顔を上げて、こちらにむいて頷いてみせた。
こいつは寒い季節が近付いてくると、俺の上着を自分の部屋に溜め込む。
昼間はこの時期まだ暖かいのだが、夜になると少し肌寒い。
御凛は昼間の気温に丁度良い格好で俺の部屋に来るので、夜、帰りの時間になると寒いと言って、俺の服を勝手に着て帰るのだ。
お陰で本格的に冬になる前に注意しておかないと、夜中にトイレに行くときなんか、震えながら用を足すはめになる。
交際報告の方とは違って、こういう明日にでも、のような約束は割りと守ってくれる。
報告は数週間、数ヶ月間に挟むから本当に忘れるのかもしれないが、こっちはすぐだ。
毎日俺の部屋に来るし、忘れようがないのだろう。
一旦宿題から完全に意識が離れたせいか、御凛はやる気を失くしたようで、机から離れて俺のベッドに潜り込む。
俺は俺で、目の前で同じ事をやっていた人間がやめてしまうと、やる気のなくなるタイプだ、もうすぐ一時間経つし、一緒に休憩に入ることにした。
「もう年末まですぐかー」
「まだ今年は残ってるだろ。ところでお前、まだ年末は先だけど、やっぱりいつも通り?」
「いつも通り。予定とかないし」
その後暫くして面倒でも進めなくちゃいけないと、だらだら喋りながら、ぐだぐだ宿題を進める。
これが俺達の、当たり前の生活、というものだった。
……当たり前、か。
御凛と一緒にいる当たり前がいつまでも続けばいいと思う。
初恋は終わった。
だから俺には、今は今で好きな人はいるのだ。