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小話 ある日の休憩

 


 ユフェを飼い始めてからイザークはキーリ名義で猫用カタログを購読するようになった。

 今日新たに届いたカタログには、付録として「愛猫家のつぶやき」という薄い冊子がついている。


 これはカタログの出版社がたまに発行しているもので、募集テーマに沿って寄せられた愛猫家たちのエピソードがいくつも載っている。

 今回のテーマは『猫あるある』だった。


(猫あるある……どんなあるあるが寄せられているんだろうか)


 期待を胸にイザークは早速冊子のページを捲った。




 ――我が家の猫様はとっても気品のある猫でございます。しかしながら、このところネズミを仕留めると毎回わたくしの足下に持ってくるのです。半年前にネズミを仕留めて褒めたことが原因かもしれません。彼はわたくしに褒めてもらいたいのだと思いますが、死骸を足下に持ってこられてはたまったものではごぜいません。猫様は可愛くはありますがこの行いには大変困っております。 愛猫家A


「ふうん。これは大変だな。うちのユフェは賢いから俺が嫌がるようなことはしないぞ」


 どうやらユフェは愛猫家Aの猫よりも賢いようだ。

 イザークは次の記事に移った。



 ――うちのにゃんこは外が大好きです。今日は雨で濡れてしまうから駄目だと言っても聞きません。いつまで経ってもつぶらな瞳で訴えられては、耐えられません。僕は渋々外へにゃんこを出してあげました。でも、すぐにニャアンニャアンと鳴いて入れてくれと懇願されました。ほんと、にゃんこって気まぐれです。 愛猫家L


「なんともお茶目な猫で可愛らしいな。だが、うちのユフェなら雨の日は大人しく屋内にいるからこんなことにはならない。あともともと可愛い」


 ユフェは落ち着きのある猫のようだ。

 イザークは次のページを捲った。



 ――折角奮発して高級なおもちゃを買ったのに、自前で作ったおもちゃの方が夢中になってくれます。嬉しいような、勿体ないような、悲しいような……真新しいままの高級おもちゃを見るとなんとも言えない感情になります。 愛猫家K


「はっ、これは分かる気がするぞ。ユフェも高級なおもちゃを好まない。そもそもおもちゃがあまり好きじゃないから揃えても使わなかった!!」


 イザークはそのあとも猫あるあるを読み進めた。

 記事を読んでいるとユフェとは何故か当てはまらないものが多い。

 それについては残念だったが当てはまるものがあった時は、口元に手を当てて何度も頷いて共感した。



 一通り読み終えたイザークはほうっと溜め息を吐きながら冊子を閉じる。それから腕を組むとへにゃりと頬を緩めた。


「……いろいろと読んで分かったことだが。やっぱりうちのユフェは天才だ!!」


 目を輝かせながら呟くと、お茶を運んできたキーリが口を挟む。


「まったく。猫馬鹿も大概にしてください」



 キーリは自分の名前を使って何かと猫グッズを取り寄せるイザークに頭を悩まされていた。


 あの恐ろしい雷帝が猫に心酔しているなど、各方面で雷帝たるイメージが崩壊してしまう。世間体を考えれば自分の名前を使うことでイザークの体面が保てるのだから安いものだ。


 そう思って名前を使わせていたのに、まさかここまで好き勝手されるとは思っていなかった。

 嫌味の一つは言いたくなる。


 どこ吹く風のイザークは、キーリから手渡されたお茶を一口啜った。



「ところで陛下。森の宴をユフェ様の首飾りにすることをもう一度考え直していただけないでしょうか? あれは我が帝国の秘宝です。代替案として、世にも珍しい桃色の大真珠を首飾りにされてはどうですか?」


 森の宴は魔力を注げば相手がどこにいるか分かるという番石でもあり、非常に価値のある品だ。もちろん大真珠も森の宴に続いて国宝だが、価値は二倍ほどの差がある。

 本来なら大真珠すら猫の首飾りにはしたくない、というのがキーリの本音だ。だが、それよりも価値を下げればイザークが納得しないだろう。


 提案を聞いたイザークはキーリを一瞥するとカップをソーサーの上に置いた。それから静かに問う。


「キーリなら分かる話だと思うが……真珠は何から採れる?」

「真珠は貝から採れます」

「では、真珠はどのようにしてできると思う?」


 そう訊かれてキーリは怪訝な表情をする。


「真珠は……貝がらの中に水中の小さな微生物や砂などの異物が貝殻と身体を覆う膜の間に入り込みます。異物に刺激されて膜の表面が剥がれ、それが異物と一緒に膜の中に入り込み、真珠袋ができます。真珠袋の内側では異物のまわりに貝殻と同じものが作られます。それが令嬢や夫人などが身につけているあの真珠です」

「つまり、真珠とは貝の腫瘍だ。そんな悍ましいものをユフェの首につけるというのか?」

「……」


 イザークの言いたいことは分かるようで分からない。そんなことを言い出せばソファの牛革も傘の骨の鯨髭も皆悍ましい対象になるではないか。

 真剣な表情で尋ねるイザークに対して、キーリは視線を逸らすとこめかみを押さえた。


「……もう、いろいろと面倒くさいので好きにしてくださって結構ですよ」


 遠くを見るような目をして、生気のない声で言った。


「分かってくれればそれでいい。では、森の宴で首飾りの方は進めてくれ」


 こうしてイザークは今日も有意義で楽しい休憩を過ごした。


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