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第10話



 それから毎日、イザークはシンシアの元に現れた。

 会議が終われば本来執務室でやるべき仕事を全て持ち帰ってシンシアの隣で仕事をする。


 最初は呆れ顔だったキーリは慣れたのか淡々と仕事の報告をするようになった。

 シンシアは長時間イザークと同じ空間で過ごすのは苦痛だろうと覚悟していたが、実際のところは快適だった。


 仕事をしている間、イザークは黙々と書類に目を通して書き物をしているだけでちょっかいは一切出してこない。仕事が終わるまでは机にかじりつき、時にキーリや文官を呼んであれこれと指示を出したり、意見を求めたりしている。


 終われば撫でにやって来るが、気持ちの良い所ばかり撫でてくるので嫌悪感はない。意地悪をされることもなければ相手をしてくれとおもちゃで誘ってくることもない。

 イザークは絶妙な距離感で接してくれていた。


 さらに皇帝の仕事は激務であるはずなのに、恐れ多くも食事は全てイザークが作って食べさせてくれる。長生きするようにと栄養バランスを考えた料理が出されるので、彼は心の底から猫が好きなのだと実感した。


 そして猫の生活をして早数日、嬉しいことが一つある。




(監禁生活が続くとばかり思っていたけど。まさか自由に出入りできるようになるなんて)

 イザークはシンシアが部屋を出入りしやすいように扉を少しだけ開けてくれた。これは大変ありがたい。


 おかげで宮殿内をいろいろと探索することができるようになった。けれど人間の時ですら広大に感じた宮殿は猫の姿になるとより広く感じられる。

 まだまだ宮殿内を把握できていないため、使用人や業者が使う外の出入り口が分からないが、地道に探索しているので着実に教会へ戻る計画は進んでいるはずだ。


(このまま調査すれば一週間以内に場所を突き止められるんじゃない? あの日以降イザーク様は私の話はしなくなったし、うまくいけばこの猫の生活ともおさらばだわ)


 シンシアがソファの上で計画成功の妄想に浸っていると、ノック音と同時に扉が開いて少女が入ってきた。



 爽やかな青のお仕着せに白のエプロンとキャップをつけた少女は一目で宮殿の侍女であることが分かる。

 栗色のポニーテールがトレードマークの彼女は、歳はシンシアと同い年か一つ、二つ下で、くりくりとした瞳は榛色をしている。顔立ちは少々幼いがそれとは裏腹に所作はとても落ち着いていた。


 シンシアは彼女が貴族の娘であると察した。他の世話をしてくれた侍女と違って、教会に定期的にやって来るやんごとなき身分の人たちと仕草や醸し出す雰囲気が似ているのだ。

 ただし、一点だけツッコミを入れるとすればそんなやんごとなき身分の彼女には似合わない、明らかに野生の小鳥が頭の上にちょこんと留まっていることだ。


 疑問符を浮かべていると、彼女は仕事中のイザークの元へ向かわずに真っ直ぐこちらへとやってきた。

「はじめましてユフェ様。本日よりあなた様付きの侍女になりましたシャルロッテです。私のことはロッテと呼んでくださいませ」


 ロッテはにっこり微笑むとスカートを摘まんで深々と一礼する。

 彼女の礼に習って小鳥も慇懃な礼をするのがまた可愛らしい。


 ただの猫にここまでの仰々しい挨拶をするのは、皇帝の猫でその飼い主が目の前で仕事をしているからだろうか。


(猫にまで皇族にするような態度を取るなんて……侍女も大変だわ)

 申し訳ない気持ちになって、思わず本音を口にする。


『私にそこまでの振る舞いしなくていいわ。普通に接して』

「あら、そんな風に思っていたのですね。気にしないでください」

『でも、フランクな言葉を使ってくれると気兼ねない関係になれそうだから。そっちの方が嬉し……は?』


 シンシアは目を見開いた。何が起きたのか分からなくて驚愕から混乱に変わる。

 ロッテが口元を手で押さえてくすくすと笑っていると、書き物をしていたイザークが手を止めて顔を上げた。相変わらず人に対しては目つきが鋭い。


「ロッテ、ちゃんと説明しないとユフェが混乱するだろ」

「申し訳ございません陛下。いつもの調子で喋ってしまいました。説明しておかないと人も動物も最初はみんな驚きますね」


 ロッテはシンシアと視線が合うように床に膝をついて説明を始めた。

「私は物心ついた時から動物を手なずける力があって、意思疎通ができるんですよ」


 例えばこの子、とロッテは視線を上にやって小鳥を紹介する。

「この子は宮殿の庭園で怪我をしていたところを私が助けたんです。助けてって弱々しい声が聞こえました」


 小鳥はロッテにとても懐いていて彼女が手のひらを差し出せば、ぴょんと移動する。ロッテが部屋の中を飛ぶようにお願いすると、小鳥は短く返事をしてぱたぱたと部屋の中を一周して再び彼女の手のひらの上に戻ってきた。


『凄い! 私も小鳥さんと話せないかな』


 シンシアは猫と小鳥は意思疎通できるのか試しに挨拶してみたが、種族が違うので叶わなかった。

 項垂れているとロッテが頭を撫でて慰めてくれる。


「ユフェ様は猫だからこの子とは話せません。この力は我が一族の特別な力なんです」

『……もしかして、ロッテはランドゴル伯爵の血筋だったりするの?』




 ランドゴル伯爵とは勇者と共に五百年前の魔王を倒した魔法使いのことだ。

 魔王討伐時のパーティは勇者と聖女、そして二人の魔法使いだったという。ランドゴルの魔法使いはそのうちの一人で、普通の魔法使いと少し違う。


 彼は動物たちを手なずけ、意思疎通できるという力を持っていた。

 その力のお陰で五百年前の魔王軍との戦いでは人間だけでなく動物たちの力も合わさり、優位にことが進んだ。彼の功績はかなりのものだったと歴史書にも書かれている。



 尋ねられたロッテは驚いてから二、三瞬きをした。

「ええ、その通りです。私はランドゴル家の者です。ユフェ様は猫なのに……やけに人間のことに詳しいんですね」


 確かに猫が人間の事情に詳しいのはおかしなことだ。

 ロッテに不審に思われたかもしれない。シンシアは慌てて言葉を付け加えた。


『わ、私は陛下の猫だもの! 帝国のことはなんでも知っておかないと彼の側にはいられないじゃない?』


 胸を張って堂々とした態度を取っていれば信憑性が増し、大抵の人は欺されてくれる。聖女になりたての頃は勉強不足でこういったはったりをよく使っていた。

 シンシアがさも当然のような口ぶりで言うのでロッテは「まあ、そうだったのですね」と、思惑通り納得してくれた。



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