「158話 裏切り 」
ニカの結界を踏みながら、こちらに近付いてくるディレヴォイズへと向かって一直線に走る。
「<光反射>ミラー!!」
頭上から陽の光を強く感じる今なら、一瞬で剣に光を凝縮させることができると直感的にわかった。
光反射の呪文で黒錬鉄と古樹鹿の蒼晶角でできた刀身が白く光り輝く。
合わせて凝縮させた光でできた熱を一気に開放する魔法陣を短刀に描いた。
「正面から受けるつもりとはな!!!」
ディレヴォイズは指同士を合わせて、爪で私を貫くように腕を突き出した。
私はその攻撃に合わせて軌道を変えるように、下から上に向けて切り上げる。
「ッ!」
キィン!と音を立て、私の剣は爪に直撃した。
何とか軌道をずらして直撃は免れるも、爪が頬を掠め、頬に鋭い痛みを感じる。
しかし瞬時に傷が回復していく、コレは光属性の特性のお陰なんだろうか。
ディレヴォイズはその後も間髪入れずにもう片方の腕で攻撃してきた。
それも先ほどと同様に爪に攻撃を合わせるようにして軌道をずらす。
今度は腕に痛みを感じた。
光と火を融合したこの属性は、光属性単体と同じく早さにも長けている。
ディレヴォイズの攻撃は見えていても、無理な体勢で避ければ次の攻撃を食らってしまう。
だから力負けしてでも今の私には攻撃を弾きつつ、機を待つしかない。
「....!」
腕、足、腹部、顔に次々と小さな切り傷ができていく。
一瞬の痛みの後、体を纏う陽の光が傷を癒す。
私はどんどんと消耗していくマナを感じながらディレヴォイズの攻撃に合わせて爪に刃を当て受け流し続けた。
「<火><水><土><風><光><闇>のマナを.....!!」
「フォール・メテオ!」
カナちゃんが魔法陣を描き始めたのにすぐさま反応して、ディレヴォイズが片腕を上に向けてカナちゃんに攻撃を仕掛けた。
そのせいで私との激しい攻防に隙ができる。
ここだ!
「<左短刀・解放>レフト・リリース!」
短刀に描いておいた魔法陣に始動キーを唱え、光を反射させて溜めていたエネルギーを一気に放出させながら、ディレヴォイズの腕に向けて短刀を一閃する。
振るわれた短刀から熱線が放射され、ディレヴォイズの腕に命中する。
「ッ!」
ジュウという音と共に焦げ臭いが私の鼻を刺す。
ディレヴォイズは一瞬怯んだが致命傷には至らなかったようで、多少攻撃の手数が減った程度の変化しか与えられない。
激しい攻防の中でディレヴォイズの腕を確認すると、私が攻撃した箇所の鱗は剥がれてその下にある皮膚が焼け爛れていた。
ヴォイドストーンのお陰で保護膜に止められることは無かったものの、割と自身のある攻撃でもこの程度のダメージしか与えられないことを思い知る。
「オウカ!避けるです!!」
カナちゃんがオウカに指示を出す声が聞こえた。
その直後、空から小さな隕石が私の後方目掛けて落ちてくる。
先ほどのディレヴォイズの攻撃なんだろう。
....私のこの足場はいつまで持つんだろう、オウカが移動したことでニカも結界の維持が困難にならないと良いけど。
「終いだ。」
ディレヴォイズはそうつぶやいて、攻撃の手を止め一瞬で更に上空へと飛び立った。
ニカに指示ができない以上、私はそれを見上げる事しかできなかった。
「魔族の王として戦うのは終いだ。」
「どういうこと?」
ディレヴォイズの発言の意図が読めない。
「メテオ・ランス」
ディレヴォイズが手を上に掲げ、先ほどと同じ動作を行う。
直後、天より無数の燃えさかる石の槍がカナちゃん達を背に乗せたオウカへと降り注いだ。
「つかまっておれ!!」
オウカが背に乗った皆を気にしながらその攻撃を避ける。
それと同時にディレヴォイズがオウカに向けて飛んでいく。
「オウカ!!!」
崩壊した庭園に着地したばかりのオウカの後ろに回り込むようにしてディレヴォイズが迫る。
「しまっ...。」
ディレヴォイズは近づいた速度のまま、オウカの足をすれ違いざまに爪で切り裂いた。
大技でマナが枯渇していたオウカは、防御する暇無くその攻撃を受けてしまう。
ガクリとその場に伏せるオウカ。
上に乗っていたカナちゃん達がオウカの上から投げ出される。
幸い、既に庭園に着地していたため崖下に落ちることは無かった。
「フェアリー...ッッ!」
「カースウェーブ」
レオがオウカに回復魔法をかけようとするが、間髪入れずにディレヴォイズが翼から黒い霧を噴出した。
飛びながらレオに向けて放たれた黒い霧は一瞬でレオを包み込んだ。
『これは...ッ!』
『苦し...。』『ダメ...逃げて...。』
霧に包まれたレオから緑色の光が離れていき、宙に霧散した。
その直後、霧が晴れて青ざめた表情のレオがその場に崩れ落ちる。
「そんな....オベイロン..?フュー...フォリア!!」
「ディボロカース」
それでも尚、ディレヴォイズの攻撃は止まらない。
「皆さんこちらへ!!!」
ニカは咄嗟に自分たちを覆う結界を展開し、ディレヴォイズの放った黒刃を防ぎきる。
しかし、先ほど放たれたメテオ・ランスの残りが頭上より迫りくる。
「トル君!!8.9.10<水盾>ウォーターシールド!!!」
「<錬金>アルケミー!」
カナちゃんが展開した水の盾にトルペタ君が放った矢が触れたとたん、水は鉄へと材質を変えた。
巨大な盾を頭上に掲げ全ての石槍を受け切るも、盾は重力に耐えきれずそのまま落ちてきた。
「<再錬金>リ・アルケミー!」
「8.9.10!<圧縮>コンプレッション!」
トルペタ君が始動キーを唱えると、鉄と化した盾が元の水へとその材質を変え、小さな水球へと戻った。
「ミウちゃん!」
ニカがこちらに気が付き、複数の小さな結界を足場として張り巡らせてくれる。
私はその足場を使って急いで向かう。
カナちゃん達はオウカとフレア、レオを守るように崩れ落ちた空中庭園のわずかな足場から一歩前に出て、空中で静止しているディレヴォイズに対峙していた。
「ディレヴォイズ!!!」
私はある程度近付いたところでディレヴォイズに向けて飛び掛かり、両手で短刀を握りしめた。
ディレヴォイズはちらりとこちらを向き....醜悪な笑みを浮かべている。
そして私を見ながら、カナちゃん達の方へと顎をクイッと傾ける。
「ッッッ!!!」
....その意味はすぐに分かった。
カナちゃん達の後ろ、倒れていたはずのフレアの身体に黒い縄のようなモノが巻き付いているのが見える。
私はディレヴォイズへの攻撃を止め、空中で身をよじり近くの瓦礫へと着地した。
「ディレヴォイズ....!!」
「どうした?無防備な我を攻撃しなくてよいのか??」
ニタニタと、先ほどまでとは打って変わって下卑た表情で笑うディレヴォイズはとても王と呼べるようなものではなく、あの森で、遥か太古の森でみた、ピョンを騙し討とうとした卑劣な竜種のモノだった。
「ディザスター....。」
「トルペタ君ちょっと待って!!!」
トルペタ君がディレヴォイズに向けて矢を引き絞ったところで、私は慌てて止めた。
「ミウシアさん!どうして!!」
「....トル君待つです...。どうやら魔族の王とやらも落ちるところまで落ちたようですね。」
「フレア...!」
カナちゃんとニカが私に送れてフレアが人質に取られていることに気が付く。
トルペタ君も振り返り、フレアを見て驚きの声を上げた。
「フレアさん!?....ディレヴォイズ!卑怯だぞ!!」
「落ちる所まで?卑怯?..クハハ、我は元々こういう性格だ。プライドだの、正々堂々だの、馬鹿らしい。勝てなければ何一つ意味が無いということがわからぬのか?」
フレアが黒い縄に繋がれたまま宙に浮き、ディレヴォイズの元まで飛んでいった。
「クッ...。」
「神の使徒よ、この娘が殺されたくなかったらそこを動くな。....カース・エッジ。」
ディボロ・カースという無数の黒い刃を射出する技よりも、殺傷能力の低い5つの小さな刃が私に向けて飛んできた。
「ミウちゃん!!」「ミウ!」「ミウシアさん!」「ミウシアちゃん....。」
「ッ....。」
頬を刃が掠める。
しかし自動治癒能力で即座に回復する。
皆も自分たちが今動いたらフレアがどうなるかわかっているから、私を心配することしかできないようだ。
「すぐに回復するとは言え、痛みはあるのであろう?カース・エッジ。カース・エッジ。カース・エッジ。カース・エッジ。」
「~~~~ッッ!!」
およそ20の刃が全身を切り刻む。
しかも腹立たしいことに、何個かは全く同じ軌道を描き飛んでくるせいで、治癒途中の皮膚が切り裂かれて痛覚を更に刺激した。
「貴様ら人間の弱点はこれだ!もはや戦えぬモノですら見捨てず助けようとする!そのせいで勝ち目が無くなろうとも!」
ギギギギとフレアを縛る縄がきつく締まるような音がした。
いつでも殺せるというアピールだろうか。
「何故見捨てぬ?全く理解ができん。戦えなくなったらせめて強き者の養分として糧になるのが最も効率的ではないか。」
「そんな考えしかできないから、数千年かけてもこの程度なんですよ。」
ぼそりとニカが呟く。
「なんだと?」
「貴方に仲間を思いやる気持ちがあれば、魔族という集まりはお互いを尊重し合うよい集団になれたでしょう。そしたら、結果は色々変わってきていたでしょうね。」
「...思いやる?下らんな。王とは恐れひれ伏される存在。畏怖されることはあれどなれ合いなど必要が無いであろう。」
「...そもそも、魔族は皆が人間を憎んでいるのですか?現に私達は人間との共存を望む魔族と会っています。人間を憎むのはあなたの押し付け、個人的な感情ではありませんか?」
ディレヴォイズは顔を歪め、心底うっとおしそうにニカに返答する。
「....そのような魔族は切り捨てればよい。王である我に歯向かう者など我が部下に必要ない。」
「では我らは今より人間の味方を致します。」
突然、私達以外の声がどこからか聞こえてくる。
次の瞬間、ディレヴォイズに拘束されていたはずのフレアが消え、オウカ達のいる場所の地面が黒く染まる。
「なんだと!?...その声はシャドウドラゴンか!!!」
「この声は...ヴァイシェちゃん?」
声の主に気が付いたのはレオ、黒く染まった地面に向かって話しかける。
ディレヴォイズは人質としていたフレアが消えた事よりも、その声の主に苛立ちを見せた。
黒い地面から眼鏡をかけた真面目そうな女性が現れる。
暗い紫色の髪の毛を後ろでまとめたスーツ姿の女性、頭には角が二本...ディレヴォイズがシャドウドラゴンって言ってたけど....。
ヴァイシェという名前に心当たりはない、レオはいつの間に知り合ったんだろう。
「ディレヴォイズ様、貴方の卑劣極まりない行動、見させていただきました。これより私達シャドウドラゴン一族は魔族を抜けさせていただきます。」
深々とお辞儀をするその姿はとても気品があり、眼鏡も相まって秘書のような印象を受けた。
「...やはり貴方に王の素質はなさそうですね?」
「くくく、ディレヴォイズよ。してやられたなぁ?」
ニカと鹿の姿から人間の姿へと戻ったオウカがにやりと笑う。
「戦闘能力を持たぬシャドウドラゴン風情がいなくなったところで痛くもない。...それより我に対しそのようなことを抜かすとは、貴様ら一族は命がいらぬようだな?」
「お言葉ですがディレヴォイズ様、戦闘能力は持ち合わせておりませんが、逃げる、隠れるという点で私達一族に敵う者はいません。それがたとえ貴方でも。」
「ほざけ!!!!!メテオ・ランス!!」
ディレヴォイズが上空より燃え盛る隕石の槍を放つ。
「ッッ!!結界を...!」「アルカナ!!」「わかったです!!」
「ルクニカさん、トルペタさん、アルカナさん、私達に任せてください。」
「「「「「「シャドウ・ゲート」」」」」」
ディレヴォイズの攻撃を3人が防ごうとした時、ヴァイシェがそれを止めた。
と、同時に複数人の声がどこからか聞こえ、私達の頭上に無数の黒い空間が現れた。
その空間に空より降り注ぐ隕石の槍が接触すると、そのまま隕石の槍は吸い込まれるようにして消えて行った。
「ディレヴォイズ様、もう一度お伝えいたします。これより私達シャドウ・ドラゴン一族は人間の味方を致します。」
「「「「「シャドウ・コネクト」」」」」
ディレヴォイズの頭上に大きな黒い空間が移動し、そこから無数の隕石の槍が降り注ぐ。
「お覚悟を。」