「153話 モフモフ聖獣 」
「きゃ!」「痛っ!」「にゃ!」
オセロの開いたゲートに入った瞬間、目の前が暗転して次の瞬間には体に衝撃が走った。
したには硬い地面、上にはモフモフした何か。
「ミウちゃん、大丈夫ですか?」
硬い地面が言葉を発する。
「何とか成功したにゃ~。」
モフモフも言葉を発する。
...どうやらニカとオセロに挟まれる状態で地面に落ちたようだ。
「ニカごめん、すぐどくね!」
「いえ、私は全然平気ですよ。....それにしても...懐かしい場所ですね...。」
オセロを持ち上げてニカの上からどいて辺りを見回す。
周りに広がるのは無数の木々、そしてどこか神聖な雰囲気をここ一帯から感じる。
「ふーむ、ここはマナが濃いにゃあ。あと何かに覆われてる気がするにゃ。」
地面に降ろされたオセロは手で顔をくしくしと掻きながら周囲を見回した。
「これは多分...過去の私のものでしょう。この森に侵入したものを感知する結界です。」
空間のマナを注視してみると、森の上部に薄い膜のようなマナが見えた。
あれを常時、しかも森全体に展開しているとなると、おっそろしい量のマナが必要になると思うけど...。
ディレヴォイズの力が元はニカのものだとすればこれくらいは妥当なのかな。
「!?」
この森を覆うマナを見ていると、突然すぐ近くで莫大なマナが集まったのを感じる。
しかしそれはすぐに消えた。
「ッ、過去のディレヴォイズが過去の私に接触したのでしょう!急ぎましょう!」
そういってニカがある方向へと走り出した。
「わかった!」「にゃ!」
私とオセロもおとなしくニカの後を追う。
ニカは走り出してからすぐに足を止め、茂みに隠れた。
私達もその茂みまで足を延ばすと、茂みの向こうにはポツンと開けた場所が広がっていた。
そこには人ひとり分程度の岩があり、岩の上にはちょうどトルペタ君くらいの大きな可愛い白い兎が座っている。
そしてその目の前には2m程度の赤黒いドラゴンが頭を下げている。
「あれは...。」
「しっ、私の合図があるまで黙っていてください。」
私が口を開くとすぐにニカが手で止めた。
ってことはあれがニカの前世の姿と....ディレヴォイズ!?
「...私は竜族の長、ディレヴォイズと言います。あなたの力を貸して欲しい。...私の一族の住む島は魔物達の楽園です。しかし愚かにも人間達が我らの大陸を奪おうと攻めてきました。...しかしその数は我らをはるかに凌ぐのです....。なのでぜひとも!全ての魔物の中で最強と謳われるあなたの力を借りたいのです!」
今の偉そうなディレヴォイズからは想像がつかないような敬語で、白いウサギ...ピョンに自分の考えを演説し始める。
拳を振り上げて演説するその姿はどこかうさん臭く、大げさなものだった。
「ミウちゃん、私が合図をしたらマナは使わずディレヴォイズの攻撃を止めてください。」
「....わかった。」
多分、その時は近いんだろう。
私は二振りの短刀を両手で握り、すぐに駆けだせるように準備した。
ピョンはディレヴォイズの言葉を聞いてハァ、とため息をつく。
そして目を瞑り、無防備な状態で話始めた。
「私は人間達を愛しています。....いかなる理由があろうとも人間と敵対することは...「今です!!!!!」」
ニカが合図をすると、ピョンもディレヴォイズも一瞬動きが止まる。
私は合図と同時に茂みから飛び出し、ピョンに攻撃しようとしているディレヴォイズの腕に切りかかった。
「ぐぁっ!!!」
振り下ろした短刀は、さほど抵抗が無くディレヴォイズの腕を切り落とした。
ディレヴォイズの予想以上の弱さに違和感を感じながら、ピョンを背にするようにしてディレヴォイズへとむきなおる。
「!?下がりなさい!!」
後からピョンの声がしたと思った瞬間、唐突に地面へと押しつぶされた。
見えない何かで押さえつけられているような感覚。
これはピョンの結界?
「くそ!くそくそくそ!!!誰だお前は!!!何でクソ人間がここにいやがるんだ!!!クソ...いてぇ....。」
「...その神力...貴女が何者かは解りませんが、今は優先すべきことが有ります。少しおとなしくしていてください。」
ピョンは私にかけている圧力を弱め、体に負荷がかからない程度の拘束へと変える。
助けられたことを理解して少しは信用してくれたみたいだ。
「ディレヴォイズ....と言いましたね。貴方は今、私に攻撃を仕掛けました。どうやら目的は私の力の用ですね。」
「クソが!!!お前が俺の誘いを断りやがったからだろうが!!!!があああああ!!!コレを解きやがれ!!!」
ディレヴォイズが藻掻くたびに、私が切り落とした腕からブシュッと血が噴き出る。
ピョンがもう拘束を解くことはないだろう、何せ自分を殺そうとしたんだから。
「貴方の誘いはお断りします。先ほども言いましたが、私は人間達を愛しています。その人間に害を成すというのであれば....。」
「アッ....ガガガガ.....や、やめ....」
ぐちゃり。
上からの圧力を強くかけられたディレヴォイズはそのまま結界に押しつぶされ、絶命した。
「さて、私のことを助けてくださったのに拘束したままですみません。今結界を解きますね。」
フッと私を拘束する結界が消え、体の自由を取り戻した。
「いきなり信用なんてできないだろうし、平気だよ。」
私は体を起こしてピョンへと向かい合った。
ピョンは外見だけでは全く強そうに見えなかった。
だって、可愛すぎる。
白くてふわっふわな体毛、ぴょん!と上へ延びるうさ耳。
真っ赤でキラキラしたお目目。
今すぐ抱き着いてモフモフしたい!!
じーっとピョンのことを見つめていると、ピョンも驚いたように少し口を開けて私のことを凝視していた。
「あ、貴女は...どうしましょう、貴女を見ているとなんだか胸が苦しいです...。」
モジモジと体を動かす大きな白兎。
やっぱり中身はニカなんだなぁと改めて実感した。
「初めまして、私はバーニア族のミウシア。....えっとね。少し込み入った事情があるんだけど...仲間も一緒だからよんでいいかな?」
「え、ええ。あちらの茂みにいる方たちですよね?私も何故私に気付かれずこの森に来たのか気になります。」
ピョンの承諾を得て、ニカ達に向けて手招きをする。
「....!?この魂は...。」
茂みから出てきた二人を見て驚愕するピョン。
正確にはルクニカを見て驚愕している。
そういえばディレヴォイズも魂がどうとか言ってたけど、神獣になるとそういう魂が見えてくるのかな。
「オセロにゃ。」
「初めまして、というのは変な感じもしますね。私はルクニカ....と言っても貴女ならば私が誰だかわかるんじゃないでしょうか。」
ニカがそういうとピョンは軽く頷く。
「....成程。私は本来であれば先ほど死んでいた、ということですか。」
「理解早っ!!」「よくわかったにゃ!?」
一瞬で全てを察するピョン。
流石は神獣、頭がいい。
「その通りです。一応説明すると、私はあなたの生まれ変わり。私達は貴女が殺された未来から来ました。」
「やはり貴女は私なのですね。まずは助けていただきありがとうございました。...では貴女とは違う未来を私は歩むことになるのですね。...それで、貴女方は何のために私を助けたのでしょうか。」
話がすいすい進む。
これが私だったら理解するのに相当時間がかかりそうだな。
ニカがちらっと私を見る、私から説明をしてほしいみたいだ。
「えっと、今ピョンを襲ったディレヴォイズ...この世界ではあっけなく倒されたけど、私の世界ではピョンの力を吸収して力を付けて、人間と対立するんだよ。...それで私達はさっきまでディレヴォイズと戦ってて....。」
私がしどろもどろ説明をしているとピョンはその先を理解し、ゆっくりと頷いた。
「なるほど。私の力に対抗するには私の力が必要、ということですね....。私を殺して力を奪うのでしょうか。」
物騒な発言とは裏腹に、頭をくいっと傾げるその仕草にキュンときてしまう。
「ううん、力を少し分けてもらえればそれでいいんだ。大切なニカの前世....ピョンに危害を加えるなんてありえないよ。」
「大切...ちょっと私、こっちに来てください。」
「?なんでしょう。」
ピョンが前足でちょいちょいとニカを手招きする。
ニカはピョンに近付き、2人は私には聞こえない小声で話し始めた。
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「貴女、彼女とはどういった関係なのですか?それより彼女は一体何者なんですか?あの神力もそうですが、貴女ならわかるでしょう?私の彼女に対するこの気持ち。」
「ええ、わかりますよ。しかしミウちゃんの正体までははっきりと解りませんが...彼女は間違いなく神の遣いかそれ以上の存在だと思います。...あと私の大切な恋人ですね。」
「こ、恋人....!森で長年隠居生活をしてきた私に番が...!?私はどのようにしたらこの世界の彼女に会えるのでしょうか!?場所は!?時間は!?」
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はたから見るとおっきい兎にじゃれつかれてるだけに見えるけど、何を話してるんだろう。
「お待たせしました。では改めて...ミウシアさん、こちらに来ていただけますか?」
「わかった。」
ピョンの目の前までくると、ふわふわもこもこの手を私に差し出してくる。
手を握ればいいのかな....うわ、気持ちいい。
森で暮らしているのなら柔らかそうに見えて案外ゴワゴワだったりするのかと思ってたけど、ビックリするほどふわふわで清潔感があった。
魔法か何かで清潔に保っているのかもしれない。
「えっと、ミウシアさん私を抱き上げてもらってもいいですか?」
「えっ!!いいの!?」
願ったり叶ったりなんですけど!!!
私は迷うこと無くピョンの体に手をまわし、抱き上げる。
ドワーフ族くらいの大きさのため、思ったよりも重かったけど私の筋力はマナで強化されてるのもあって、容易に持ち上げることができた。
ふわっふわな手触りのピョンを抱き上げてつい顔をうずめてしまう。
あぁ、最高...ずっとこうしていたい。
「じゃ、じゃあマナを送ります。...相手を殺すことで吸収する方法と違いマナの吸収率がとても衰えると思いますが、それでも十分に分け与えることができると思います。」
そういうとピョンは自分の中にある無尽蔵のマナを私に供給し始める。
....しかしピョンの身体からマナが流れてくる感覚が無い。
「....だめですね、ミウシアさんを覆う神力が邪魔してうまくマナを分け与えられなさそうです...。」
「えっ、神力ってマナの邪魔をしちゃうの?よくカナちゃんとかにマナを分け与えたりしてたから平気だと思った...。」
今まで全く意識をしていなかった神力がここで邪魔になるなんて...。
「おそらく減った分のマナを分け与える程度なら問題にはなりませんが、限界を超えてマナを与えるのが無理なのでしょう....。」
「じゃあニカならどうかな?自分自身のマナみたいなものだし、相性がいいんじゃないの?」
ピョンは私の腕に抱かれながら首をゆっくり振った。
「いいえ、なぜかは解りませんが、私...ルクニカにも神力を感じます。同じ結果になるでしょう。」
「こ、心当たりはなくはないですね...。」
何故か恥ずかしそうに頬を手で押さえる。
心当たり...?
何にせよ、私にもニカにも力を分け与えられないとなると残すは....。
私、ニカ、ピョンの目線が残ったオセロへ向かう。
今まで他人事のように聞いていたオセロがきょとん、とした目でこちらを見返す。
「....にゃ!?むりむりむり!!オセロは無理にゃ!!戦いとか絶対無理にゃ!!!」
「でももうオセロしかいないよ....?」
「オセロさん、お願いします。ディレヴォイズを倒すにはこれしかないんです。」
「貴方ならば問題ないと思います....。」
ジリジリとニカと私でオセロに詰め寄る。
私に抱かれたピョンもオセロを凝視する。
「ちょ、ちょっと待つにゃ!!オセロのとっておきのアイテムの中に何か使えるものがあるかもしれにゃいにゃ!!」
追い詰められたオセロはアイテムボックスを目の前に展開し、そこに手を突っ込む。
「適当に出していくからこの中から使えるものを探すにゃ!」
ぽいぽいぽいぽいとアイテムボックスから次々に出てくるアイテム。
私はピョンを地面におろし、アイテムをひとつづつ見ていく。
よくわかんない形の眼鏡や薄汚い布といったガラクタ感溢れるアイテムから、綺麗な腕輪や美しい装飾のされた剣まで色々なものがあった。
中には明らかにこの星のものではないSFに出てくる様な機械まで。
....あ、ポテチもある。
オセロってほかの星とかにもいけるの....?
「どうやってこんなに色々なものを集めたのですか...。」
事情の知らないピョンは困惑しながらもアイテムを確認していく。
「えっ!?」
そんな時、ニカが驚いた声を上げる。
私とピョンは顔を見合わせてニカの元へと向かった。
ニカの手には、手のひらに収まるほど小さいごつごつとした小さな石があった。
「?なにこれ。」
私にはただの石に見える。
「あ~。たしかそれは前に行った時間で見つけたものにゃ。そこは自然も生き物も何も無くてただの荒野が続いてたのにゃ。そんな場所で見つけた持つと元気が無くなる石にゃ。それがどうかしたのかにゃ?」
ニカとピョンが一斉にオセロを睨む。
「どうかしたのかって!これがあれば私の力を大半を吸収できます!!」
「こんなものを持ってるなら初めから言ってください!!」
2人はよくわかっていないオセロを怒鳴りつけた。
この石でディレヴォイズを弱体化させられるってこと?
「ちょ、ちょっと待って二人とも。その石があればディレヴォイズを弱らせられるってことなの?」
「はい。...これは『ヴォイドストーン』...周囲のマナを吸収しつくすというその特性から、遥か昔に忌み嫌われ全て破壊されたものです。」
「これをディレヴォイズの体内に入れることができれば、ディレヴォイズはろくにマナを制御することができず、体を覆う保護膜は一気に薄くなるでしょう。私達の攻撃が通るほどに。」
「この石にそんな効果があったとはにゃ~。」
にゃ~じゃないよアホ猫!!
過去に来るだけ無駄だったじゃんか!!
...いや、ピョンを救えたから無駄ではないけど。
「とにかく、ヴォイドストーンがあれば私の出番はなさそうですね。..最悪この身を捧げる必要があると思ったのですが。」
「いやいやいや!仮に方法が無くてもそんなこと絶対にしないよ!!」
物騒なことを言うピョンを抱き上げて撫でまくる。
助けた相手を殺すなんて、ましてやニカの前世を殺すなんてできるわけないのに。
「あ、ありがとうございますミウシアさん。」
「私自身とはいえ羨ましい....!ふぁっ!」
ニカがうらやましそうにしてたのでニカの頭も撫でてあげた。
撫でられて幸せそうな表情になるニカを見てこっちまで幸せな気分になる。
「あ、あ~。目的が済んだのにゃら元の時間に戻らにゃいのかにゃ?」
幸せな空気に水を差したオセロのことを一瞬睨むも、本来の目的を果たした以上ここにいる必要もないことを思い出す。
「そのことですが、皆さんは時間を超えてやってきたのですよね?それならこの時代に来た時に戻ればいくらこの時代にいても問題無いのではないでしょうか。」
「確かにそうですね。折角ですし体力が回復するまで休んでいきませんか?」
ピョンの提案にニカがうなずく。
確かに、今私とニカは体力を消耗してる。
なら少しでも回復してから戻った方がいいだろう。
「....というかこの時代で強くなるまで修行してから戻ればいいんじゃないの?」
「流石にそれは無理にゃ。」
私の提案をオセロが否定する。
「この力は主時間軸から過去に旅する力、他の時間に長く居過ぎるとその時間に定着して力が使えなくなるのにゃ。長くて3日間。それが限界にゃ。....多分。」
原理はよくわかんないけど、私達が生きてる時間が主時間軸ってことかな。
「成程、興味深いですね。でもその制限はどうやって気が付いたのですか?」
ピョンが不思議そうにオセロに質問する。
森の賢人だけあって知識には貪欲なのかな。
二カももともとこういう性格だったのかも。
「普段は商売をしたらすぐに戻るのにゃ。でも一回だけ違う時間で4日過ごしたことがあるのにゃ。その時は元の時間に一気に戻れなくにゃって、何千回もかけて少しずつ元の時間軸に元ったのにゃ....。あの時は焦ったにゃあ....。」
長い時間居続けると飛べる時間が短くなるのか。
ふと普段はすぐ帰るはずのオセロがなんでその時だけ長く滞在していたのか少し気になった。
「ちなみになんで4日も滞在しちゃったの?」
私が好奇心からオセロに質問すると、なぜか言いずらそうにモジモジしだす。
「え~っと...実はまだ文明があまり発達していない時代に行ったら....。」
「行ったら?」
「マタタビ畑に丁度出ちゃって4日間頭おかしくなっちゃったのにゃ...。」
「あぁ.....。」
「マタタビにそのような効果が...。」
「猫の魔物やケットシーにはお酒を飲んだ時のような効果があるらしいですよ。」
森から出たことのないピョンに補足説明をするニカ。
4日間も頭おかしくなっちゃってたのか...。
逆によく4日で立ち直ったなぁオセロ....。