「146話 トルペタの戦い 後編」
ズキンズキンと激しい痛みが心臓の動きに連動して太ももに走る。
出血も...多すぎる。
傷口を見ると、思ったよりも広範囲ではなかった。
でもこのまままともに戦えるかと言ったら、たぶん無理だ。
応急処置として、足の付け根を予備の弦として持っていた金属製のワイヤーできつく縛る。
「おいおいおいおい!!人間ってのは脆いなぁ!」
ばっさばっさと頭上で飛んでいるピュクドリアが俺を煽ってきた。
先ほどまでは体にまとわりつく矢のせいで飛びにくそうにしていたのに、その原因たる矢がどこにも見当たらない。
「クッ...油断させるためにわざと落ちてきたのか....!」
「はぁ?ただ忘れ...いや、温存してただけだっつーの!テメェの攻撃なんざはなっから効いてねーんだよ!」
知能が低くても実力は確かってことか....さっきの攻撃だって全く目で追えなかったし実力はとんでもないみたいだ。
そんな相手とどう戦えばいいんだ、こっちは負傷してるって言うのに。
「にしても...ってーなぁ。最強最速なオレ矢を当てやがって....。」
ピュクドリアは上空を飛びながら丁寧に体に刺さった矢を抜いていく。
カランカランと地面に矢が落ちているのを見て気が付いた。
あの矢は攻撃力を重視していないはずなのに、ピュクドリアの体に刺さった。
つまり防御力...マナで体を守らずに攻撃に全て回している、それも常に(・・)。
それなら当てさえすればまだ勝てる可能性はある。
威力を抑えて、早さと手数に重視すれば。
ピュクドリアを油断させるため足を抑えて大げさに痛がりつつ、オクトエレメントボウに光属性のマナを流し込む。
上空からは見えないマナの塊を光の速さで射出するこの形状なら、足の傷に影響なく攻撃ができる。
ミウシアさんはこれを「マナを撃つ銃...魔銃と名付けよう!」とか言っていたけど、ミウシアさんの故郷にはこれに似た武器があるんだろうか、今度皆で旅するのもいいかもなぁ。
....血が減って意識がもうろうとしてきたせいで、戦闘に関係のないことを考えてしまった。
ピュクドリアの動きに集中すると、ひゅんひゅんと空気を切り裂く音が聞こえる。
姿は見えないけどそれだけでおおよその場所は解った。
それにしてもなんて速さなんだろう、ミウシアさんがホーリー・スピリットで強化した時と同じくらい早い。
ピュクドリアに仕掛けておいたマーキングも外れている今、動きを予測して攻撃するしかない。
魔銃を構えて空を見上げる。
相変わらず風切り音しかせず、姿は見えない。
でもどこからきてどこに飛んでいっているかは分かった。
徐々に俺に向かって高度下げてきている。
右から左...降下しながら後ろに回って....ここだ!
振り向いて予測した射線に向けて小さく凝縮された光属性のマナを発射する。
「ッ!!」
銃口キラリと光るとともに目には見えない速度で射出された光属性の弾は、僅かにピュクドリアに被弾したようだ。
ポタタッと地面に落ちたわずかな血と小さなうめき声で致命傷が与えられていないことを察した。。
「舐めてんじゃねーぞ!今のは少し油断しただけだからな!!」
高速で飛翔しているピュクドリアの声は、上空から聞こえてくる。
俺の攻撃が命中したのは煽るように俺の周囲を飛んでいたことで、ほぼ向かい合わせの状態で撃つことができたからだ。
つまり今の一撃で致命傷を与えられなかったのは大きい。
「オラオラオラ!本気を出した俺様のスピードについてこれんのかぁ!?」
更にスピードを上げたであろうピュクドリアは、もはや場所の予測すらつかない。
後ろから声がすると思ったら次は横から、前からと思ったら上から。
「いっ....。」
先ほどのように太ももをえぐるような攻撃はせず、耳を数ミリ切ってきたり、服に切れ込みを入れ足りと明らかに遊んでいるような攻撃を仕掛けて来る。
攻撃の精度はずば抜けて高いらしい。
「俺様の子分になるなら殺さないでやってもいいぜェ?」
攻撃は的確、速さはミウシアさんを超えている、喋っている時は攻撃しない。
絶望的だ。
だから俺は....。
「なんで自分より頭が悪い奴の子分にならなきゃいけないんだよ、クソアホ鳥。」
あえて煽った(・・・・・・)
「クソアホだと!?俺様が!!?!?」
罵倒はあんまり慣れてないけどうまくいったようだ。
俺は間髪入れず、バッグから流魔鋼の矢を取り出し、地面に突き立てた。
「....後悔しろ、脳天から貫いてやるよォ!!!」
「<時間加速>ヘイスト!」
ピュクドリアが話し終えたと同時に、ミウシアさんに教えてもらった加速魔法を唱える。
すると途端に空気が重くなる。
空を見上げるとピュクドリアらしき影がどんどん高度を上げてはるか上空で止まった。
はるか上空の豆粒のような影はものすごい勢いで大きくなり、そしてピュクドリアであることを視認できる程にまで近づいてくる。
。
......今!
「<錬金>アルケミー!」
始動キーを叫びながら全筋肉を無理やり動かしてバックステップをする。
ヒュッと音がした次の瞬間、高速で落ちてきたピュクドリアはそのまま地面へと吸い込まれていった。
「<再錬金>リ・アルケミー!!!」
俺が唱えたのは<解除>リリースではなく<再錬金>リ・アルケミー。
その名の通り、再度対象の材質を変化させる始動キーだ。
そして変化後の材質は氷銀鋼。
その名の通り、氷のように冷たい強い水属性のマナを含んだ鉱石だ。
いくら強くても全身を冷却されたら体を動かせないだろう。
仮に体が動かせても鉱石の塊と一体化しているため脱出することは不可能だ。
「な、何とか勝てたけど....もう一歩も動けない....マナも体力も血も足りない....。ヘイストの反動も...うぅ...。」
どさっと地面に倒れこんで全身の痛みに耐えるも、マナ欠乏と出血で意識は遠のいていく。
「皆、頑張ってください....アルカナ....ごめん....。」
そして俺は意識を手放した。
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SIDE:デストラ
「ピョダォギュルィ!ピョダォギュルィ!」
「どうかしら、これは地球の生き物だと思う?」
「....ミウシアが知らねぇだけで地球に住んでるとかじゃねぇか?」
ウォルフとジアと共に『星間転移装置:試作102型』の蓋を開けてその謎の生き物を見つめる。
私にもミウシア教官の記憶にある程度しか地球のことは知らないが、それでもわかる。
「ち、違うと思うぞ....。」
緑色のぶよぶよした丸い体、真っ赤な目が体のあちこちに散らばっていて、体の頂点から生える紫色の嘴からはなんとも気味の悪い鳴き声を放っている。
これは我が眷属である魔物達が見てもドン引きするだろう。
「ウォルフ、ジア、デストラ。457回目の実験はどうだ?」
ヒュムが進捗を確認するために部屋へとやってくる。
しかし部屋の真ん中に『星間転移装置:試作102型』を置いてあるせいで、その生き物と目があってしまった。
「....ッッッ!な、なんだその生き物は!気味の悪い!!!さっさと元居た場所に返せ!!!」
「ガッハハハ!何だよその反応!」
「馬鹿ジアうっさい!..なんでよ、地球の生き物かもしれないじゃない。」
ざざざっと後ずさりをするヒュムをみて爆笑するジア。
ウォルフがさほどこの奇妙な生き物に否定的ではないことから、ウォルフの前世にはこのような生き物がいたのかもしれないな。
....この生き物が住んでいる世界には住みたくはないな。
「はぁ....ジア。スイッチ押しといて。」
「おう!....にしてもまた失敗か、何がだめだったんだ?」
ジアが星間転移装置の扉をバタンと閉めてすぐ横のスイッチを押すと、ギュイイイイインという音と共に星間転移装置が光り輝き、数秒の後収まった。
私は椅子に座り足を組みながら考える。
ここまで失敗するのはたとえある程度の座標がわかったとしても、宇宙の規模が計り知れないからなのだろうか。
というか何を以って地球の座標にアタリを付けているのだ?
「...そういえば地球の座標を探り当てる方法と言うのはどのようなものなのだ?」
「ミウシアが宇宙神様によって人間の体から作り替えられた時に授かった神力をたどっているが。それがどうかしたか?」
ミウシア教官が元は人間で宇宙神様によって神へと昇華したのは知っている。
しかしそれが地球で行われたのか、それは定かではない。
もし地球でなかった場合、この実験はどこを目標に向かっているのか。
「その神力の元というのが地球である確証はあるのか?」
私がそういうとヒュムは顎に手を当て考え出す。
しばらく考えたのち、難しい顔をして喋り出した。
「た、確かに。地球に住んでいたミウシアがどのようにして神になり、どのようにして我らを作ったのかの記憶は鮮明では無かった。私の固定観念で勝手に『神としての肉体を持ってなければ宇宙神様の元へはたどりつけない』と判断していたな....。」
「じゃあなんだ、さっき生き物は地球とは無縁の可能性が高いってことかぁ?」
ジアが不満そうに頭を掻く。
あの生き物が地球にいて欲しかったのか?いや、違うな。
ジアの事だからもう実験が面倒くさくなってきているのだろう。
....やっぱり、寝っ転がっていると思ったらいびきをかいて寝始めてしまった。
「あんたねー。『座標については私に任せろ』とか自信満々に言うから任せたんじゃないの。まったく....元軍師なら柔軟な発想が必要なんじゃないの?」
「ぐっ...少しまて!!!もう一度計算しなおしてくる!!」
ウォルフに煽られたヒュムが悔しそうに部屋を荒々しく出ていく。
同じく人の上に立つ立場だった元軍の司令官の私ならヒュムの気持ちがわかる。
人は上に立つことに慣れてくると、定型化した考えを重視し、柔軟な考えを取り入れない。
私もかつては部下からの提案を試そうともせず却下していたな。
ふむ、この神の眷属としての肉体を授かってから数千...数万...永い時を過ごしてきたが、前世の記憶というのは薄れぬものだな。
それともこの肉体に記憶量の限界は存在しないのか?
「トラちゃ~ん、地球あった~?」
そんなことを考えていると、座っている私の肩に何者かの手が忍び寄ってくる。
そしてふわりといい匂いと、後頭部に柔らかい感触....。
今自分に起きてる状況を瞬時に把握し鼻を抑えながら椅子から飛びのくように立ち上がった。
「シ、シーアか!?いきなり密着するのは止めろと言っているであろう!!!」
流石に永い時を共にしていくうちに女性に慣れはしたが、不意打ちや密着はいまだに慣れない。
鼻から血が出そうになるのを必死に抑えながらシーアを叱りつけた。
....が、意味はないな。
「あはははは!トラちゃん顔あか~い!!」
けたけたと笑うシーアを見て深いため息をついた。
「シーア。バカトラで遊ぶのも程々にしないと、そのうち慣れて反応がつまらなくなるわよ。」
「うーん、トラちゃんはこれ以上慣れないと思うけどなぁ....。ウォルちゃんが持ってる乗ってなに?ゲーム?」
「これ?座標入力用のリモコンよ。...神界の時の流れはまだまだ戻せそうにないわねー。」
神界では、時の流れを自由に変えられる。
こちらでいくら過ごそうとも下界では1秒もたっていないといった制御を行えるのだ。
それを使ってミウシア教官が下界での命を終えるまでに間に合わせようとしているのだが、一向に星間転移装置の進捗はない。
「ふーん、シーアにもやらせて~!」
「いいわよ。どうせヒュムは当てにならなかったしね。」
ウォルフの呆れたような態度に、ヒュムがいたたまれなくなってフォローを入れる。
「本人なりに考えがあったのだからしょうがないであろう。他の考えに至らなかったのは全て任せていた我々の責任でもある。」
「...まぁね。あ~あ、これでシーアがいじって偶然地球に繋がればいいのに。」
話ながらシーアにリモコンを渡し、ぐぐぐっと背伸びをしてそんな安易な希望を口にした。
「はは....。流石に無理だろう。」
「えーっと。js5461sa879,13465dfh517js7788だったかな。846wr791gg1s3a3144,えと、34448cab976aa5g461dsg69h99!ぽちっと!」
シーアが何か思い出すようにリモコンに座標を入れていく。
まるで答えを見たかのように。
「....シーア、あんた今適当に座標を入れた?」
「んーん、さっきお昼寝してるときに夢で綺麗な男の子が教えてくれたの。その時はわかんなかったんだけどー、ウォルちゃんがリモコンで操作してる座標とにてるにゃぁ~って思って。...ぽちっと。」
「「夢で....?」」
私達は睡眠をとると普通に夢も見る。しかし仮にも神、普通の夢もあれば予知夢や地上の生物の夢に介入することも稀にある。一方的にではあるが。
シーアが偶然それっぽい数字の羅列を少年に渡された夢を見た可能性もあるが、それにしてはタイミングが良すぎる。
私と同じようにウォルフも何か思うところがあるようで、頭を捻らせて考えていた。
「ねー!二人とも!みて!!!」
シーアの声ではっとする。
そういえば先ほどシーアは星間転移装置を起動させていた。
もしシーアの見た夢に意味があるとするのなら、この実験は間違いなく成功するだろう。
ウォルフと私は星間転移装置へと急いで駆け出した。
「これって日本語だよね!」
シーアが星間転移装置から何かを取り出し、私達に見せてくる。
これは...本?
表紙にはごちゃごちゃといろんな人物の絵が描かれている。
日本語はミウシア教官の記憶から学んでいるため、私達は何とか読むことができた。
表紙には....週刊少年ステップと書いてあるな。
「ちょっと貸して。....確かに、日本語ね。」
シーアから本を受け取ってパラパラと中を確認するウォルフ。
「うーむ、たまたま言語が同じほかの星ということもあるのではないか?」
「それは考えにくいわね。全く同じ歴史を歩まないと言語が同一であることはないわ。」
ということはこれはミウシア教官の育った地球のもので間違いないのか?
「あ!ミウちゃんの記憶で見た事あると思ったら、ミウちゃんがいつもコンビニで読んでた本だよ!!ステップ!」
シーアは手をポンと叩きながら興奮気味に言い放つ。
「....てことは地球で間違いないってこと???」
「そうなるな。」
私達は顔を見合わせてふーーーーーーーーーーと深いため息をつきながら地面に座り込んだ。
「やっと、やっとよ。長過ぎよ....。」
「何とかなったな....。」
「えへ、これで準備できたね!それで、いつミウちゃん迎えに行く???」
とてつもなく気が早いことを言うシーアに対してウォルフがスッと立ち上がった。
「むしろ始まったばかりよ!ここから私達がこの星間転移装置の性能と容量を上げて、この神界に戻ってくるための星間転移装置も作らないといけないんだから!シーア!皆呼んできて!」
「はぁ~い!」
とたとたと尻尾を振りながら部屋を出ていくシーア。
ウォルフは早くも改良を加えるために設計図を一から作り直す作業へと移った。
リモコンにまだ表示されている地球の座標をメモしながら、ふと考えた。
一体シーアが夢で出会った存在とは何だったのだろうか。
地上のものがそのようなことを知っていることは有り得ない。
ならばより上位の存在?宇宙神様?
であれば何故私達を助けたのだろうか?きっと何か深い意味がおありなのだろう。
「....感謝致します。」
私は虚空へと感謝を述べた。
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「あ、宇宙神様。今何かしましたか~?神力が揺らぎましたよ~」
「...なんかミウシアの眷属達が面白いことやろうとしてたから、ちょっとね。」
「低級神への過度な干渉は規則違反ですよ~!」
「じゃあ仕事をさぼって地球の娯楽に夢中になってるティアは規則を守ってると。」
「...仕事はしてますよ?ほら、あの星もこの星もあれもこれもみーんな安定してるじゃないですか。」
「それって輪廻転生課からあふれた魂を転生させて管理してもらってるんでしょ?それも過度な干渉だよね?」
「.....。」
「で、ティアは今何かに気が付いたのかな?」
「...な~んも。」
「よろしい。」