「139話 山岳地帯 」
ドゥ兄弟と別れてから早数日、私達は湿地帯を歩いていた。
道中、寝込みを大量の小型の竜種に襲われたのは危なかった。
というか一騎打ちはどうしたの?あいつらは魔族じゃなくてただの魔物だったってことなのかなぁ。
カナちゃんが広域魔法で瞬殺してくれたからよかったけど。
.....にしても。
「はー、虫竜!魚竜!ワニ!サイクロプス!ミノタウロス!もう勘弁してほしいよ~。」
「常に水につかってるこの現状も勘弁してほしいです...。」
辺りはアマゾンのような地形で体力がゴリゴリと削られていく。
「レオさん!本当に魔法で汚れが落ちるんですか!?このままだと剣も盾も鎧も劣化してしまいます!」
「....あ?....うん...それは大丈夫...だからどんなに汚れても大丈夫...。」
体力のないレオは満身創痍になってる、これ大丈夫かな...。
「オラア!!まーたワニか....ったくよ~~、魔物がひっきりなしに襲ってくんじゃねぇか。いつ休憩できんだよ~~~~酒飲みてぇ~~。」
「最後に休憩できたのはいつでしたっけ...あの時くらい大きな木があればいいんですが....。」
湿地帯にたまに生えている大きな木、私達はそのうえで休憩をとって何とか湿地帯を進んでいた。
でももう丸1日は歩き続けてるよ...。
「もう足の間隔ないんだけど...。もうここら一体干上がらせてよ...。」
「我慢するです...今虫よけの結界を切ったら私達は蛭だらけ、虫刺されだらけになるですよ...。」
虫よけの結界で蛭や蚊、蜂のような小型の虫を寄せ付けなくしてるから、こうして湿地帯をガンガン進めるけど、もしカナちゃんのマナが切れたら私達はおしまいかもしれない...。
「人間代表、ディレヴォイズの元にたどりつけず湿地帯で死す....。」
「レオさん更に気分が滅入るようなこと言わないでください。...フレア、昔よく歌ってたあの歌聞かせてくださいよ。少しでも気を紛らわしたいです。ああ、ソーディ、シルディ、メイリー、すぐに綺麗にしてあげますからね....。」
「....それ装備のこと?」
装備に名前つけてたんだ...銘柄じゃなくて...。
このままだとニカの精神がやばい、普段温厚なのに声に怒気が混じってる。
「あー?ジャイアント行進曲のことかぁ?....んんっ、おほん!」
すっべてのてっきをーなっぎたおしー♪
「子供みたいな歌い方です。」
すっべてのさっけをーのっみほっすぞー♪
「なにこの歌詞...。」
おっそれるものなどなっにもないー♪
「ジャイアント族らしい歌詞ですね..。」
なんにもないっがーひっとつあるー♪
「...あるのかよ...。」
そっれはじっぶんのよっめさんだー♪
「ふふ、これフレアのお父さんが作った歌なんですよ。フレアが歌うと子供が歌ってるように聞こえて、なんだか癒されませんか?」
ぬーいだふーくをーちーらかーすなー♪
「フレアのお父さんはお母さんの尻に敷かれてたみたいだね~。」
ねーるまーえきっちんとはーをみーがけー♪.....「おい、なんか浅くなってきたぞ!もう少しで湿地帯がおわりなんじゃねーのか!?」
「え、ちょっとまってフレア!」
歌うのを中断して一気に走り出したフレア、離れ離れにならないように私達も追いかけた。
「ちょっ...ま...げほ....。」
体の小さいトルペタ君とカナちゃんは草木の隙間をすいすいと進み、あっという間にフレアに追い付いた。
3人は少し進んだところで足を止める。
「おい、何だよコレ....。」「~~ッ!!湿地帯とは大違いですね...!!」
「...なにが暗黒大陸ですか...絶景じゃないですか...!」
3人の反応が余計に私のわくわく感を駆り立てる。
先ほどよりも急ぎ足でフレアたちにすぐに追いつくと、目の前には絶景が広がっていた。
「うわぁ.....!」
私達の居る湿地帯との境目は10メートルほどの崖になっていて、丁度周囲を見渡せるようになっていた。
王都が丸々入りそうなほど大きな、美しいエメラルドグリーンの湖が最初に目に入る。
湖の周りには暗黒大陸に上陸した時と似たような南国感あふれる植物がぽつぽつと生えていて、地面に突き刺さるように存在感を放つ結晶状のクリスタルが地面から生えていた。
湖からは無数に細い川が流れてきていて
よく見ると湖の中にもキラキラしたものが見えるから、ここ一帯の特徴なのかも。
しかも湖からは無数に細い川が流れてきていて、どこでも拠点になりそうだった。
そしてこの美しい地形を囲うように、崖が形成されている。
...ん?よく見ると湖から流れてきている川がこの地形を囲う崖で止まってる。
もしかしたら崖の下に地下空洞みたいなものがあるのかも。
それを踏まえて改めて辺りを見回すと、やっぱりここは秘境中の秘境。
東の大陸のダンジョンも綺麗だったけど、規模が圧倒的に違う。
「ぜぇ...ぜぇ....。うぉぉ...ヤバぁ...。」
「クリスタルレイク....暗黒大陸にあったんですね....。」
「!ルクニカ、クリスタルレイクってあの『賢者の旅』のです!?古の賢者が訪れた幻の湖!!第3巻124ページ!!確かにそっくりですが、あれは作り話じゃないんですか!?」
『賢者の旅』?小説かな。
確かに、おとぎ話とか空想感あふれる光景だけど、私からしたらこの世界が空想上の世界だもんなー。
「ええ。私も子供の頃『賢者の旅』を読みましたが、あの本は実際に起きた出来事ですよ。」
「ということは、憎しみに支配された赤竜、慈悲の古鹿、虚ろ森の古樹兎は実在したのですね!!!」
「そ、そうですね。」
大興奮のカナちゃんの圧に少し引いたのか、ニカが苦笑いをした。
赤竜、古鹿ってこの腕輪の赤竜とオウカのことじゃない...?実在も何も一緒にお風呂入った仲ですなんて言えないや。
虚ろ森の古樹兎は聞いたことないけど、オウカは何か知ってるのかな。
「....あの、湖の向こう側が崖になっているんですけど、崖の上に建物と黒い小さなものが飛んでいるのが見えます。もしかしてあれは...。」
「それディレヴォイズの城なんじゃねぇか!?....なんも見えねぇ。」
「......。」
湖の向こう側に崖があるのはわかる、崖の中腹から滝が流れて湖に落ちて行ってるのも見える。でも崖の上は雲がかかってて全く何も見えないや。
「トルペタさんじゃないと見えなさそうですね、他には何か見えますか?」
「えっと...滝の噴き出ている所に洞窟のようなものがありそうです。そこから上がれるとは断言できませんが、ほかに崖の上に向かえるような道はないですね。...まぁその洞窟への上がり方もわかりませんが...。」
崖の上にディレヴォイズがいても、そこに行けるような足はない。
失敗したなぁ、トゥリプス達に聞いておけばよかった。
「なぁ、とりあえず降りて野営できそうな場所を探さねーか?夜になって、あたしらが明かりを灯してたら魔族の城から丸見えだろ?」
「でもどうやっておりましょうか?」
ニカの発言に、カナちゃんが無言で杖を構えた。
「私に考えがあるので、皆固まってもらっていいですか?」
「?わかった。レオ!レオ!こっち来て!....だめだこりゃ。フレア、お願い。」
「あいよー。」
「フレっち、ごめ....。」
倒れこんだままのレオをフレアが担いで連れてくる、でもカナちゃんはどうやって降りるんだろう。
「そのまま前を向いてるです。」
「了解~。」
なるべく密着したほうがいいのかなぁ、少し寄ろう。
私がピトっと近くにいるニカにくっつくと、ニカはちらりと私の方を見て少し顔を赤らめる。
その後私の手を握って....。
「えーーーーーい!!!」
「「「「「え?」」」」」
うしろからの衝撃と、突然の浮遊感。
え、うそ、落ちてる?
「なにやってんのなにやってんの!?!?」
「ひゃああああああ!!ミウちゃん私高い所だめなんですうううう!!」
ニカが私をぎゅううううっと強く抱きしめてくるの可愛いけど鎧が痛いいいいいいい!
「あっはっはっは!!!落ちてる落ちてる!あっはっはっは!!!」
「....。」
「アルカナあああああ!?どうすんのこれええええ!!!ぶつかるぶつかるぶつかる!!!」
直ぐ目前に地面がせまり、そして.....。
「<衝撃吸収液体>ウォーター・ゲル!!」
カナちゃんの声が聞こえたその時、地面に衝突したと思った私達の体はビターーーーーン!とゲル状の液体に包まれた。
体は全く痛くない、むしろひんやりしてて気持ちがいいくらい。
そのままゆっくりと液体は地面に染み込んでいき、やがて地面に体が触れた。
「ふぅ、皆大丈夫です?この魔法は単純に見えてマナの消費量が多いですから、なるべく地面近くで、かつ1回で済ませておきたかったんですよ。」
カナちゃんは立ち上がってふぅ、と汗を拭いながら私達を見下ろした。
「おー、面白かったぜ!レオが動いてねぇけど大丈夫か?」「..気絶してますね。アルカナ、先に説明しておいてくれよ。」
この状況を楽しんでるフレアがうらやましいよ...ニカなんて、私の腕を掴んだまま離さないからね...。
こういう怖がってるニカって割とレアな気がする。
と思ったらいきなり立ち上がってずずずいっとカナちゃんに詰め寄った。
「....アルカナさん!次からは一言お願いしていいですか!?いいですね!?」
「ご、ごめんです..。」
ニカは高所恐怖症...覚えておこ。
でも本当に綺麗な場所だなぁ、上から見た時も綺麗だったけど森って程植物が生えてるわけじゃなくて、場所によってはいい感じに見通しもいい。
クリスタルが日の光を反射させてキラキラと輝いてるのがいかにもファンタジー感あふれる光景だと思う。
「皆さん、あっちに城から影になってる岩場があります。近くに川も有りますし、そこで野営しませんか?」
「そうしましょう...レオさんが気絶している以上、汚れを落とす手段がありませんからね...。」
そういえば私も足袋がぐちゃぐちゃだし、袴も濡れて動きにくい。
この服は謎に高性能だから汚れが付着することはないけど、水分は吸収しちゃうんだよね。
それにちゃんとした休憩が取れないから即席お風呂も作れずに、髪の毛は汗でべたつく。
川で泳ぎたいなぁ。
歩くこと10分、トルペタ君が見つけた野営場所は壁と屋根の役割を果たすような形の岩と、空洞を塞ぐような形でクリスタルが生えた、雨風もしのげるまさに野営向きの場所だった。
「完璧じゃないですか!ミウ、さっそく野営セット出してくださいよ!」
「あいよ~。...でもほんと綺麗だね、岩がくぼんでて屋根代わりにもなるし、クリスタルが覆いかぶさるように生えてて閉鎖的だし。」
「これだけ条件が整ってると、虫も良そうなんですけど..いなさそうですね、このクリスタルが関係しているんでしょうか?」
アイテムボックスから寝袋を6個と椅子6個、木のテーブルを出して配置していくと、フレアがお姫様抱っこでレオを寝袋の上に寝かせた。
お姫様か!
「にしても、ミウシアのアイテムボックスってホント便利だよな~。これじゃあただのピクニックじゃねぇか。」
「ほんと、いつもありがとうございます、ミウちゃん。」
「役に立ててうれしいよ~。でもこれで満足しないでほしいなぁ....。いやだよねぇ、汗でべたついた髪の毛、汚れた水に長時間浸った足....。」
ふっふっふ、と不敵に笑いながらアイテムボックスを展開する。
「見よ!この水浴びセットを!!!」
出したのは人数分の体を洗う要のタオルと、シャンプー、トリートメント、ボディーソープに洗顔材、化粧水に保湿クリーム。
王都で買った数少ないお風呂用品、まとめ買いができなかったから数に限りがあって、ここぞというときに用意していたのだった。
今までは水で流すか、安い石鹸で髪から体まで全部あらってたけど、このセットがあれば間違いなくすっきりすると思う。
敵の本拠地前、出すなら今だよね。
「うああぁぁ~~!!ミウちゃあああああん!!早く!!早く川に行きましょう!!!」
「みっみみみみう~~!!何でもっと早く出さないですかぁああ~~!!」
「ミウシア!!よくやった!!!」
女性陣の反応はものすごかった、3人分の熱い抱擁を硬い防具越しに感じた。
「わぁ、それがあればすっきりしますね!」
男性陣の反応はそこまで大きくないのは普段のケアに気を使っていないからなのか。
と言ってもレオは気絶しているからトルペタ君だけだけど。
「トルペタ君、悪いんだけど私達先に川に行ってきてもいいかな?レオのことお願いしてもいい?」
「気を付けてくださいね!念のため武器は手の届くところに置いておいてください。何かあったらよんでください。」
3人はもう重い防具やローブを外して肌着になろうとしていた。
一応トルペタ君もいるんだから気にしてあげないと、あ、気が付いてレオの方に視線を外した。
「ミウちゃん、早くいきましょう!!」
「わわわ、わかったってば~!」
ニカに手を引かれて、よろけながらもクリスタルの横を抜けて外に出た。
そういえば服って全部脱いで水浴びするんだよね?
皆の前で裸になるの?恥ずかしすぎる!!
「石鹸じゃあ髪の毛がぎしぎししちまって気になってたんだよなぁ。」
そういいながら、周りを全く気にせず肌着を脱ぐフレア。
フレアとお風呂に入った事なんて一度もないから考えた事もなかったけど、マナで身体が強化されてるとはいえフレアレベルになると腹筋は割れてるんだなぁ。
ニカといい関係になってる手前、じっくりと観察するわけにはいかないけど....チラッ。
スラっと長い脚、引き締まった筋肉、少し日に焼けた肌。
そして胸当てで潰されていた大きな胸。
普段のオッサンっぽい言動のせいで忘れてたけど、フレアって海外モデルみたいな綺麗な体型だなぁ。
私の恋愛対象は女性。ドキドキしたってしょうがないじゃない。
「確かに、フレアは髪の毛の量が多いですしね~。...フレアってそんなに胸大きかったです...?」
カナちゃんは日本で言うところのJKくらいの年齢。
だから!流石に!見ては!いけないんだけど!女の子同士だから!しょうがない!!
カナちゃんはフレア、ニカ、私と比べると滅茶苦茶身長が低く見えるけど、多分150センチくらいはあると思う。
そんなカナちゃんの肌は、普段ローブに身を包んでいる分、日に焼けていない陶器のように真っ白だった。
胸は私と同じくらい...?え、身長差20センチくらいあるのに同じくらい?
成長したら抜かされるじゃん...。
「ミウちゃん?早く服脱いで川に入りましょうよぉ。ここの川、クリスタルの破片が沈んでいてとっても綺麗ですよ!」
「あ、すぐ行くから先行ってて~!」
平常心平常心。
私と同じバーニア族のニカ。
ニカも普段から鎧で全身を覆っているせいか、肌がとても白い。
顔も日焼けを抑える薬を塗っているようで、白く綺麗な肌をしている。
褐色な私と対象的だ。
二カもまた、フレア同様腹筋がうっすらと割れている。
スラっと綺麗な長い脚に長い腕。
あんなに細い腕で敵の攻撃を受けたり、重い武器を持っているなんて驚きだよ。
マナの身体強化が無かったらどれだけ筋肉質な肉体だったんだろう...。
3人のことを観察しながら服を脱ぎ、私も裸になる。
「うぅ...恥ずかしい...。」
皆は冒険者としてこういうことがよくあったのかもしれないけど、私は冒険者歴も浅いし、こんな開放的な環境で裸になった事なんてない。
普段野宿する時だってテントの中で一人で体を拭いたりしてたからなぁ。
3人は何も気にすることなく川に潜ったり、泳いだりしていた。
せめてもの抵抗でタオルで前を隠してお風呂に入るときのように皆の元へと向かう。
「お、お待たせ~...。」
できるだけ自然にぎこちなくならないようにタオルで前を隠しながら川に近付いたはずだった。
「ミウ.....。」
「ミウちゃん...。」
「ミウシア、なんか、逆にエロイぞ。」
「えぇっ?」
でも不自然に照れていたせいで、開放感のあるみんなと比べて逆に変な感じに見えてしまったらしい。
とても恥ずかしいので一気に川に飛び込んだ。
「あっ、ミウちゃん!この川...」
「~~~~~~~ッ!!!つめたああああ!!」
「冷たいですよぉ~...。」
「遅いです。」
「遅いな。」
結局最後の頼み綱のタオルも体を隠せず、郷に入っては郷に従うのであった....。