「132話 延長戦 」
「どう?降参する?」
私の全力のスピードを以って投擲された光炎の槍は、目に見えないほどの速度でゲオグリオスの腹部を貫いた。
そろそろ私のマナも半分以下になって、このまま光炎の槍を使い続けることは難しい。
だからこそ、精一杯の余裕を見せた。
しかしゲオグリオスは首元の毛皮に手をうずめて、丸く固めた薬のような物を取り出して口に入れた。
「これは自分のマナを変換して治癒能力を高める薬だ。使うつもりはなかったが、オレは全力でミウシアと戦いてぇ。」
ゲオグリオスの肩、腹部の傷付近の肉がメリメリっと盛り上がり、傷を塞いでいく。
折角優勢になったところで全回復か....。
いや、でも自分のマナを使うってことは生命力とかそういうのを使って回復したってことだから、まんま戦う前の状態って訳でもないはず、五分五分ってところかな。
「わかった、私も出し切るよ。ただし、私が勝ったらさっきの話の続き、聞かせてもらうよ!」
回復しきってしまったゲオグリオスに向けて至近距離から光炎の槍を腹部に向かって投げつける。
「勝てれば、な!」
比べ物にならないほど闇属性のマナを棍棒に纏わせて、腹部をガードした。
読まれてたっ!
すぐさま光炎の槍を手元に呼び戻したところで光炎の槍を維持するためのマナが切れ、纏っていた火と光のマナは霧散し、二本の短刀へと戻った。
「うぉらァ!!」
ゲオグリオスが棍棒でガードをした体制のままこちらに突進してくる。
僅か数メートルの距離とはいえ、私の足で避けきれると思って横に避けようとした途端、両手に強い抵抗力を感じる。
...どうやら棍棒に向かって短刀が引かれているみたいだ。
これがあの棍棒のオートガードの正体?
闇属性のマナを引力に似た力に変化させて、相手の武器を棍棒に引き寄せたり、棍棒を相手の武器に引き寄せたりする力。
このままだと自分からぶつかりに行くことになると予想した私は、短刀に光属性のマナを込めて手放した。
軽くなった体で突進してくるゲオグリオスの攻撃を避けた。
ギン!という金属通しのぶつかった音がする。
避けながら手と短刀に伸びる光属性のマナを手繰り寄せようとするも、不発に終わる。
棍棒に当たった短刀は、くるくると回転しながら砂浜へと突き刺さった。
短刀とのパスが切れたことにより、ダブル・ソウル・スピリットの効果も切れて、体から力が抜ける。
「闇竜の真核ってのぁな!この世で一番黒いらしいぜ!!光も吸収しちまう位になぁ!!!」
「ッ!」
このままだと攻撃が直撃するというのに、私はかすかに自分のマナを空中に感じていた。
もし短刀と私を結んでいたマナは棍棒に吸収されたわけじゃないとすると、パスを切られて空中に霧散しているはず。
だとしたら、マナの操作は自然のマナよりもすぐに干渉できる。
私はイチかバチか、空中に霧散している自分のマナを使ってゲオグリオスの足元と闇属性を持つ桜下兎走の地面に魔法陣を作ろうとする。
お願い....!できた!!!
「<岩作成>クリエイトストーン<岩作成>クリエイトストーン!」
「うぉっ」
突然砂の中から生えてきた石の柱に足を取られて体制を崩したゲオグリオスは頭から地面に倒れそうになる。
もう一方の石の柱は桜下兎走を地面から跳ね飛ばし、私の元へ飛んできた。
ゲオグリオスが地面に倒れこむよりも先に桜下兎走を掴んだ私は、すぐにマナを送って吸収する。
ダーク・スピリット状態になった私はそのまま自分の影に入り、そして影の中から地上に向けて桜下兎走を柄の部分から突き上げた。
そしてゲオグリオスの眉間に桜下兎走の柄がクリーンヒットする。
ゴン!!!という鈍い音の後、ゲオグリオスは勢いよく起き上がった。
「いっ...てーーーー!!」
私の方も腕だけでゲオグリオスの全体重を支えたため、骨にヒビが入ったんじゃないかと思うレベルの激痛が走っていた。
「っつぅ.....。げ、ゲオグリオス。わざと柄で攻撃したんだよ?これがどういうことかわかるよね?」
激痛に耐えながら影から姿を現した私は、眉間に大きなこぶを作ってしゃがみこむゲオグリオスに向けて告げた。
「~~~ッ!わかってるよ。俺の負けだ。...しかし、何で殺さねぇ?人間ってのは魔物を殺すもんじゃねぇのか?」
頭を撫でながら起き上がるゲオグリオスに、戦闘の意志は見えなかった。
「ん~、魔物とか関係なく、何かを追求しているゲオグリオスのことが好きになっちゃったからかな?それにまだ話の途中だったしね。」
知を探求して旅しているルクス、人間の文化や知識が好きなニムゲとトゥリプス、そしてどこまでも貪欲に強いものとの戦いを求めるゲオグリオスみたいな人間臭い魔物は大好きだ。
それに、地球に居た頃はゲオグリオスのようなライバル的キャラクターに、主人公よりも憧れてたしね。
「あー...。すまん、お前のことはメスとしてみれん。負けた手前、交尾くらいなら相手してやってもいいが...。」
「なんで私振られてるみたいになってるの!?そういう意味じゃないから!!てか交尾って!!」
馬鹿じゃないのこの熊!!魔物だからとはいえデリカシーが無さすぎる!!
そんでなんで何言ってんだコイツみたいな顔でこっち見てくんの!?腹立つ~~~~~!!
....あー、そうだ。ジアに似てるんだ。
眷属の皆にお互いのイメージについて聞いたとき、皆ジアのことデリカシーに欠ける能天気なオッサンとか戦いしか頭にない脳筋ジジイって言ってたのが印象に残ってるせいだ。
「はぁ、....そういえばさっきの話の続きなんだけど、ゲオグリオスは誰を崇拝してるの?」
のっしのっしと近付いてきて私のそばで座ると、ゲオグリオスは首を傾げて何かを思い返すように空を見つめた。
「あ?あー、そうだ。そんな話だったな。ミウシアからはオレの崇拝するジア様に似た空気を感じるんだよな。」
「ジ、ジアぁ!?魔物だったらデストラじゃないの?」
何でジャイアントの神の、人間側の神を魔物が崇拝してるの?
というかうっすらだけど神力を感じてるのかな?似た気配とか言ってるし。
「あぁ、オレは元々弱っちいただの小さい熊だったんだがな、ある日ジア様から天啓があって、体をお貸ししていたって訳だ。んで、気が付いたらこんなに強くなって、名前まで貰って立って訳だ。」
???????????
体を貸してた?ジアは魔物の体を借りてサスティニアで暮らしてたってこと....?
で、しばらくしたら体を返して放置?
どういうこと???....というかジアだけなのかな?これ皆サスティニアに着てたんじゃないの?
本人に確認したいけど、今皆忙しくて反応してくれないしなぁ。
最後に通話した時、皆が『忙しくなるから通話できないけど、私をないがしろにしてるとかそういうんじゃない』って滅茶苦茶必死に力説されたんだよね、主にルニア。
なんか泣きながら私に対してのどれくらい思ってるか一晩中語られて、あの時は流石に疲れたなぁ...。
「なるほど。なんだか信じられない話だけど、それなら親みたいな感じだし恩を感じるのは理解できたよ。」
「そうか。...それで、負けたオレはお前に何をしたらいい?」
何をしたらいいか、んん、本当ならこの戦いについて来てほしい気持ちはあるんだけど、ニムゲとトゥリプスに任せてる王都の警護ってのも少し心細い。
あの二人を信頼はしているけど、どちらかというと戦闘向きじゃないもんなぁ。
「じゃあさ、王都で人間を守ってよ。王都にいればこの戦いが終わった後、私と同じくらい強い仲間達といくらでも好きなだけ戦えるよ?」
皆には了承を得てないけど、まぁ平気でしょ。今回の件で王都の兵士や冒険者のレベルが低すぎるっていうこともわかっただろうし。
「人間をか?...オレの相手をしてくれるなら喜んで行くが...人間がビビんねぇか?」
「あー確かに....。とりあえず皆を呼ぼうか。おーい!!!皆~!!ちょっとこっち来て~!!」
皆は戦いの余波を警戒して随分と遠くでこっちを見ていた5人は、ガヤガヤと談笑しながらこっちに近付いてきた。
「いきなり襲ってきたりとかしませんよね!?....み、ミウシアさん!た、戦いは終わったんですよね!?」
「トルペタぁ、見てただろ~?最後の転倒、あれでミウシアがこの熊に決定的な一撃を入れて降参させたとかそんなとこだろ?」
「フラッシュランスからのウェポンチェンジは痺れるですね!!でも最後はダーク・スピリットのシャドウハイトで止めを刺すなんて、新スキルじゃなくて昔から使ってたスキルで倒すっていうのが熱かったです!!」
「アルカナさん、落ち着いてください....。」
「あー、ニカニカ無駄だよ。こうなったカナっちは誰も止められないんだわ....。」
カナちゃんが名前を付けてくれたのに、スキルを使うときに何もしゃべらなかったのがばれたら怒るんだろうなぁ....。
「ミウシアの仲間は緊張感ねぇな....。」
「あはは...良くも悪くもね~。」
この後、皆に落ち着いて話せるようになるまでに5分はかかった。
「さて、改めて紹介すると、この熊さんはゲオグリオス。負けたからなんでも言うことを聞くって言ってるだ。私は王都で魔物から守って貰ったらどうかなって思ってるんだけど、皆はどう思う?」
砂浜の近くに倒木が何本か並んでいたため、そこに腰かけて先ほどの提案を皆に説明した。
「このまま魔族軍との戦いについて来てもらうのも手ではありますが....。」
「はいはいはい!思ったんだけど、人間の代表としてオレ達いるのに、そこに魔族がいたらまずいんじゃなーい?」
確かに、レオの言う通り私達は人間の代表として、魔族と戦うためにこの暗黒大陸まで来た。
人間の代表と魔族が1対1で戦うという条約だったのに、そこに魔族がいたら条約違反になりそうな気もする。
「だったら王都で守ってもらえばいいじゃないですか。見た目も見ようによっては可愛い大きなマスコットキャラクターにみえるですし。可愛い熊さんじゃないですか。」
「み、みえるかなぁ....。」
「うーん....。」
トルペタ君と首を傾げながらゲオグリオスを見る。
日本の野生の熊に比べてみよう。
まず、目が大きくて人を殺しそうには見えない。三白眼だけど。
二足歩行でのっしのっしとあるく姿がちょっとかわいい。3mあってすごい迫力だけど。
爪が鋭く尖っている訳じゃないし、肉球がぷにぷにで柔らかそうだ。その手で棍棒持つけど。
うん、だ、大丈夫。可愛い可愛い。
もしかしたら子供からは人気が出るんじゃないかな...?
「た、確かに~。」
「見ようによっては....。」
「無理だろー、王都に住む誰よりでけぇんだぜ?これじゃあ王都の奴らもビビんじゃねぇか?アッハハハ!」
訂正、確かにビビりそう。
「で、では私が簡単に紹介状を書きますので...よし、大丈夫でしょう。これを兵士に渡してください。」
「じゃ~オレのサインも....っと。」
ニカがサラサラっと手紙を書き終えると、レオが手紙にサインを追記してゲオグリオスに渡した。
「ちょっと待って、....あったあった。この勲章も持っていきなよ~。」
手紙だけじゃあ心配だったのか、レオが懐から王都のシンボルである5種族の描かれた勲章を手紙と一緒にゲオグリオスの大きな肉球の上にぽんと置いた。
「お、おお。わりぃな。これ持って王都まで行けばいいんだよな?じゃ、またな。」
なんてドライなの....。
手紙と勲章を受け取ったゲオグリオスは、ごそごそと首元のモフモフした毛にしまうと、早々に砂浜を歩いていった。
余りにスムーズに立ち去られたせいで私達はポカーンとゲオグリオスの後姿を見つめていた...と思ったらゲオグリオスが振り返った。
「お前ら王都に戻ってきたら戦おうぜ!!特に赤髪!!!お前らが死んだら俺が竜種サマと戦ってやるよ!」
「首洗って待っとけ赤熊!!あたしが勝ったらいうこと聞いてもらうからな!!!!」
フレアの答えを聞いて満足したのか、もうこちらを見ずに片手だけ上げて去っていくゲオグリオス。
渋いよ!
..そういえば前に王都で私がぼろ負けした時、フレアもゲオグリオスと会ってるんだよね。
パワー型対パワー型。
うう、見たい。見てから帰りたい。
「熊さーーん!どうやって海わたるですーーーー!?」
「た、確かに。」
カナちゃんの問いかけに海の方を向いて指だけ刺すゲオグリオス。
その方向には海しか....なんか海に小さい島が....?
「あ!サンシャインタートルです!」
「本当にあれで向かうんですか....。」
「無事につくと良いのですが....。」
「いや、つかないと困りますからね!?」
そしてゲオグリオスは物理攻撃も魔法攻撃も効かない最強の渡り亀に乗って海へと消えて行った。
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SIDE:ゲオグリオス
「しかし、やっぱり負けちまったなぁ。」
まだ子供のサンシャインタートルの甲羅の上で寝そべりながら、さっきの戦いを思い浮かべた。
腕っぷしだけじゃあとんでもなく早い相手に太刀打ちできないと思って編み出した技、神羅万象撲殺丸の攻撃誘導闇竜受け見切られた。
オレも別の戦い方を見つけなきゃいけねぇってことだ。
ミウシアは宙から降り注ぐ雷の如く早かった。
腕っぷしと工夫だけで何とかしようとしたが、それじゃあ足りねぇ。
あそこまで速度に差が有っちゃあ何してるかわかんねぇし。
「身軽さ...か...。」
この筋力のまま素早くなるにはどうしたらいいか、そういえば竜種サマが言ってたな。
もうサマつけるひつようもねぇか。
コシャル・サッハがいうには竜種の秘術で、能力はそのまま人間と同じサイズに変身できる竜人化とかいうのがあるらしい。
能力はそのままらしいからオレもそういうのが使えたら、筋力と素早さを両立できるかもしれねぇ。
「無理か」
あれは竜種固有の技だ。
それに縋らなくても、ジア様がオレをただの小熊からスカーレットデストロイベアーとかいう超つええ見た目まで進化させてくれたように、ここから小型化することだって可能かもしれねぇしな。
「....ん?そういや...。」
ミウシアの奴、ジア様のこと呼び捨てにしてなかったか?
確か人間にとってもジア様は神だよな?
ミウシアとジア様から感じた同じ気配、そしてジア様のことを呼び捨てで呼ぶミウシア。
もしかしてミウシアも俺と同じように、人間の体を借りている神なのか?
たしか神は6柱で...ジア様だろ、デストラ様だろ、後は....?
あー、ダメだ思い出せん。
まぁその2柱だけ知ってればオレは困んねぇからいいか。
....にしてもサンシャインタートルってのは速さにムラがあるな。
オレが王都に着くまでに人間が魔物にやられちまったら約束を果たせねぇしなぁ。
「おい、頼むから早くしてくれ~」
甲羅をコンコンと叩こうが、衝撃を甲羅に吸収され、サンシャインタートルはオレの催促に気付くことなくのんびりと海を進む。
「まぁ、なるようになるか。」
昼寝でもして、のんびり待つとするかな。