「130話 魔大陸 」
「何が起きたの...?」
宙に投げたされたカナちゃんが竜巻に飲まれて、見えなくなったと思ったら雷が落ちて...。
もうだめだと思った次の瞬間、フィリアウスの悲鳴。
竜巻と雲がなくなったと思ったら穴だらけのフィリアウスの死体の上に立つボロボロのカナちゃん。
ソウル・スピリットが切れていることから、満身創痍だということがわかった。
何が起きてこうなったのかはわからないけど、勝利したことは解る。
私は船を飛び出してカナちゃんの元へ向かった。
「カナちゃん!!大丈夫?」
「ミウ、ッ...。体中が痛いですが、勝ちましたよ。」
雷が直撃したにしては軽傷だけど、体中火傷まみれで服はボロボロだ。
重症じゃないにしても、1人で船に戻るのは無理だろう。
カナちゃんの太ももと背中に手をまわして、お姫様抱っこでカナちゃんを持ち上げて、フィリアウスの死体をアイテムボックスにしまった後、船へとジャンプした。
傷だらけのカナちゃんを船の甲板に寝かせると、レオが駆け寄って回復をしてくれた。
「<治癒光>ヒールライト。カナっち、お疲れ様。」
「もう結界は解除してよさそうですね、アルカナさんお疲れ様です。」
「ふう、ミウ、預けていた変えの服をいただけますですか?」
「ちょっとまってね...。」
アイテムボックスからカナちゃんのスペアのコートとシャツ、スカート、肌着に下着を出して手渡した。
「レオはあっち向くです!!」
「カナっちくらいのお子様体型に興味はないって~。あいた!」
失礼なことを言うレオには拳骨を入れておいて、私はカナちゃんに気になっていることを聞くことにした。
「カナちゃん、最後どうやって勝ったの?」
「..っしょと。えっとですね、多分レオから少し聞いたと思いますが、マルチプル・ウォーターボールは少し特殊でして、オーバーマジックと呼ばれる過剰にマナを込める手法を使っているんです。これを使うと下位魔法でも使い方次第で高威力になるんですよ。今回は数百倍に圧縮したウォーターボールをストックする使い方でしたね。」
オーバーマジック、初めて聞いたけど明らかに力技のような気がする。
「オーバーマジックは術者の負担が激しく、脳内で処理する容量を超えて脳が焼けきると聞きましたが...。」
ひぇっ。ニカの発言で一気に鳥肌が立った。
一歩間違えたら即終わりじゃん!
シュルシュルとパンツをはき替えて、靴下に足を通しながらカナちゃんは続けた。
「頭の回転が早ければ問題ないですよ。もっとも、ソウル・スピリットで強化された状態じゃないと厳しいですが。...それで私がどうやって倒したか、ですよね。竜種はプライドが高いせいで勝利を確信すると油断、遊びが生まれるです。なので私はあえて雷を無効化せずに水球を全て使い切ったように見せて、攻撃の一部を食らいました。」
「そんな、危険すぎだよ...!うまくいったからよかったけど...。」
流石に直で雷を受けてたら生身のカナちゃんにとっては致命傷だよ。
一歩間違えてたら死んでてもおかしくないのに。
「危ないからこそ騙せるです。あとは魔法を使わずに口でかみ砕こうとしたところを、圧縮された水球を出口を絞るように一部だけ圧縮解除して、槍のように勢いよく噴出させました。10個の水球から無数の槍を防御力の低い口内に食らったら流石の竜種と言えどもひとたまりもないでしょう?」
「全力だとああいう風になるわけね....カナっちが訓練で手加減してくれててマジよかった~。」
レオが言ってたアレはこれのことだったのかぁ、確かに応用力があって攻守両方に対応できて、マナが尽きるまで使えるなんて反則級もいいとこだよ。
「まぁ、無事で...無事じゃないか。何とかなってよかったよ...。」
「ところでトル君は見ててくれたですかね?私の勇士を!」
きょろきょろと辺りを見回すカナちゃん。しかしトルペタ君の姿は見当たらない。
「あ、あ~。トルっちなら下でフレっちと飲んでるよ....。」
「.................。」
スッと立ち上がって無表情で船室に向かってったカナちゃん。
トルペタ君、どんまい...。
「さて、そろそろ見えてきましたね。ミウちゃんお疲れ様。これでいつでも船に乗れますね。」
フィリアウスを倒して数日の航海を経て、ようやく魔族の発生源である暗黒大陸が見えてきた。
6人で船の先頭に立って暗黒大陸を見つめる。
暗黒大陸というと土が暗い色で、葉っぱが生えていない丸坊主の木が沢山生えてて、コウモリが飛んでて...みたいなイメージがあったけど、全くそんなことはなかった。
というよりむしろ...。
「綺麗...。」
「本で読んだことはあるですが、暗黒大陸という名前は変えた方がいいですね。魔物たちの楽園とかそんな見た目です。」
「そーだな、あたしは何度か増えすぎた魔物を狩るために来たことあるが、初めて来たときはアルカナと同じ事を考えたぞ。」
「うわぁ...凄いですね....。」
浅瀬は海底が見えるほどに透き通ったエメラルドグリーン、魚が泳いでいるのが肉眼でも確認できた。
砂浜は茶色ではなく真っ白、多分砂じゃなくてサンゴや貝殻でできているんだと思う。
陸には大きな花やヤシっぽい木、つまりここはRPGの最後に訪れるような魔王が住んでいそうな大陸ではなく、南国風のまさに楽園とも呼べる大陸だった。
はるか先には頂上がうっすらと雲に隠れているような山がポコポコと立っている。
火山でできた緩やかな傾斜の山というよりは、何となく中国三千年の歴史がありそうな大きな岩を長方形に切って地面に立てたような、山と呼ぶより、岳と呼んだ方がしっくりくる見た目だった。
竜種が住んでいると思うとイメージ通りだとも思った。
「そうですね、この暗黒大陸は生き物も果物も豊富です。だからこそ、魔物であふれかえってしまうんです。実はこの大陸に生息する大亀サンシャイン・タートルのせいで魔物が他の大陸にわたりついてしまうんですよ。」
「大きな亀でわたってきてるの!?魔物が!?」
「嘘!?」
暗黒大陸について知識がない私とトルペタ君が思いっきり驚く。
魔物はその多くが暗黒大陸から発生してきて、人間の住む大陸にやってくるとは聞いていたけど....亀の仕業なの!?
「おー。でっけー亀でよ。サンシャイン・タートルの種族固有の能力で物理攻撃と魔法攻撃を無効化しちまうんだよ。」
「絶対倒せない魔物ですが、直接的な害はないんです。温厚な魔物で攻撃しようが何をしようが無抵抗なんです。....魔物を運んできてしまうという間接的な害はありますがね....。」
「その亀は甲羅で呼吸をするって言われててね、常に太陽の光を浴びて海に潜らないんだよ。ミウシアちゃんトルっち、あっちみてみ~?」
レオが指さす方角に視線を移すと、トルペタ君はすぐに何かに気が付いた。
「あっ、あれがサンシャインタートルですか?小さい島かと思いました....。」
「ど、どこなの...。」
目を細めても、何しても見つからない。
私だってこの身体になってから視力よくなったのに、トルペタ君そのゴーグルずるい。
....でもよくよく眺めてると砂浜だけの小さな島がかすかに見えた。
「え、アレが?ほんとに島かと思った。」
「普段は寝てるからほとんど島のような物なんですけどね、何かが乗ると反射的に違う島に移動するんですよ。面白い生態ですよね。」
クスッと笑いながらニカが補足説明をしてくれる。
完全に船扱いされる生態してるじゃん!なんだそれ!
「しかもあのカメの死体は誰も見たことが無いんですよ。寿命がとんでもなく長いか、人がたどりつけないほど深い海の底で息を引き取ってるんじゃないかって論文を見たことがあるです。」
「へぇ~。不思議な生き物だね~。」
完全に中立の生き物で、誰も危害を加えることができないなんて、食物連鎖のピラミッドの外側にいるんだなぁ。
まだまだ私の知らない生き物が沢山いるこの世界を、もっともっと旅したかったよ。
これで終わりって思うとついセンチメンタルな気分になっちゃう。
ここから先は魔族の住む大陸。気を引き締めないと。
「は~。上陸してみても、ここがあの魔物を生み出す暗黒大陸とは思えないですね...。....甘い匂い。これって食べられるんですかね?」
砂浜近くの茂みに生えている低めの南国系の木についていた赤い、ドラゴンフルーツのような実を指差しながら私の方を向くトルペタ君。
鑑定の催促かな?
「<鑑定>アナライズ!」
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名称:リューシエルの実
品質:A
説明:暗黒大陸の一部に生息するリューシエルの木になる赤い果実
食べると一時的に体の間隔が鈍り、痛みを感じなくなる。効果が切れた時にそれまでに感じた全ての痛みが数倍になって
一気に襲ってくるため、戦いに利用して痛みの余りショック死する者が後を絶たない。味は甘くてとても美味。
補足:よく熟していて高品質。
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「あ~。食べても平気だけど、この後戦うなら食べないほうがいいかも...。」
「それどういうことですか!?怖すぎますよ!!」
「ミウシアちゃんのアイテムボックスに入れておいて、町に戻ってから食べればいいんじゃね~?」
レオの提案により、一応アイテムボックスにリューシエルの実を入れた。
一見美味しそうに見えて予想外の方向から害があるなんて....。
流石暗黒大陸。恐るべし。
そんな暗黒大陸の果実に夢中になっていた私達の元に、森の奥から大きな生き物がガサガサと草をかき分けて近付いてきた。
「お~。遅かったじゃねぇか。待ちわびたぜぇ?」
姿を現したのは赤黒く硬そうな毛に身を包む大きな熊、私が以前王都で戦ってぼろ負けした熊。
名前は確か....。
「ゲオグリオス.....。」
「おぉ?覚えてくれてたか。確かお前はミウシアだったか。」
前に話した時は聞き取りにくいカタコトだったのに、こうやってまともに話せるようになっているのはなんでだろう。
「あなたは....以前王都を襲った魔物ですか?」
「ああ、....お前はあの頭のかてえ特攻隊長サマの攻撃を全て耐えきってた兎人族か。」
ゲオグリオス、以前私に勝ちながらも、止めを刺さずに私を見逃した魔物。
強敵だということを感覚で感じるほどの雰囲気を纏いながらも、竜種と対峙した時のような敵意を感じないのはなぜだろう。
「ミウ、どうするです?」
カナちゃんの目が一気に攻撃をしてしまおうと訴えかけている。
他の皆も同様に私を見つめる。
竜種でない以上1対1で戦わずに、他の魔物を引き連れているのかもしれない、と皆は警戒しているけど私はそう思わない。
この魔物は純粋に戦いを求めている。
それに、私も負けっぱなしは悔しい。
「ゲオグリオス、私と1対1で戦わない?」
だからこれは私の中にあるほんの少しの男の意地だ。
私の発言に皆が目を見開く、しかしゲオグリオスは魔族とは思えないくらいに陽気な表情で笑い出した。
「ガーーーッハッハッハハハ!!!いいぜミウシア!強くなったお前と戦うためにオレも強くなったし、対話するための言葉も学んだ!お前がそう思っててくれててオレは嬉しいぜ!!」
やっぱり、誰かに似てるんだよなぁ、この憎めない感じ。
「相手は竜種じゃないんですよ?律義に1対1で戦う必要はないです!!」
「皆で一気に攻撃すればノープロっしょ!!」
「ミウシアさん危険です!」
カナちゃん達が私の肩を掴んで全力で否定してくる中、フレアとニカが皆を止めてくれた。
「ま、いいんじゃねぇの?ここで負けるようなら魔族の親玉なんて倒せないだろ。」
「ミウちゃんには戦わなきゃいけない理由があるんですよね?なら私は全力で応援しますよ。それにこの魔物からは嫌なマナを感じません。正々堂々と戦ってくれるでしょう。」
「....ありがとう。ごめんねカナちゃん、トルペタ君、レオ。私戦いたい。」
私が最初に強くならなきゃって思ったのはゲオグリオスに負けてから。
それまではゲームとかの延長で考えてこの世界を旅してきた。
だから私はゲオグリオスに勝つ必要がある。
....とか尤もなことを考えてみたけど、本当は悔しいだけ。
勝ちたい。
「...ま、ミウを止めても無駄なことは知っていましたよ。」
「いつでも回復できるようにまってるね~。」
「絶対勝ってください...!」
三人に向けて頷くと、私はゲオグリオスに向きなおる。
「お、終わったか?...大分腕を上げたみてぇだな。こんな森じゃ満足に戦えねぇだろ?海辺まで移動しようぜ。」
「そうだね、その方が全力で戦えるもんね。」
やっぱり、ゲオグリオスは他の魔族と違う。
人間を見下したりせず、平等な存在として扱ってくれる。
竜種にかかわる前に会えたら、もしかしたら狼の魔物のルクスのように友達になれたかもしれない。
でも今は立場上敵。全力で戦うだけだ。