「129話 海上の大嵐 」
「このままニカの結界で防げそう?」
「ん~、横からの攻撃や嵐の影響は私の結界で何とかなりますが、もし下から攻撃されたら....されないことを願いましょう。」
「下から来ませんように下から来ませんように下から来ませんように....。」
カナちゃんが戦闘を始めたとたん、魔族は海へと潜り、突然の大雨に海が荒れだした。
船はカナちゃんの魔法で凍った海のお陰で固定されているため、揺れることはない。
ニカがはってくれた結界で雨も敵の攻撃も防げるらしいけど、どうも半球型の結界のようで、したから攻撃されたらアウトだそうな。
「ちょ~~おいなんだぁ~~~うるせぇぞぉ~~~」
「ミウシアさんが5人いる~あはあはあは」
「ちょ、2人とも飲みすぎっしょ~~。ごめんねミウシアちゃん.....海めっちゃあれてんね~~。これニカニカの結界?雨来ないじゃんすげー!」
私が不安を感じている一方で、不安とは真逆にいる3人が船室から出てきた。
フレアとトルペタ君はべろんべろんに酔っぱらい、レオだけがケロっとした表情でニカの結界を絶賛している。
そんな時、嵐やべーとか言いながら海を眺めたレオが気付いた。
「へ?カナっちあんなとこで何してんの?マルチプル・ウォーターボールなんて展開しちゃって、バリバリ戦闘モードじゃん。.....え、もしかして魔族きてんの?」
「結局皆お酒飲んでたの~?そうだよ、テンペスト・サーペントとかいう竜種がね。カナちゃんが相手してるんだけど今回は少し危険かも。」
さっきカナちゃんが戦闘を始める時に鑑定した時の相手の強さをレオに伝えた。
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名前:フィリアウス・アスレーウストリア
種族:テンペスト・サーペント
職業:竜貴族
HP:38400/38400
MP:9800/9800
力:C+
防御:C+
魔力:S-
早さ:A+
運:-
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「テンペスト・サーペントか、サーペント族は海蛇竜って言われてる種族で、竜種の中でも比較的弱い分類だったはずだよ~。でもその魔族はその上位種、魔法を使いこなす所を見ても高い知性を持ってそうじゃん?この魔力量でこの地形、結局カナっちしか相手できそうにないね~。」
そんなゆる~く解説する場面じゃないでしょ...。
カナちゃんの実力は訓練で身をもって体験したとは言え、今回の相手は簡単には倒せないと思う。
もし、もし仮にカナちゃんが負けたら魔力特化のあの魔族に、しかも海上で戦えるのは誰もいない。
「なんでそんな余裕でいられるの??さすがにSランクの魔物を1人で相手にするのはカナちゃんでも簡単なことじゃ...!」
私の焦りをレオにぶつけると、レオが何かに気が付いたように手をポンと叩いた。
「そっか、カナっちはミウシアちゃんとの訓練でアレ(・・)使ってないのか~。」
「アレ(・・)?」
その時、カナちゃんが戦っている方角のさらに奥の海に大きな水柱が発生した。
数メートルはあろうかと思われる水柱はそのまま竜巻となり、横向きで一直線にこっち..いや、カナちゃんに向かって飛んできた。
「お~?なんだ?」
「フレアさん~。大きな長い魚が飛んできますよ~。お酒のおつまみですか~?」
「そこの2人は下でおとなしくしていなさい!!!」
この状況下でも酔っぱらって緊張感に欠ける2人に、ついに強めの結界を貼っているニカからのお叱りが入った。
2人が不満そうに船室に入っていくのを横目に、刻一刻と近づいてくる竜巻を観察する。
よく目を凝らしてみてみると、竜巻の真ん中にいるフィリアウス・アスレーウストリア....名前長いよ。
フィリアウスを中心に竜巻が発生している。
水の中で助走をつけて海面に飛び出し、風魔法か何かで自分中心に風を纏って突進をしている?
魔法というよりは魔法を使った物理攻撃、しかもあの巨体で?カナちゃんに防げるの?
「8,7,6, 5!!<氷槍>アイスランス!」
カナちゃんが4つの数字を叫ぶと、周囲に浮かんでいた水球が合わさって一つの氷になり、無骨な槍...というよりもドリルのような形にへと変形した。
でも大きさはせいぜい1メートル。
拳ほどの水球4つが重なったんだから妥当なサイズだとは思う。
「<解除>リリース!!」
その瞬間、1メートルほどの大きさだったドリルは一気に膨張し、先ほどの数倍以上に。
船の大きさほどではないにしろ、規模的にはもはや船と言っても過言ではないほどにまで膨らんだ。
そのとてつもなく大きなドリルを自分の目の前に置いて仁王立ちをするカナちゃん。
「なっ、ななななにあれ!?」「あれは一体...!?」
ニカとそろって驚愕していると、すかさずレオからの解説が入った。
「カナちゃんのウォーターボールは見た目の数百倍の水でできてるらしいよ。魔力で無理やり圧縮して、自分の周囲に固定することで即座にいろんな形に変えて攻撃ができるんだってさ~。パないことに攻めも、守りもなんでもできるんだよ。結局1カ月の修行中にはアレを攻略できなかったなぁ~。」
レオは既に訓練であの攻撃を食らっていたみたい。
対魔法使いって訳でもなさそうだし、カナちゃんのことだから驚かせたかったんだろうなぁ。
「あれは魔法ではありませんよね?魔法陣が見当たりません。」
「そ、最初に圧縮しながら水を生成するところだけ魔法で、後はスキルによる制御って言ってたよ~。あんな緻密なことできるのカナっちくらいなんじゃね~?」
そういわれてみたら確かに、魔法陣が展開された形跡がない。
..というか、数百倍で4つの水球を使用して作ったドリルだったら、もっと大きくなるはずだよね?
ってことはあのでかさですら、強度を上げるために圧縮してる状態って事?そんな馬鹿なぁ..。
ふと前を見ると、フィリアウスが数百メートルほどのところまで近づいていた。
どんどん大きくなるその姿に、まるで特急電車を線路から見ているような感覚に陥る。
数秒でここまでたどり着きそうなくらいものすごい速さということが海の水面が大分遅れて波打っていることからわかった。
「....て!!!!そんなこと言ってる暇ないよ!!!!もうそこまで来てるよ!?本当に結界大丈夫なんだよね!?ねぇ!!!」
「きますっ!!」
「なんですって!?」
今にもカナちゃんの設置したドリルに当たるというところで、耳のいい私にしか聞こえない程度の声でフィリアウスが驚愕した。
その瞬間、カナちゃんめがけて一直線で突進していたフィリアウスは、横に大きく体をずらし、その反動で船から大きく外れた方向へと吹き飛んでいく。
遅れて突風と大量の血、肉片がニカの結界を襲った。
「うわっ!」「うええ。」「きゃ!」
結界のお陰で私達に影響はなかったものの、おびただしい量の血しぶきとヒュォオオオと音を上げる突風に、守られてるとはいえ体が縮こまってしまう。
「....そんな方法でテンペストランスを破られるとは思いませんでしたよ。正直、見くびっていました。」
海の彼方へ飛んでいったはずの体は損傷しているのにもかかわらず、まるで何事もなかったかのようにカナちゃんの前に現れた。
フィリアウスの後方の海は損傷部からあふれ出した血でどんどん濁っていく。
「...私の方は正直過大評価をしていたようです。この程度なら問題なさそうです。」
自分の前に設置していたドリルを解除し、元の水球へと戻したカナちゃん。
4つの水球は元の位置に戻り、再びカナちゃんの周囲へと浮かんだ。
....再利用可能とか!!反則でしょう!!
「いいでしょう、全力でお相手致します。無数の雷に打たれなさい!!」
「ッ!!」
空を覆う黒い雲がまばゆく光ったと思うとすさまじい音と共にカナちゃんに無数の雷が落ちた。
船にも落ちたけどそれはニカの結界によって防がれたため私達にダメージはない。
でもカナちゃんは違う。身を守る結界もない、光の速さで降り注ぐ雷を受ける術はない。
「カナちゃん!!!!」
船から身を乗り出してカナちゃんの安否を確認する。
魔法によって凍った海上は雷によって崩壊し、崩れた氷がぷかぷかと海に浮かんでいる。
そのうちの一つに膝をついたカナちゃんの姿を見つけた。
「間に合ったです....。」
見る感じ外傷はない、けどどうやって?
その時、カナちゃんに向けて空から棒状のものが落ちてきた、あれは...杖?
落ちてきたその杖を水球で受け止めると、水球からは水蒸気がモクモクとあふれ出た。
「なるほど、空中に金属の杖を投げて雷を受け止めた後、電気と熱を水球で吸収したわけですね。」
結界を維持するために盾を構えていたニカが今のカナちゃんの行動の解説をしてくれた。
杖を避雷針として使ったみたいな感じかな。
でも足場が崩れて戦いにくい、カナちゃんはどう対抗するんだろう。
相手は...あれ?いなくなってる。
「また潜りやがったですか。」
依然として行動を起こそうとしないカナちゃん。
よく見ると不安定の足場のはずが、カナちゃんのいる場所だけ水平を保って安定していた。
自分の足場だけは魔法で凍らせるときに広範囲にして安定させていたのかな。
「やはり下からですかね。わわっ」
安定していたはずのカナちゃんの足場は大きく揺れ、次の瞬間カナちゃんの足元の氷ごと遥か宙へと投げ出された。
優に10メートル以上上空へ投げ出されたカナちゃんは手足をじたばたさせている。
「逃げ場はありません!そのままかみ砕いて差し上げます!!」
真下から現れたフィリアウスとカナちゃんを覆うように一つの細い竜巻が発生する。
カナちゃんは逃げ場を封じられ、そのまま落下することしかできない。
落下した先にはフィリアウス。おそらくそのまま口でカナちゃんをかみ砕くんだろう。
「カナちゃん!!!!」
「アルカナさん!!!!」
私達からは何も見えない状態で、勝負の行方が決まろうとしていた。
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SIDE:フィリアウス・アスレーウストリア
「逃げ場はありません!そのままかみ砕いて差し上げます!!」
中々にこの私を手こずらせたくれたこの人間に、せめて敬意を示して最後は私の口で終わらせて差し上げましょう。
人間の周囲に飛ぶ水球もこの竜巻の中では形を保てないでしょう。
念のために上空からは雷を振らせて水球を使わせて置きましょうか。
空に浮かぶ暗雲へマナを使い干渉し人間に雷を落とすと、案の定人間は水球を全て使い身を守りました。
しかし全て受け止めることはできなかったのでしょうね、身を焦がし身体にダメージを負った状態で、水球を動かす余裕なくまっすぐと私の口へと落ちてきます。
しかし、この人間を戦った後にほかの人間と戦うのも骨が折れますね。
一度退却して体を直してからまた襲うとしましょう、一度に1人としか戦えないなんてディレヴォイズ様も面倒な条約を人間と結んだものです。
いつまでも古臭い思想なんてお捨てになった方がよろしいのに...。
「.....かかったですね。」
勝利を確信していた時、人間が目を開き私に殺意を向けてきました。
生きていたのは意外ですが、今更何ができましょう。
「....!?アアアアアアアアアアアアアア!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!何が起きた!?
突如襲った激痛に雲も竜巻も身も心も維持することができず、そのまま海へと倒れこんだ。
「.....な....にが....。」
「あなたが勝利を確信するその瞬間を待っていました。竜種はプライドが高いのですよね?その余裕...驕りこそが敗因ですよ。」
目もほぼ見えない、意識ももうなくなる。
そんな中で最後に私が見たのは劣等種たる人間の勝利の笑みだった。