「119話 憎しみ 」
SIDE:ルクニカ
「生きているものは私の後ろへ!!!死んでしまったものよりも自分の身を大切にしてください!!!」
よろよろと王都へと入っていく怪我をした兵士と冒険者。
私の目の前には特異個体であろうゴブリンと見たこともない小柄で鳥と竜の間のような魔物。
それぞれ5体、計10体を私一人で足止めしている状態でした。
防御を固めていない場所への攻撃や、素早い動きからの死角からの攻撃により、僅かに傷が増えていきます。
剣と盾、持ち前の防御力と鎧で何とか凌いでいますが、いつまで耐えられるでしょう、個々の強さは私であれば対処ができるレベルの攻撃力、しかし数が多い。
今の私は文字通り王都を背負っています。
ここが最終防衛ライン。
王都の東門を囲うように結界を展開しているため、敵を減らすことも、スキルを満足に使うこともできません。
この魔物達はおそらく防御力はさほど高くないでしょう。
私の数少ない攻撃系のスキルで一気に決めれば倒しきれるかもしれません。
しかし一匹でも取り逃がしてしまった場合、王都に対応できるものはいないため、一方的な殺戮が待っているでしょう。
加えてどちらの種族もとても素早い。
もっと昔から兵力をつけておくべきでした。
「おい、硬いぞこの女!!」
「ギャギャギグギャガガガ!!」
「このディノなんちゃらとかいうやつ会話が通じねェ!うるせェ!!!」
肌が黒いゴブリンは流暢な言葉を喋りますが、鳥竜は耳も覆いたくなるような声で喚きます。
私が攻撃できないことを理解してか、ゴブリン同士で会話をする余裕まであるようです。
「クッ、少し黙ってて貰えませんかッ?!」
「あぁ~?でけぇ耳があるからなんじゃねえかァ?とってやるよッ!!」
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バーニア族は耳を隠さない。
なぜなら周囲の音を探知して周囲を把握することができなくなるからだ。
それに、生まれながらに無自覚でマナを供給して耳を強化しているため一番傷がつきにくい。
しかしスキルにより、体内のマナを大きく消耗している状態ではその守りも皆無となる。
その状態で攻撃を食らってしまうとバーニア族の自慢の耳も容易に傷ついてしまうだろう。
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「ッッッ!!!!!!」
ボトリと何かが目の前に落ちる。
左耳に激痛が走り、耳鳴りでうまく音を拾えません。
「ゲヒャヒャ!!生きてる兎人間の耳だぞ!!!ぜってーうめぇだろ!!!!!」
「もう一個残ってんじゃねぇか、今日はご馳走だなァ♪」
激痛と流れる血が目に入るせいで視界がかすんで攻撃を避けることができません!
このままだと一気に体制を崩され、結界に注ぐマナを制御できなくなります....。
「いただき....ギャア!!!」
突如、空から落ちてきた光の槍が、私の落ちた耳を口に運ぼうとしたゴブリンの頭を貫くように斜めに突き刺さる。
その後、槍の上に何かが着地しました。
「ミ、ミウちゃ....ん?」
その槍の上に着地したのはとても冷たい表情をしたミウちゃん。
あんなに元気でいつも笑顔の絶えないミウちゃんからは想像もしないような悲しみと憎しみが混じったような顔。
それに、髪の毛が燃え盛るような赤色と神々しさすら感じる白髪のツートーンカラーになっている。
これはもしかして、属性のマナを体内に循環させる..いや、でもあれは単属性のはず....?
「ニカ、もうちょっと耐えてて。こいつらは全員私が殺す。」
ゾっとするような冷たい声。
ミウちゃんに何が合ったんだろう、もしかしたら仲間が誰か....。
地面にスタッと降りて、光の槍の中心部に手をかけると、光が消え去り2本の短刀が現れる。
「耳喰うやつが減って耳が増えた!!早いもん勝ちだァ!!」
「ギャガギャアガオウッガオア!!」
私への攻撃が止み、全ての攻撃がミウちゃんへと降り注ぐ。
ゴブリンは4匹、鳥竜は5匹。
ゴブリンは影から影を移動する特殊能力を使って先読みの難しい動きで、鳥竜は本能にしたがったような動きで鋭い爪の生えた前足でそれぞれミウちゃんへ襲い掛かりました。
「ミウちゃん!!」
結界を後方へ結界を張ったまま、ミウちゃんにも何とか結界が貼れないかと試そうとしたけどマナが安定せず不発に終わりました。
それに今はこの場を動けない....このままじゃミウちゃんが...!
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SIDE:ミウシア
ディーナや兵士、冒険者だけでなく、ニカにまで手を出した魔族。
あと少し遅かったらニカの結界は崩れ、二カもニカが守っている王都も危うかったと思う。
唯々憎悪で心が満ちていく。
「ミウちゃん!!」
私に一斉に襲い掛かる魔族達、でも大した速さじゃない。
火属性による身体強化、光属性による速度強化を使って超高スピードで魔族の反対側へとすり抜ける。
急に攻撃対象がいなくなり、攻撃の行き場がなくなった魔族は互いに互いを攻撃してしまう。
「ギギャア!!」
「ッ!ってぇなお前!!」
一瞬で私がいなくなったことに驚きつつも、すぐに気配から私の位置を把握する。
最初に気が付いたのはディノ・ラプトリア。
竜というより恐竜のような見た目通り、本能的に気が付いたのだろうか。
私めがけて棘のついた尻尾を振り回してきた。
「ッ!」
すかさず後ろに飛んで避け、尻尾を躱すことには成功したけど、身体能力の向上具合を把握しきれていなかったため、ずいぶん敵との距離が空いてしまった。
これじゃあ満足に攻撃ができない。
「ギャガギガギャアアア!!!」
声と呼べないほどに野生染みた声を上げながら全力疾走してくるディノ・ラプトリア。
速さは十分私に理がある、シャドウオーガとかいうほぼ見た目がゴブリンの影を使う魔物がいる以上、速さを多少捨ててでも同じ土俵に上がった方がいいと思う。
体内のマナを無色へ戻し、闇属性と水属性のマナで体内を満たす。
両方の剣に斥力を纏わせて私のところに迫りくるディノ・ラプトリアを迎え撃とうとしたその時。
後方より私の首元めがけて何かが飛んできた。
「いッ!!」
咄嗟に避けたけど肩をかすめ、激痛が走った。
周囲を見ても何もいない、私の背後にあるのは私の影のみ。
....影?
あることに気が付いた私は影を纏って自身の影の中へと入る.....いた!
「兎人族!?なんでここが、うげェ!」
「汚いから出てってくんない?」
私の影の中からナイフを投げていたシャドウオーガの後ろに回り込み、上に見える外の景色に向けて斥力の剣を振るう。
ものすごい勢いで外に出され、空高く飛ばされたシャドウオーガはもう助からないだろう。
私はそのまま影の中から5匹のディノ・ラプトリアの下まで移動した。
斥力を引力に変え、ラプトリアたちに向けて投げつける。
「「「「ギャ!?」」」」
桜下兎遊の持つ引力によって、5匹揃って宙へと投げ出されたラプトリアたちは間抜けな声を上げて藻掻き始めた。。
残りの3体のシャドウオーガの動きが気になるけど、一気に数を減らすチャンスだと考えて外に出る。
「あいつも影に入れるのか?!」
「影を操る兎人族の耳はどんな味がすんだろうなァ...!」
「殺しちゃダメだぜェ?強くなれんだからよォ!」
数メートルほど上空に飛び上がったラプトリアたちが落下し始めたのを確認し、落ちてくる地点に魔法陣を展開する。
「<岩作成>クリエイトストーン!」
咄嗟に下級魔法で無数の鋭く太い棘を地面から生やしてラプトリアたちを重力の力で一網打尽にした。
「グギャガガアアアアア!!!」
うるさい悲鳴と共に青色の血しぶきを上げてラプトリアたちは絶命した。
間髪入れずにクリエイトストーンの形を保つ魔力を解除しただの土にかえる。
桜下兎遊を回収してそのままシャドウオーガの元へと駆け出した。
「早く食わせろよォ!!!!」
一匹のシャドウオーガが私に向けて黒いナイフを投擲する。
その攻撃を躱すまでもないと判断して飛んでくるナイフを打ち落とそうとしたときに声がかかる。
「ミウちゃん!!前方に避けてください!!!!」
ニカの発言を聞いた私はニカを信じて一歩前に出て体を無理やり捻らせ、紙一重で避けた。
頬を軽くかすめて血が滴り落ちる。
その後、私の後方で軽い爆発音と無数の何かが周囲に散らばる音が聞こえた。
「このクソアマがぁ!!!」
「私にはききませんよ、あなたたちの攻撃なんてッ!」
ナイフを投げたシャドウオーガがニカ目掛けて同じく黒いナイフを投げる。
ニカの盾にナイフが当たった瞬間、ナイフが無数に分裂してニカを襲った。
ニカは大きな盾で分裂したすべてのナイフを受け止めた。
危なかった。もしニカの忠告を聞かずに打ち落としてたら無数のナイフをモロに受けて間違いなく死んでいた。
「おい、あれやるぞ。」
「ゲヒッ。あれやっちまったら殺しちゃわねぇかァ?」
「殺しちまったら喰っちまえばいいだろぉが。証拠隠滅ってね。ヒヒッ。」
ボソボソと何か話しているけどここからじゃあ何も聞こえない。
アイツら、バーニアの耳の良さを考慮したうえで聞こえないギリギリの声で会話してるんだ。
魔族のくせに頭が回る。
こっちも一気に決めたいけど、そろそろスタミナもマナも危なそう。
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名前:ミウシア
種族:バーニア族(半神)
職業:魔双剣士(Lv85)
HP:742/1940
MP:1420/8550(300UP)
力:A
防御:C+
魔力:A+
早さ:S+
運:A+
称号:善意の福兎(6柱の神の祝福により効果UP)
・自分以外のHPを回復する時の回復量+100%
・誰かのために行動する時全能力+50%アップ
・アイテムボックス容量+100%
・製作、採取速度+200%
※このスキルはスキル「鑑定」の対象外となる。
※このスキルを持っていると全NPCに好意的な印象を与える。
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改めてステータスを確認する。
何が『善意の福兎』だ。
『誰かのために行動する時』なんて縛り、誰が判定するんだ。
今だって仇を討つために魔族と戦っているのに発動している感覚はない。
回復量がアップするならディーナを生き返えらせることができるような魔法技術をくれてもいいじゃないか。
回復なんて私は使えない。
「ッ!?」
戦闘中だというのに余計な考えを巡らせてしまったため、シャドウオーガの動向を一瞬見逃してしまった。
その一瞬で3匹のシャドウオーガ達は姿を消した。
「ミウちゃん、影です!!」
それを聞いて周囲の影を確認する。
自分の影、ニカの影、木の影にラプトリアの死体の影。
影に入った時、地面越しに地上を見ているような視界になる。
そして、出られる影と出られない影あることも知っている。
影よりも小さいものは出てこれないのだ。
逆に言うと、ナイフのような物であればほぼどの影からでも投げることができる。
この状況でさっきの黒いナイフが私の背後から出てきたら躱すことはほぼほぼ不可能だと思う。
どうすればいい!?
考える間も常に影を警戒していなければならない、すぐに攻撃が来るのか、ずっと潜って精神力を削るのか、それすらもわからない。
先手を打たれた。
影に入って迎え撃とうにも、今の状況じゃあ影に潜ろうとしたときに無防備になって下から攻撃される。
影からはこちらが見えるけどこちらからは影の中は見えない。
それならいっそのこと...。
桜下兎走に闇属性のマナをありったけ込めてあふれ出た斥力を持つ黒い靄を体へと纏わせていく。
そして服に染み込ませるように、馴染ませるように....。
ここでシャドウオーガの攻撃がきたらマズい、早くしないと....。
徐々に来ている和服が黒い靄を吸収して黒く変色していく。
完全に黒色へと変わったことを確認し、自分の影へと一気に飛び込んだ。
「いまだ!!!やれ!!!!!」
影の中からシャドウオーガの声が聞こえた。
まさか自分から影に潜ってくるとは思わなかったのか、私が完全に影の中に入る前に私の腹部へと3本のナイフが飛んでくる。
私に当たる瞬間、斥力を含んだ和服からマナを動きを強く感じた。
飛んできたナイフは180度向きを変え、綺麗に飛んできた方向へと跳ね返っていく。
よかった、ぶっつけ本番だったけどうまくいった。
「よ、よけっ...グギャアアアアアア!!!!」
跳ね返ったナイフは、三本平行に並んで3匹の元へと飛んでいった。
しかし、指示を出したシャドウオーガを盾にして2匹のシャドウオーガは生き延びた。
「オマエ、いちいちうるせぇんだよ。」
「死んどけ。」
「ギ..ァ..。」
仲間割れ、というよりはそもそも仲間意識なんてないようだ。
流石は魔族、野蛮で汚らしい。
「おい、兎人族。おめぇを少し舐めてたわ。だから本気で行かせてもらう。」
「これだけは使いたかなかったんだがな。」
そんな戯言を抜かして2匹はお互いに近付いていく。
手と手が触れ合うと思った次の瞬間、2つの手が融合して1つになっていった。
「自我がなぁ、ごっちゃになるしもう戻れねぇんだわ。」
「まぁ死ぬよりはマシだからな。」
胴体、足、そして頭が一つになりボコボコと皮膚が内側から隆起しているその光景はとてもグロテスクなものだった。
みるみる内に体が2倍以上、私よりも小さかった体は2mを超えるほどの巨体へ。
そして黒い肌にすさまじい筋肉、2本の小さな角を持った魔物が目の前に立ちはだかっていた。
『こうなったらおしまいだな、おとなしく耳洗って下処理でもしといてもらおうか。ギャハハハハ!!』
ビリビリと空気が揺れるのを感じる。
間違いなく先ほどまでよりも強い。
竜種よりも強いかもしれない。
それに私のMPは残り僅かだ。
私は仇を打つこともできないのだろうか.....。