「118話 後悔 」
SIDE:アルカナ
「アルカナ殿!!お逃げください!!!ッ!!.....。」
私を気遣ってくれた兵士長の首が飛ぶ。
こんなはずじゃなかった。
私はうまくやったはずだった。
マナの著しい消耗により、思うように動かない体を精一杯動かしながらまだ戦っている兵士たちに背を向けて走る。
私は迫りくる魔物達を魔法で一網打尽にし、兵士たちに怯えられながらも称賛された。
完全に勝利を手にした気分に誰もが浸っていた時だった。
倒したと思った魔物の死骸から黒い影が飛び出たと思った矢先、次々に兵士、冒険者の首が飛んでいく。
トル君に貰ったマナポーションを飲んで魔法で返り討ちにしようとしても、目の前で起きた出来事のせいで魔法陣をうまく描けず、マナだけが消耗していった。
怖い。
恐ろしい。
見たくない。
今まで戦ってきて負けそうになったことはあっても、死ぬことはなかった。
しかし今襲ってきている魔物に追い付かれたら私も兵士たちと同じように首が飛ぶだろう。
止まってはいけない。止まったら死ぬ。
ここが私の人生の終点なのだろうか。
こんなことならトル君に思いを伝えておけばよかった。
レオに優しくしてやればよかった。
不器用なフレアと恋愛話をすればよかった。
....ミウシアに私の日常を変えてくれてありがとうと伝えればよかった。
「あっ!」
余計なことを考えていたせいで足がもつれて顔から地面に倒れこむ。
そのはずみで帽子を落としてしまったが、拾う暇なんてない。
すぐさま立ち上がろうとしたところで後ろに気配を感じる。
「ゲィヒヒ....。人間にしちゃあマシな見た目してるじゃねぇか....。殺す前に楽しませてくれよォ。」
下卑た発言、品性のかけらもない声色を聞いて振り返ると、漆黒の肌をした小柄なゴブリンが手に持ったナイフについた血をなめとりながら笑っていた。
「ひっ.....。」
明らかにただのゴブリンじゃない。特異個体。
絶対に敵わない。このまま辱めを受けて私は殺される。
逃れられることができない事実に下腹部が生暖かく湿っていくのを感じる。
「おいおいおいおい、そんな顔でみんなよ....我慢できなくなるじゃねぇか....。」
「やっ、やらああ!離してええええ!」
「ちっ....っせーな。手足は邪魔だ、外しておくか。」
ギラリと光るナイフでこのゴブリンは私の手足を切断しようとしている。
何故私がこんな目に会わなきゃいけないんだろう、どうしてみんなは私を止めてくれなかったんだろう。
どうして....どうして....。
せめて、せめて身も心も清いまま生を終わらせよう。
護身用の短剣、自決用なんかじゃないつもりだったんだけどな。
ゴブリンに見つからないように隠して背中から.....。
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SIDE:ミウシア
走ると時間がかかる道のりも、空を飛べばあっという間。
急がないと、全滅してる最悪の結果だけは避けたい。
「アルカナアアアアアアアアアアア!!!」
突然、トゥリプスの頭からなるべく先を見つめていたトルペタ君が弓を構えたまま飛び降りた。
「トルペタ!?」「トルっち!?」
「ちょっ、トゥリプス!!急いで降りて!!!」
「はいっ!」
この高さから降りたらただじゃすまないはずだ。
運よく木に落ちれば死ぬことは避けられるかもしれない。
トゥリプスの背中から飛び降りれる程度の高さまで高度を下げてもらい、そのままトルペタ君が落ちたであろう場所へと向かった。
「トル君!!トル君!!」
そこには顔が涙でぐしょぐしょになったカナちゃんと、手足が変な方向に向いているトルペタ君、頭の真上から矢が刺さった黒い肌のゴブリンが倒れていた。
「レオ!すぐ回復してあげて!フレア、周囲の警戒を私と!」
「了解!」「おう!」
幸い、トルペタ君は意識があるようだ。
地面にはまだ若い木の枝が転がっている、良かった、運よく木に当たったんだ。
周囲に魔物の気配はないことから、カナちゃんはずいぶんと逃げてきたようだった。
レオの回復により何とか一命をとりとめたトルペタ君は今は眠っている。
「カナちゃん、何があったの?......っと、その前に...っと。」
腰が抜けているカナちゃんをお姫様抱っこし、少し離れたところに連れて行く。
「み、みう....汚いですよ...。」
「そんなの気にしないよ。怖い思いさせてごめんね。」
状況から察するに、そういうことだろう。
間に合ってよかった、トルペタ君が見つけてなかったら今頃....。
「<水生成>ウォータークリエイト、<乾燥>ドライ。」
カナちゃんの下腹部に水をかけて、乾燥の魔法で乾かしていく。
「すみま...せん...うぬぼれて、いたです...。」
カナちゃんは自身も無くしている、どう励ますべきなんだろう。
いや、ここは私の出番じゃないか、お姫様を助けたちっちゃい王子様の出番だよね。
「私からは何も言わないよ、ただ、遅くなってごめんね。トルペタ君が気が付いてくれたからよかったよ。」
「そっ、そうです、トル君はどうして空から...?」
ぐしぐしと袖で目と鼻水を拭いて少しだけいつもの調子に戻ったカナちゃん。
「それはトルペタ君から聞いて、ね!それより、今どういう状況なのかざっと説明してほしい、立てるかな?」
「いえ、まだ力が...入らないです...。」
その言葉を聞いてまたお姫様抱っこで皆の元へ向かった。
「トルっち、目醒ましたよ~。」
「アルカナ!!無事だったか.....よかった、本当に良かった。」
まだ体は動かせなさそうなので、カナちゃんを木に寄りかからせて座っているトルペタ君の横に降ろした。
「トル君!!ごめんなさい、私が弱いばっかりに.....。」
「謝ることないさ、アルカナは俺なんかよりずっと強い。でも、相性の悪い敵だっている。これからは俺がアルカナを守るから、なるべくそばから離れないでくれ....。」
え、告白?
フレアとレオを見るとアメリカンなジェスチャーで返された。
「は、はいです....。」
顔が真っ赤になったカナちゃんがトルペタ君の肩に頭を乗せて.....じゃなくて!!
「ごめんカナちゃん、現状教えて!私達はどうすればいい?」
「ひゃ、は、はい!魔物を倒したと思ったら強力な特異個体に襲われて王都兵も冒険者も壊滅です...私を逃がしてくれた兵士長も...。ミウ達は今すぐ北東向かってください、ルクニカが王都を守ってくれていますが敵の数がわからないです!」
「フレア、ここに残ってトルペタ君たちを守ってて、私は先に行く。動けるようになったら加勢よろしく。」
そう言って光/火の素早さと火力に特化したダブル・ソウル・スピリットを使って駆け出した。
魔族と交戦した地点までくると、そこには目を覆いたくなるような、地獄のような光景が合った。
頭と体が別々になった兵士の遺体や辱められた挙句に殺された女冒険者の遺体。
こんな悲惨な光景を目の当たりにするのはこの世界に来て以来、初めてのことだった。
「うっ...おぇぇぇ...げほっ、げぇ....。」
むせかえる血の匂いとグロテスクな惨状に私は胃の中のものを全て吐き出してしまう。
胃の中が空っぽになるまでひとしきり吐き出し、こんな惨劇を生んだ魔物を恨んだ。
「絶対に殺してやる....。」
皆、皆いい人だった。王都の兵は短い付き合いではあったけど、移動中にそれなりに話をした。
冒険者もそうだ、あまりかかわることが無かった他の冒険者とは、手合わせやスキル、魔法について話が弾んだ。
皆、家族や恋人がいる人ばかりだった。
職業柄、というかこの世界は死と隣り合わせなため、既婚率が異様に高い。
そんな人たちの、人生を、終わらせた魔物。
こんなところで死ぬはずじゃなかったはずだ、私達の内、誰かがサポートに居れば結果は違ったかもしれない。
より被害が広がらないためにも、特異個体の魔物を倒すために歩き出し.....私は見てしまう。
見知った顔の、遺体を。
辱めを受け、殺された鎧を着こんだ女性の兵士がふと目に入った。
王都の兵士にしては女性で兵士になることは珍しい。
「まさか.....嘘、うそうそ、うそでしょ....?」
近付いてよく見ると金色でショートヘアの活発そうな女性。
「ディーナ...?」
私が修行にオウカ国を目指す時に船を運転してくれた女性の兵士、ディーナの死体がそこにあった。
「そんな!!!!何で!!!.....そんな.....。」
私がもっと早く来ていれば、私が残っていれば。私がもっと強ければ
自分がいれば何とかなったかも、という過信と同時に、自分の力不足を後悔する。
そして浮かんだのは、魔族への憎悪。
頭の中を黒くドロドロとした憎悪で埋め尽くされていく。
許さない。
魔物を探すにしても、遺体をこのままにしておくのはつらかった。
それにもしディーナの想い人が生きていて、今のディーナを見たらどう思うか。
ディーナも見てほしくはないだろう。
私はレオの粘着力のある火を出す光魔法を模したスキルを剣から発生させ、ディーナや周囲の遺体に火をつけた。
スキルによって剣から放たれた美しい白い炎は、今の私の心の色と真逆だ。
「安らかに眠って...。もし転生したら、今度は争いのない世界でお友達になろう。」
最後にディーナに別れを告げて、私は王都へ向けて走り出した。^^