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ひがえりっ!!  作者: たぬ
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椎井ダム編その1

女子旅といえば最近ではそう珍しくもなく、雑誌やネットの記事でも特集が組まれるなど、むしろブームと言えなくもない。


しかし昭和の頃の感覚であれば、女子の一人旅など現地では怪訝な顔をされたとも聞く。


まぁ時代は令和にうつりかわり、外国人旅行客が全国各地に赴くなどすっかり旅先の雰囲気も変わってしまった今日この頃。とある 女子たちが日帰り旅を楽しむお話。





その日は5月中旬。ゴールデンウィーク明けで気候はすっかり初夏の雰囲気。


五月晴れと答えれば聞こえはいいが、実際のところ真夏並みの紫外線が容赦なく降り注ぎ、お肌には容赦ない環境だ。


(りん)はこうした太陽からの刺激には十分な対策を施してきた。


頭にはシンプルだが間違いない登山用ハットをかぶり、上はUVカットかつ吸湿発散性に優れた長袖の白ポロシャツを羽織り、下は動きやすい王道のデニムジーンズを身に付け、靴は通販で見つけた茶色のウォーキングシューズを履いている。


山ガールとまでは言わないまでも、ハイキングをするには万全な体制である。もちろん、顔や手にはUVカットのクリームを忘れずに塗ってきた。


そんな彼女だが、鉄道を下車してすぐ、駅のホームから目的の場所が目に入った際には、それこそまなざしをキラキラさせて歓喜していた。


「あれだよ、あれ!」


周りに人の目があるかどうか関係なく(実際にはほとんどなかったが) 、開口一番で叫んだ。そしてすぐさま、スマホのカメラをその目的のものに向け、連続してシャッターボタンをタップする。


鈴の目に映ったのは、約 2キロメートル離れているにも関わらず、その圧倒的な幅と高さを誇る巨大なコンクリートの構造物。


日本有数の堤高を誇る「椎井(しい)ダム」である。


よくダムと言えば人里離れた山の奥地に鎮座する・・・といったイメージが強いが、椎井ダムは盆地にある私鉄の駅から目と鼻の先。


都心からのアクセスも鉄道を使えば1時間半と日帰り圏内であるため、多くのハイキング客が訪れるスポットでもある。


鈴もネットのまとめサイトで発見して以来、 一度は自分の足で立ってみたい場所の1つであった。


「思ってたよりも近いなぁ。これなら往復で歩くの楽勝じゃん」


鈴は旅好きと公言しているものの、自慢じゃないが学校の体育の成績は 5段階のうちの2。スタミナはからっきしである。


そんな彼女ですら、駅から近いと言うことで訪れる動機になっていたのは本人だけの秘密だ。





椎井ダムは山と平地のちょうど境目にあり、駅からダム直下までは比較的緩やかな勾配となっている。


ガイドサイトによれば、椎井川(しいがわ)が氾濫の度に土砂を積もらせた椎井扇状地(しいせんじょうち)と呼ばれる地形で、水はけが良く果実の栽培が盛んらしい。


現にダムへ向かう鈴の両サイドには特産の梨畑が広がっている。秋に訪れれば直売所も設けているとのことで、想像しただけで思わずよだれがこぼれそうになった。


2キロメートルの距離と言えば、人にもよるだろうが徒歩で 30から40分といったところか。


鈴は道中終始ご機嫌なまま、鼻歌を口ずさみながら進んでいた。


「やまはど〜こ♪ ここにあ〜る♪ みどりのき〜ぎ♪ きもちよ〜い♪」


誰も耳にしたことのないオリジナルソングらしき歌詞を弾んだ声で歌う。そのさまはまるで小学生の遠足であるが、実際の彼女はさらに干支一巡りしたところである。


しばらく歌っているうちに、山々が迫ってきた。同時に、ダムの堤体もみるみるうちに視界へと入っていく。


その巨大さは、ダム直下の親水公園に到達したところで鮮明となった。


堤高149メートル、堤幅は365メートルの重力式コンクリートダムと呼ばれるタイプで、親水公園に隣接して水力発電所が設けられている。


普段はこの発電所を通して水が下流へと放流されているわけだが、 5月のこの時期は水量が豊富で、ダム中央部のゲートから定期的に放水されるという。


ダムの公式ホームページにも「観光放水」と題して具体的な放流日時が掲載されており、鈴もわざわざ鉄道の時刻表と照らし合わせてやってきたとのこと。


既にその親水公園には観光放水を見物しようとたくさんのギャラリーが集まっている。そういえば車のナンバーも近県からやってきたものが多かった。


「計算通り。タイミングもドンピシャ! 余裕を持ってきたけれど、ここまで極めて順調だよ」


鈴は今回の旅の計画にそれはもう満面の笑みで自画自賛した。一人旅とは言え、体力ないのは自分が1番よくわかっている。無理せず楽しく、がモットーだ。


それでもなんだかんだでしばらく歩いてきたし、気温も上がってきて喉が渇いてきた。そこで放水開始までの間、しばらくベンチでお茶でも飲もうと水筒を開くことにした。


しかし、カップを口につけようとした瞬間。


「隣の席、いーですか?」


突然、鈴は背後から声をかけられ、思わず飲もうとしたお茶を吹き出してしまった。さらに一瞬カラダ全体をビクッと振るわせてあたふた。そして、慌てて呼びかけられた方を向く。


すると、自分と同じくらいの年齢の女性が少々申し訳なさそうに話を始めた。


「あ、驚かせちゃってごめんネ。あたしもちょっと休もうと思って」


焦って取り乱してしまった鈴も、一瞬呼吸を置いてから応えた。


「あ、どうぞどうぞ! 私こそ独り占めしちゃってごめんなさい」


「よかったー!! やっぱちょっと暑いのでお水飲もうかなぁって」


そう言ってから、声をかけてきた彼女はナップザックからミネラルウォーターのペットボトルを持ち出すとこれ見よがしに一気に口へと運ぶ。


「ぶはぁ〜、生き返ったあー!」


気持ち良い飲みっぷりである。


日焼けしたであろう小麦色の肌にややブラウンに染めた髪、そして黒いTシャツに同じく黒のハーフパンツといった軽装。


とはいっても、派手なメイクとかはしていないので、ギャルと言うよりはどちらかと言うと体育会系かな?と鈴は思った。


一方の自分は、上から下まで肌をしっかり被った黒髪スタイル。見事に対照的だ。


せっかく自分は日焼け止め対策をこれでもかと言う程きちんとやってきたのに、小麦色の彼女はそんなことをお構いもなしにといった様子であった。


しばらくして水を飲み干した彼女は、鈴をじっと見つめ改めて自己紹介を始めた。


「あたし、ヒナタ。鳥府日(とりふ ひなた)っていいマス」


●つづく


※この作品はフィクションです。実在の人物、団体、施設等は一切関係ありません。

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