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みるくせーき・れいでぃお[そのいち]

☆あかずきんとパパ活


 夕刻の神州"神営放送"は国中に衝撃を与えた。

 放送中はそれを見るしかできない国民は混乱し、その混乱をシェアしたがった。情報社会だから。しかし、SNSも使えない、メールもNINEも使えない、固定電話は使えるがスマホで通話はできない。そうなると、自然、人は放送のプラットフォームに集結する。

 最大秒間ユニークユーザー数、じつに4800万人。

 低速モードのコメント欄にひしめきあう、人々の声。声。


 完全に日が落ちる頃、神州は人で賑わっていた。


 「ねえ~、さっきの動画、どうだった?」

 「ああ、よかったんじゃないか。人もこんなに来てくれたわけだしさ」


 よかった。ああ、よかったさ。家に帰ったらアーカイヴで何度も観返すさ。俺は何も制服が好きなんじゃない。女子高生が好きなんだ。

 こんな綺麗なおべべを着た女子高生、かわいくないはずがないじゃないか。

 純白のドレス姿の幼馴染は、今もその装いのままに巨大なわたあめを手に参道を闊歩している。


 「大変かわいらしいですよ、時雨さん」

 「トオルくんに言われてもねー」


 ぽいっ、とわたあめを放り投げると、トオルがすかさずキャッチした。飽き性の時雨にあのサイズの綿あめは食べきれない。手が空いたのをいいことに、時雨はりんご飴の屋台に突撃していった。……また飽きそうな物を。


 「りんご飴もらっちゃった~」


 にへらと笑う時雨。ああ、見てたから知ってる。かわいいな、この生き物。

 屋台をやっている式神達は皆、俺らや時雨には無償で物を差し出してくる。偉くなった気分だが、それは違う。かみさまや式神達は"下の者"ごっこがしたいだけなのだ。ずっっと長い事偉いかみさまでいると、そういう欲望が生まれてきてしまうらしい。かみさまって分からん。

 

 周りを見れば、島の外からやってきた民衆も祭りを楽しんでいるようだ。ここはほんとの非日常。日常から逃げるには、うってつけの場所だ。楽しんでいってくれるといいな。探偵の癖で、人々に目を光らせてしまう。

 

 (……そろそろ、来るだろうな)


 出る杭は打たれる。それがこの国。

 国の上層部は、神州をよく思わないだろう。言葉にこそしないだろうが、かみさまの現界をそういった人間は"侵略"と考えていることだろう。

 だからこそ、公式な対応を行う前に絶対やってくる。

 非公式に、杭を打ちに来る。


 「トオル、お前って腕に覚えあるか?」

 「ははは、ご冗談を。私は戦のかみですよ」


 マジか。全然そんな感じなかった。美容室のかみさまとか、そんな感じだと思った。髪、ツヤツヤだし。髪だけ見れば時雨と同じくらい綺麗なんだよな、こいつ。いいシャンプー使ってそう。


 「時雨さんは私が。……いえ、私以外にもかみどもがついていますので」

 「悪いな」


 さすが29年とはんぶんの付き合いだ。俺のことをよく分かっている。

 俺は長い事、一人でいすぎた。群れるのは嫌いじゃないが、やり辛い。

 ここからは仕事だ。

 クレープ屋台の前でウンウン唸って注文を悩んでいる時雨に気づかれないよう、人混みへと入り込む。


 幸せそうな人々。この島という異常に気が付きながら、それでいて平然とその異常を楽しむ。この国の人間はそうだ。皆、心のどこかで「いつもと違う何か」を探している。天災ですら時として、娯楽になってしまうほど、この国の人間は異常に「寛容」だ。

 観察しているとよくわかる。

 幸せな、人間。その群れ。

 その中にいくつかの「正常」がある。この神州を「異常」と認識している存在だ。


 (見つけた)


 伝達者(スポッター)だ。離れた場所にいる仲間に、情報を伝える役目を持つ人間。

 それは空間に溶け込むことを仕事とした、"普通であること"の天才。しかし甘い。俺の目を欺くことはできない。

 いかにも仕事帰りの、スーツ姿のサラリーマン。好奇心旺盛そうな瞳、よく見ればわかる、タイピンやバッグの装飾など、きちんと金をかけ、流行を取り入れたビジネスファッション。なるほど、確かに神州に遊びに来そうな人種だ。だが、お前は正常すぎた。

 "熱"が違うのだ。

 それは偽装できない。お前と俺だけ、この祭りを楽しんでいない。


 伝達者が仲間に伝えている情報は、おそらく時雨の居場所だ。適度な距離を保ち続けている。

 暫し、考える。

 恐らく、目的は神州の代表である時雨の殺害。政府が公式に動く前に暗殺しさえすれば、神州はこの国の歴史からなかったことにできるだろう。間違いなく国サイドの動き。

 しかし、スナイパーを発見してもどうにもならないだろう。尋問して口を割ったとして、国が非を認めることはない。ここは下手に出てやろう。

 伝達者におもむろに接近する。相手はそれに気が付かず、俺はぴったりと背後を取る形となった。


 「よう。いい夜だな」

 「あっ? なんですかアナタ」


 経験が浅いというわけではなさそうだが、動揺の色を隠せていない。慌てて携帯電話端末を隠したか。残念だがそれはうさちゃんだ。


 「うさっ!?」


 男のケツポケットにしまわれたはずの携帯電話端末は、うさちゃんの可愛いぬいぐるみになっていた。

 本物はここ。俺の手の中だ。寺島流探偵術「スリ」だ。

 「おい、返せよ!」

 飛び掛かってくる男を、片手で軽くいなしてやる。


 「まぁ焦るなよ。──もしもし? ははあ。"あんた"、アクアラインにいるね。車両からこちらを覗いている。ああ、見えちゃいないよ。ただ、分かるんだ」


 伝達者が通話で繋いでいた相手の端末から聴こえる風の音だけで、わかる。探偵だから。


 「その子を撃つのなら、やめといたほうがいいよ。俺にはあんたがいつ引き金を引くか、分かる。あんたの放った銃弾は、今ここにいるあんたの仲間に吸い込まれることになる」


 通話相手は答えない。だが、通話を切れない。切らせないのだ。

 伝達者の男も、固唾をのんで静かにこちらの様子をうかがっている。動けない。


 「別に緊張しなくたっていい。俺はかみさまじゃないしさ。……あんた、家族がいるね。まだ結婚したばかりか」


 通話口から声が漏れる。分かるんだよ。別に不思議なことじゃない。

 携帯端末からわずかに聞こえた、端末と何か硬質なものが擦れる音。指輪だ。俺ぐらいになるとその音で、指輪の「良し悪し」まで手に取るようにわかる。相手の指輪は、真新しい。


 「国に金貰って、かみさまに喧嘩売るようなヤンチャできる立場じゃねえな。

 全部捨てる覚悟ができた時、また来なよ。俺が相手してやるからさ」


 今度こそ、通話が切れた。

 俺は携帯端末を伝達者へと放り投げる。


 「あんたのお仲間は降りるようだよ。見逃してやるから今日は帰ンな」


 携帯端末を取り落としそうになり、空中で何度か躍らせたのち、伝達者は足早に去っていく。

 やれやれ。まぁ初日はこんなものか。

 秘密裏に暗殺者を雇うのは、今の時代の、この国では珍しいというか、異例すぎるくらいだ。本気なのは分かった。が、ぬるい。


 「まったく、平和な時代だよ」


 いい時代になった。暗殺者なんて、人の温かみがあっていいじゃないか。これが未来だったら電脳兵器か薬物だ。人が物理的に立ち入ってくることなんてないのだ。ああいやだ。いやだ。嫌な時代だった。


 ……ふむ。

 人に溶け込むのが控えめに言って超上手な俺は、先ほどのやり取りでも奇異の視線ひとつ向けられなかった。だが、先ほどから「じっ」と見ている視線がひとつ。

 奇異や好奇、悪意の視線ではない。なんだこれ、ふしぎな感じだ。


 「じっ」

 「何か、ご用で?」


 視線の主は、お好み焼き屋台の横にいた。

 ブレザータイプの高校制服の下に、真っ赤なパーカー。頭をすっぽりフードで包んでおり、ふわりとした赤毛が下から覗いている。

 デニール数の高そうな黒いタイツと、短くしたスカートがおっさんの目には毒すぎる。

 キュートな女の子だ。というか、うちの学校の制服だ。

 静かなアンバーアイの瞳が、じい、と俺を射抜いていた。


 「おじさん、探偵さん?」

 「へえ、名推理だねお嬢ちゃん。お小遣いやろう。名前は?」

 「へへ」


 女子高生は現金だ。話す前にまず、金を渡すのだ。財布から紙を一枚抜き取って渡した。今の俺は高校生じゃない。もちろん一番桁の大きな紙幣だぞ。思わず手が震える。未来だとね、こんな紙、ごみ切れなんですよ。ええ、未来だとね。


 「赤木(アカギ)

 「苗字でしょそれ。まぁいいや、赤木ちゃんね」


 不思議ちゃん系のオーラを感じる。時雨とはまた違うベクトルでかわいい。

 時雨は制服なんかを意外とかっちり着る、ハイパー・スタンダード女子高生。素の飾らないスペックでごり押してくる可愛さだが、たまにはこういう飾ってる系の子もいい。


 「なんで俺が探偵だってわかった?」

 「ラブホの近くで張ってそうな顔してるから」

 「まじかよ、きついな」


 きっつー。思わず顔が引きつる。さっきの"プロの大人"より余程お口が達者だ。

 今の俺のナイスミドル変装フェイスはまぁ、変装だし、今度からちょっと変えよう。どうせだから、よりシヴい感じに……。


 「私のお母さん、よく探偵に追われてるから分かるよ」

 「きっついね。同情する。同業がつらい思いさせてごめんね」

 「いいよ」


 面白い子だ。できればこういう子と毎日話してたい。なんか、ダークな向きに知性的で好みだ。俺の周り、この時代だとアホばっかりだし。両親はアホ、俺の幼馴染もアホ、担当のかみさまもアホ。頭が悪くなってしまう。──アホじゃないよ☆──ああ、そういうところだよ。そのネタもう飽きたからやめてくれ。


 「今、地の文に誰かいた?」

 「あっ、見えてた? 悪いな、いやー、恥ずかしい」


 やめろ、こういう子までその道に染めるんじゃない!


 「なぁ、よければちょっと遊んでかないか? 案内するよ。こう見えて俺、この島詳しいんだよ」

 「うん」


 やめとく。そう続けられた。

 そうだよな、ちょっとぐいぐいが過ぎたよな。事案になっちゃうもんな。


 「また話せるから。それじゃ」

 「ああ、それじゃ」


 フードを目深にかぶり、人混みに消える女の子。


 「また……?」


 話せるのだろうか。まぁ、同じ学校だし、こっちがその気になれば話せるか。

 違和感を感じる。何か引っかかる物言いだった。つくづく不思議な子だ。

 それに、どこか引っかかる。赤木と名乗った彼女の目が、脳裏から離れない。肌ツヤのいい頬が、八重歯の覗くちょっとだらしない口が。赤いフードが。ブレザーが。チェックのスカートが。気になる、すげ-気になる。やっぱり制服ってすごい。何考えてたのか分からなくなる。


 携帯端末から0年代のポップミュージックが流れてくる。時雨から着信だ。


 『今の子、誰?』

 「お前、嫉妬するキャラじゃないだろ」

 『えー?』


 不服だなぁ☆と言わんばかりの渾身の「えー」。可愛い。


 「なんか、同じ学校の子。俺今おっさんモードだけどちょっと話してた」

 『パパ活だね。ピピー! 神州平和条例に違反です! えーた君、マイナス9000ポイントです!』

 「やめろ人聞き悪い! ちょっとお話してただけだ。あと減点が雑」

 『マイナスが10点に到達する度、えーたは私の言うことをひとつ訊く義務が生じます』


 暴君すぎる。後ろでトオルの笑い声が聞こえるのが腹立つ。


 『というわけで、あんず飴を買って丘まで来てね』

 「はいはい」

 

 通話が切れる。


 「あんず飴の、みかん、ね」


 懐かしい。時雨の好物のうち一つだ。

 あんなもん、みかん缶と水あめがあれば量産できようもんだが、時雨は頑なに祭りのあんず飴屋のみかんを推している。

 懐かしすぎて涙腺が緩んできた。

 小さい時から変わらない、わがままな幼馴染の姿が脳中に呼び起こされていく。

 

 "未来"の同じ頃、俺は時雨に会いたくてしょうがなかった。

 一緒に祭りに行きたかった。アホな話をしていたかった。

 やれやれだ。俺は戻ってきて、本当に弱くなった。


 一人寂しく参道通りを歩き、あんず飴屋でみかんを買う。

 そこらの女子高生にうつつを抜かしている場合じゃない。俺はずっと、あいつと祭りに来たかったんだ。

 




☆********☆





 やけに長く感じる徒歩でゆく五分の距離。

 神州を一望できる丘地に着いた俺を迎えたのは、闇。


 「時雨?」


 そこに、時雨の姿はなく。

 芝生に落ちていた彼女の携帯端末から、ラジオが淡々と流れているだけだった。

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