彼女いない歴=年齢+29年とはんぶん[そのよん]
☆かみさまのしまのかみさま -shimauma-
あれから、トオルと二人で神州を走り回ってかみさまたちと話して回った。
とは言っても、かみさま達は優秀だ。こちらから口を出すことはほとんどなく、完璧な町とその運営が出来上がっていた。
今の神州は、グランドオープン直前のテーマパークも同然。人々が楽しめるよう考え抜かれた施設・道路・風水・ヨガ・あとはなんだ、フィーチャリングが詰まった完璧な実装になっている。多種多様な店舗にはそれぞれ、士気の高い式神スタッフが詰めている。
式神とは何か? 俺は知らない。でも、そんなのはどうでもいいのだ。要するにスタッフだ。
気が付けば、時雨の姿はない。神出鬼没系幼馴染なのだ。よく消えるし、よく現れる。未だにあいつの"かみさま"的ポジションとか、成り立ちとか分かってないからそろそろ説明してほしいが、そういう時に限っていない。
「映太さん。じきに夕暮れです。参道通りに行きましょう」
「ん、ああ。そうだな。」
俺たちは「みぎ通り」を抜けた先の神州メインストリートである、参道通りへ向かう。
参道通りは東京湾アクアラインから繋がる神路1号線につながる唯一の道で、神州で一番大きな通りである。神州は車両進入禁止であるためアクアライン側には駐車場が設えられている。
神州へ徒歩で踏み入れると、眼前に広がるのが参道通りだ。
左右に桜並木を備えた石畳の参道。ここは、神州の中央機関の所である神意杜と呼ばれる建物へと繋がる参道だ。とても今日完成したとは思えない、古刹の風情を感じさせる道だ。等間隔に並べられた石灯篭の中で、橙色の灯が静かに揺れていた。
参道通りにあると、ホスト風の好青年であるトオルもどこか"かみさまめいて"見える。一歩間違えば極道のように見えなくもないが。
「かみどもも準備が出来ているようですね。"式典"、今から楽しみです」
「ああ」
今日突如に"浮上"した神州の「シナリオ」はこうだ。
近い未来、この国が人の手によって滅びることを予見したかみさまは、人の行く末を監視するために島を作る。それが、神州。長らく人の歴史に介入することはなかったかみさまの"関せず"の原則は終わりを告げる。
かみさまの目的は、三権分立によってなるこの国の権力分立の地図に、新たなる権力「神意」を追加すること。この神州は、そんなかみさま達が住まい、神意を執行するための神聖な場所。
式典。日が沈んだ時、それは始まる。
かみさまが人間に対して行う、近現代で初の"神の発言"。
かみさまの子孫であるとされるこの国の皇が発する詔とも違う、新しい形式の人類との対話。
それはこの島の主である「幼馴染大神」たる聖帝が行う。アホのネーミングだが、しょうがない。字面を見なければあまり変な響きでないのが救いか。
物理的に存在しないかみさまの声は届かない。
だが、今この国にかみさまはいる。史上最強にかわいい神様が。
「しかし映太さん、相も変わらず鮮やかなお手前で。神々の"アバター"顔負けですね」
「そりゃあ、プロフェッショナルだからな」
俺はアホの聖帝の、最も位の高い付きの者としての"役"を持っている。役というのはそのまま、演出上、という意味だ。式典は電波ハイジャックによって地上波・デジタル放送・ウェブ配信によってなされる。動画配信だ。
そんな大役を賜ったというか、自分でセッティングした俺は、さすがに素顔で動画に出るわけにはいかない。だから変装をしている。その道一本、裏社会で知らぬ者のいない名探偵であるこの俺にとって変装などお手の物。今は寺島映太(45)の変装をしている。顔だけ。
衣装はかみさま制服だ。
かみさま制服とは、かみさまが現界する時に着る服らしい。白い軍服っぽいデザインの服で、ボタンやなんやらは純金で出来ている。俺はセットの軍帽もきっちり着用した。(トオルはつけていないようだ)
トオルが言った「アバター」というのは、かみさまが現界する時の「見た目」のことを指すようだ。天上界では存在の見た目は固定されておらず、物質界である下の世界に来る際に見た目を固定する必要があるらしい。時雨の「feat.かみさま」モードの時の見た目もアバターだ。だから、あいつはそれで動画に出ればいい。お友達にバレる心配はない。
「しかし。トオルのアバターって、なんでそんなホストっぽいんだ?」
「ホスト? ああ。よく映太さんがラブホテル前で不貞現場を押さえる写真撮影をしていた人種ですね」
「全体でみるとそんなにホスト率高いわけじゃないからな、それは偏見だ」
「ふむ。私のこの見た目は、私が以前担当していた方の姿なんですよ。トオルという名前の、平凡な男性でした」
へえ。なんか深そうな話題だから聞かないでおこう。
参道通りを少し歩くと、縁日の出店のような屋台がずらりと並んでいる。参道通りから外れた小道にもちらほらと屋台があり、祭り灯が目にやさしく映る。この神州のコンセプトは"永遠のお祭り"。365日無休で、毎日こうしてお祭りが行われる。
かみさまが出歩くのは、夕暮れから日の出までの時間だけ。
かみさま達は人間に成りすまして、お面を被って出歩くのだ。
「お前もお面つけろよ。コンセプトから外れるだろ」
「いいじゃないですか。私はこの見た目が気に入っているんです。……それに映太さんと時雨さんもお面はつけないじゃないですか」
「まぁ、そうだけど」
仮面は、かみさまと人間を分かつ境界。仮面のかみさま達を見て、俺はそう感じた。だから、どうしてもそれを付ける気にはなれなかった。
「さて。時間ですね」
どこからともなく祭り拍子がきこえてくる。
日は沈み、灯が闇を照らす。
遠く。神意杜から「しゃりん」と鈴の音が静かに聞こえてくる。
LIVE。そう、LIVE。それってつまり生配信中。
「さぁ今日もやっていきましょう。視聴者の皆さん、こんばんは。トオルで……ハッ!?」
「29年とはんぶんで出来たであろう悲しい癖は直せ」
「はは、すみません。私としたことが」
今、この国のあらゆる「ディスプレイ」にはこの配信風景しか映らない。医療用端末や交通系など、致命的な被害が出る物はどうなんだって? それは例外だ。かみさまだから、うまくやっているのだ。
手持ちの携帯端末を見てみる。
いかにもな感じの、和楽器の音楽が静かに流れる中、やけに国語のCD風の音声でナレーションが流れる。画面右手下には、なんか手話をしているかみさま。下部には、白い字幕文字。左手上にはゴシック体で時刻が表示されている。……これ作ったかみさま、人間が好きなんだろうなぁ。
俺達のいる参道通り入り口からさらに進んだところを映している。祭り灯に照らされる桜と、仮面のかみさま。あ、今誰か手振ってたぞ。ゆるい。ゆるすぎる。
『ここは神州。かみが暮らす島』
『長きにわたり、この国を皆さまの手にゆだね、見守ってきた私達、神。この国の歴史が永世に続くものと信じて疑っておりませんでした。そして今日、これを聴いている皆様もまた、この国の歴史の終焉を想像してはいなかったでしょう』
『しかし、悲しいことに皆さまにお任せしたままではこの国は終わりの日を迎えます』
『今から29年とはんぶんの後に』
「ふむ。もっと大本営発表みたいにしたほうが、かっこよくなりそうじゃないですか?」
「なんだよその趣味。それやったら、この国終わるとか言い出せないだろ」
『今日、この日ヨリ私達は人間社会へ介入するものとスル』
ほら、ちょっと寄せてきちゃったじゃん。
『この時を持って、この国では人の法で裁けぬ悪、道徳から外れ、人に仇なす存在は"神意"によって裁かれます』
詳しくはWeb、フリー・ダイヤルで。
『神意とは、私達神々の意思です。これから、神意の最高執行者である神州の主、聖帝・おさななじみのおおみかみが皆様にまことのみことのりを述べられます』
しゃりん、しゃりんしゃりんりん。りんりんりんりん。
バックに聞こえていた鈴の音が乱れる。BPM上がってる。
『せ、聖帝様! お戻りになってください!』
『聖帝様! 段取りが違います!』
画面に飛び出した白い影を止める、仮面のかみさま達。おおくにのぬし、あまてらすおおみかみ、うかのみたま、など、などなど。画面に文字が入り、かみさま達の下に名前が表示される。やめてやれよ、そんなシーンで。
画面に映るは、白桃色のロングヘアーを靡かせる、神々しい系女子。豪奢な白いドレスに身を包み、手にはなんか、法師とかが持ってそうな金の錫杖 (さっきからうるさいのはこれ)を持っている。黙っていれば絶世の美少女だが、やんちゃな表情に顔を歪めている。にへら。いや、それでも評価は変らないか。可愛いな。
おさななじみのおおみかみこと、時雨である。
りんりんりん。
とたとた。足音が近づいてくる。
『やっほー☆ 人間のみんな、みてるー?』
りんりん。俺とトオルを追い抜いてアクアラインのほうまで駆けていきやがる。当初の段取りでは、全員のかみさまを引き連れた時雨の隣に、俺とトオルが静かに列に加わって神聖な雰囲気で"まことのみことのり"を述べるシーンだったはずなんだが。
トオルと顔を合わせる。彼は肩を窄めて、少しばかり楽しそうにほほ笑んだ。やれやれってか。
『まことのり。
難しいこと言っちゃってたね。ごめんね。簡単に言うね』
俺とトオルが時雨を追いかける。
その後ろ、参道通りからは大勢のかみさま達が走ってきている。これ、セカイ系じゃない。ドタバタ系だ。
『今日から、わるい人には消えてもらいます。いい人はなかよくしましょう。
法で裁かれないおともだちは、メッしようね。法が守ってくれなかったお友達は、わたしが守ってあげるね。
それじゃみんな、神州に遊びにきてね☆
お相手は私、聖帝でした』
この夜、ぱちこん☆と完成度200%のウィンクが全国に配信された。
かみさま歴元年、その最初の日のはじまり。
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