伝説のVtuberの息子 ~ミラクル☆時間旅行~ [そのに]
☆ざっくりベースで30年くらい前だよ -Tsumari SAKKI-
雲一つない青空。照り付ける日差し。時刻は8時27分。それは始業3分前。
春の陽気と一言で済ませるには乱暴な現在の気温は摂氏26度。ものの数分前にNINE──現代のコミュニケーションアプリ──で幼馴染に呼び出され学校の屋上へと急ぎ駆け付けた俺の体感温度はゆうに30の大台に乗っていることだろう。有名な作家がデザインしたらしい学校指定の紺色ブレザーを屋上のからっからに乾いたコンクリ床へ叩きつけ、俺をここへ呼び出した"厄介"を探すべく、まだ視力の良好な若い両の目が屋上の景色を徘徊する。
落ちているブレザー。学生がよく使っている薄っぺらい生地の紺色スクールバッグ。風化した学生証。カップラーメンのごみ。ブレザー。ブレザー。どこを見渡しても、幼馴染らしきものは落ちていない。
なんだか急にあほらしくなり、深くため息をつく。時刻は8時30分。チャイムが鳴る。寺島映太の無遅刻無欠席記録、入学11日目で終了。
「おはよー」
気の抜けた炭酸ガス──コーラよりはウサギ・レモンに近い──みたいな声が背後から聞こえた。悲しいことにこの生涯で親の声よりも聞いた声。彼女、幼馴染の樋上時雨の声だった。
なぜお前は俺を朝、それも始業前に呼び出したのか。なぜ遅れてくるのか。なぜ謝るポーズがなさそうなのか。なぜだらしない寝ぐせの髪がちょっと愛らしいのか。なぜ男子のブレザーデザインは平凡であるに関わらず女子のブレザーデザインはちょっと可愛いのか。なぜ女子高生というだけで全てが俺の中で許されてしまうのか。……俺には、もう、分からない。
「暑いな」万感の籠った一言が口から、ただ、出た。
「そうだね」
時雨はじっとこちらを見つけ、何を考えてるのか分からない綺麗すぎる瞳のまま、口を開いた。
「えーた、ちょっと真面目な話ね」
真面目な話ね。どうぞ続けてください。一現目欠席で腹は決まりました。
時雨は真面目な話の時も、そうでない時も、俺を"えーた"と呼ぶ。映太だから、えーた。いいニックネームなのだが、時雨以外にこの呼び方をする人間はいない。理由はいずれまた。
「私、かみさま……っぽいんだよね」
「"っぽい"、と来たか。知ってたよ。今まで十数年つるんできて、ただの人間だと思ったことはついに一度もなかったからな。それで、何大陸系神話?」
この手のおバカなカミングアウトは今まで散々されてきた。やれ親が大将軍の末裔だ、やれ宇宙人だ、やれ100年に一度の大天才だと。この幼馴染という生き物、多感な時期に天性の見目のせいでまわりからチヤホヤされすぎたがために、脳がフラットになってしまっているのだ。兎角、自分を特別だと思い込み……いや、思い込まされがちなのだ。
「いやそれがもう、マジ☆っぽいわけ。私の中のかみさまがえーたに会いたがってるんだよ。見てろよ見てろよ~」
時雨はお目目にお星さまを浮かべたまま、俺のまわりをうろうろし始めた。
一周、二周……三周を過ぎる頃。
なんか、違和感があった。
四周、五周。
時雨の髪がちょっとずつ、伸びている。薄桃色のありえん色素の目立ちすぎる髪は徐々に色を失い、さらに薄く、白銀に近づいていく。
「お前、髪……」
時雨は頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、ぴたりと止まる。くるりんとこちらを振り向き、炭酸の抜けてないコーラみたいなちょっと爽やかみがアップした声を発した。
「そう、かみだよ」
そうなのか、神なのか。ちょっと光ってるのはそのせいか。
「15年といくばくかの年月、見守ってくれてありがとう」
「どういたしまして。これからも宜しくしてやるから、そのテンション不気味だし早く戻ってくれ」
「うん、役目が終わったら戻るよ」
幼馴染 feat.かみさまは長く伸びた後ろ髪をさらりんと手櫛で風になびかせちゃったりして、こちらをじっくりと見据えて言葉を続ける。
「じゃあ本題です。えーたには日本の未来を見てきてもらいまーす」
嫌でーす。華々しい(予定)高校生活が始まったばかりで、何が悲しくていきなり社会に放り出されなくてはならないのか。未来っていうのはつまりそういうことだろ。
「じゃあ、やるね☆」
「まっ、待て! せめて理由聞かせろ! あとマジ?」
「マジ☆」
じゃっ、と軽くウィンクして、幼馴染 feat.かみさまは綺麗なおててを俺に向ける。
理由は聞かせてくれないのかよ。
マジな目をしている。お星様がお目目の中をキラキラ泳いでいるんだから。そういえば、目の色もちょっと違う。カラーコンタクトのよう、と表現するには無粋な、キャンディカラーの瞳。かみさま色だった。
「god checkout feature/a-ta」
綺麗な声で、無機質な言葉の羅列。
待ってくれ、この際理由はいい、その分散バージョン管理システムのコマンドみたいな呪文はなんだ!
「教えてくれ……」
空しく伸ばしたその手の先に、かみさまはいなかった。
ただ青い、雲一つない空が広がる景色。
それから29年とはんぶん、俺と幼馴染が会うことはなかった。
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「っていうのが5分前の出来事だよ」
「あれ? おかしくないか。俺、30年前……というかその5分前まで、別に女子高生好きじゃなかったろ」
「え? マージミスっちゃったかな?☆」
「その特定業種にしか分からなそうなボケやめろ。お前、まじで俺な……30年……」
「うん」
きつかったよ。
この国の未来は暗い。俺らの世代、ただ生きていくだけでも難しい、そんな時代がやってくる。
この学校でできたダチは皆30を前にして死んだ。お前の友達だってそうだ。俺だって、何度も死にそうになった。
またあの30年を繰り返すくらいなら、俺はもう、いい。
「うん。つらかったね」
気が付けば彼女の胸の中で泣いていた。45のおっさんが。体は16だから許されるかな。よしよし、よしよし。ダメだ、これは許されない。事案だ。
こいつのバカな態度が、30年ぶりに沁みた。
「そんな未来、変えちゃおうよ。つらい思いさせてごめんね。もう、誰もつらい思いしない国にしよう。
えーたのきもちと、30年の生きざま。かみさま達に伝わったよ。
もう大丈夫。この国はもう、"ヒト"の勝手にさせないから」
えーた。時雨にまたそう呼ばれて、心の底から安堵する。
「私と変えよ、この国」
「ぐすっ。オーケー。具体的なプランはあるか? 実行するにはどれくらい予算がいる?」
「……いやなオトナになったね、えーた」
「ほっとけ」
幼馴染 feat.かみさま with 俺。
失うはずの30年を、書き換えよう。
うさちゃんの夜はもう、ごめんだ。