一目惚れ
※この物語はフィクションです。
絶対に真似しないでね!
ぺディシオンは今まで通り、芽取り室で黙々と金柑のど飴を舐めながらじゃが芋の芽を剥いている。傷んだじゃが芋を取り除く作業に新しくコーリンが加わった。挽肉の味付け・成型工程は、エインとアイリーン、そして、ピアズとシルヴァ。検査工程の場にはシャルロットとアヴァロ。梱包作業にはエリッサが割り当てられている。へヴンズ物流センターに冷凍コロッケを運んで帰ってきたマカロとチュンチュンはリンリンから説明を受けて、チラッと彼らの様子を窺う。
「はじめまして、仲良くしようね。シャーロ君」
「シャロンだよ。ぼく、姉さん以外にその呼ばれ方されたくないんだよね。よろしく、後輩のコーリン君」
傷んだじゃが芋を力いっぱい握り締めて黒く笑うシャロン。その気配に気づかないのか、コーリンは彼と友達になろうと様々なことを聞いていた。そんな彼らのやり取りを見ておばちゃんたちは、温泉にでも入っているかのように頬を赤らめて、にこやかにその光景を眺めて作業をしている。さすがレベル999なだけあって、全体的なスキルが高いコーリンはシャロンの1.5倍の速さでじゃが芋を選別していた。
(このクソガキ……ぼくのポジションを奪う気か)
おばちゃんたちには純粋な天使二人が仲良く仕事をしているように見えているようだがシャロンの性格を知っているマカロには彼の心の内が目に見えてわかる。
エインとアイリーンは、ピアズとシルヴァと一緒に挽肉の味付けをしている途中であった。へヴンズフーズの冷凍コロッケには、隠し味の「へヴンズソルト」というものを入れるのだが人生の中で一度も物の分量を量ったことの無い王女シルヴァは、挽肉が隠れるほどへヴンズソルトをドバッと入れてしまう。
「あんた、隠し味って言ったろ!? 3袋も入れるバカがどこにいるんだい!」
「……シルヴァ様の失態は私の失態。私に名案があります」
そう言うとピアズは、挽きたての挽肉を新たにミキシングマシーンの中へ放り込む。ちょっと量が多かったようだ。肉が機械からはみ出ている。悲鳴を上げるミキシングマシーン。慌ててリンリンが回転スイッチを止めた。
「王女と騎士って、頭悪いのねー。こんな簡単なこともできないなんて」
「ほんと。レベル36のボクたちにもできるのに、ね。アイリーン」
クスクスと馬鹿にするように笑うアイリーンたちに、ピアズは悔しそうに顔をしかめる。しかし、シルヴァは誇らしげに
「そういう環境にいなかったものだから、ごめんなさいね」
と、自分たちが向こうの世界で受けていたビップ対応について語り始めた。宿屋に行けば無料で大盤振る舞い。コロッケなどという庶民の食べ物は口にしたことがないのだと言う。当然自炊をしたこともなければ野宿をしたこともない。シルヴァの自慢は止まらなかった。
「ふーん、じゃあまずは隠し味の味を知ったら? 王女様!」
アイリーンが袋から一握りのへヴンズソルトを取り出すとシルヴァ目掛けて放つ。まるで悪霊でも祓うように。するとピアズがジルヴァの前に出て、それを全身に浴びた。
「大丈夫ですか。シルヴァ様」
「ええ、貴方こそ。よくもやりましたね。お返しです」
同じようにアイリーンにへヴンズソルトを袋ごと投げ返すシルヴァ。それはアイリーンの顔面に直撃する。臆病者のエインは咄嗟に袋を避けてしまったのである。静かにエインの方を見るアイリーン。その顔は怒りに満ちていた。
「うふふ。これが信頼の差ね、負け組勇者さん♪」
シルヴァの言葉にカチンときたアイリーンは、エインの頬をぐいーっと引っ張って、
「……ミンチがいい? 平手がいい?」
と、問いかける。怯えながら平手と答えたエインの様子を見てマカロはその場からさっと逃げ出すように検査工程の場を見学しにいった。そこには、陽気な歌と笑い声が響いている。アヴァロの歌と、シャルロットとシュンシュンの笑い声であった。
「コロッケに天使の華を咲かせたまえ。食したものに祝福を」
アヴァロが小さなハープを奏でながら、歌を詠うと、冷凍コロッケは金色に輝き、その中央に天使の羽の紋章が浮き出る。出来上がったコロッケの試食をした作業員は、そのあまりの美味しさに驚いていたようだ。アヴァロの歌声に合わせてシャルロットも同じように詠いだす。シュンシュンは異物が紛れていないかチェックをしながらその様子を見て微笑んでいた。
(こっちは大丈夫そうだな)
安堵の表情を浮かべその場をあとにしたマカロは、鼻唄交じりにリズムよく梱包作業をしていたエリッサを見て一目惚れしてしまった。
「おや、アンタが発送係りのマカロかい? アタシはエリッサ。よろしく」
「よろしく……です」
コロッケを梱包する際に揺れる大きな胸。そして大きなお尻。頼りがいのありそうなしっかりとした女性であるエリッサにマカロは魅入ってしまう。さすがセクシー・ダンサーだ。その横を魔王ディオウスが通りがかったが誰も彼に気づかなかったようである。チュンチュンに促されてマカロはアヴァロの歌によって美味しくなった冷凍コロッケを軽々とトラックに運び、再びへヴンズ物流センターへと向かっていった。