救世主たちと仕置き人
※この物語はフィクションです。
絶対に真似しないでね!
「みんな! エインが大変なの!」
声のする方へ駆け寄るアイリーンであったが、赤い霧の中に見えたシルエットは人間のものではない。おそらく騒ぎを聞きつけたヘルグループの社員である魔物であろう。このままではまずい。彼女はボーっと突っ立っているエインの腕を掴んで反対方向に全速力で走り出した。
「逃がすか、小娘!」
だが魔物の方が素早くすぐに追いつかれてしまう。アイリーンは一匹の大きな魔物に髪を鷲づかみにされ、その痛みで聖剣シルヴァラールを手から離してしまった。同時に引っ張っていたエインの腕も放してしまう。
「痛っ! 離しなさいよこの畜生が! エインも攻撃しなさいよ!!」
複数の魔物に囲まれた危機的状況の状況を変えたのは一つの矢であった。それは一匹の魔物に当たり注意力のそれたアイリーンの髪を掴んでいる魔物の手が一瞬緩む。その隙を見てアイリーンの特殊スキル「急所狙い」で魔物のこめかみを手刀でダメージを与えその手から抜け出した。
「何者だ!」
矢が放たれた方を向く魔物たち。相当怒っている。
「貴様に名乗るような安い名ではない。すぐにその娘から離れろ」
聞き覚えのある声がする。段々近づいてくる影は人間の形をしていた。
「やぁ! 助けに来たよ。エイン、アイリーン!」
見えてきた人影は紛れもなくかつての仲間たちと最強勇者一行である。二人に呼びかけてきたのは視力のいいシャロンであった。彼は弓を構えて次の魔物を狙っている。
「スパイダードール!」
その言葉が放たれた瞬間、魔物たちは全員動けなくなってしまった。そこには堅いピアノ線の様なものを複雑に絡ませている可愛い人形数体が見える。おそらくシルヴァの技であろう。そしてカシャラカシャラと鎧の音が近づいてきた。それに続いていろんな足音がする。
「ま、待て待て! お前たちはここでのルールを知らないのか!?」
一匹の大きな魔物が慌てながら命乞いでもするかのように早口でルールを説明した。地獄では仕置き人と呼ばれる魔物たちがヘルグループという会社で働いている。エインを襲ったキャンキャンという者はエイン担当の仕置き人なのだそうだ。仕置き人は一人に一体ずつ当てられ文字通り地獄の裁きを下すというものであると言うが……
「私達を大人しくさせたいのであれば貴方方が強くなりなさいな」
「仕置き人は倒す毎に強くなっていくがな!」
シルヴァの声にガッハッハと大声で笑うヘルグループの仕置き人たち。その声を静かにかき消すようにハープの音がポロロンと混ざる。赤霧の中から現われたのはアヴァロだ。彼は鋭い眼光で一つの歌を詠う。
「愚か者たちよ 泥濘の中で永遠に眠るがいい」
その歌を聴いた仕置き人たちは全員その場で眠りこけてしまった。アイリーンがそれらを足蹴りにしても起きる様子はない。それをジーっと見つめていているエインを引っ張りながらアイリーンはみんなと合流する。そしてエインがおかしくなってしまった事情を話した。
「それなら、アヴァロの歌でどうにかできるんじゃないのか?」
ぺディシオンが腕を組んで提案をする。アヴァロがエインの様子を見ていろんな歌を詠ったが効果がなかった。コーリンの召喚獣で、仲間の状態異常を癒す「ユニコーン」を呼び出しても何も変わらない。シャルロットの状態異常回復の魔法も効果なしである。地獄で一度死んでしまった者の感情は元に戻らないのだ。少なくとも今の彼らではエインを元に戻すことは出来ない。
「今のコイツは足手まといだ。誰か負ぶってやれ」
ピアズが言うと、力持ちのマカロがエインをひょいと持ち上げる。エリッサがそれを見て
「やるねー♪ まぁなんとかなるさ。これだけの人数がいるんだから」
と小躍りをした。僅かだがみんなの緊張が解けてくる。マカロは頬を染めてエリッサに背を向けた。気付かれていないようだがこれはエリッサの特殊スキル「エール」である。このスキルによってみんなの士気が上がっていった。
「このまま地獄にいちゃまずいよ。天国に帰る方法を考えないと!」
コーリンが真剣な表情で言う。アイリーンとエイン以外のみんなはダンダバ社長の言葉を思い出した。それは、感情を失いし赤髪の天使を連れ戻すというミッションである。しかし果てしない地獄の中で名前も姿も分からない者を探し出せるだろうか。不思議そうに首を傾げるアイリーンにもミッションの事を話した。
「とにかくここから動きましょう。はぐれないように気をつけて」
アイリーンにしては慎重な判断でみんなを動かそうとする。エインが一度死んでしまった原因は自分の性格にあると自覚したのだ。彼女は虚ろなエインの目を見て悔しそうな顔をする。
――その頃、魔王ディオウスは……
「おーーい! みな何処へ行ったー! 我はここにいるぞぉおー!!」
完全に忘れ去られていた。




