狼男の厨二病
※この物語はフィクションです。
絶対に真似しないでね!
エインたちがエアーシャワーから出ると、霧吹きタイプの消毒液が見えた。そして横には箱に入った青いビニール製の手袋がある。リンリンは二人に、手の消毒と手袋を着用するように言った。
エインは言われるがままアルコール消毒をしていたが、ここでアイリーンが第一の復讐を思いつく。
「ねーぇ、エイン? もう怒ってないからこっち向いて」
「本当かい!?」
エインがくるっと振り向いた瞬間、彼の顔面に向かって消毒液が勢いよく噴きかけられた。
「ぐぁああああっ!?」
彼は染みる両目を押さえて悶絶の声をあげる。
「んなわけないでしょ」
消毒液を握りしめてフンと鼻息を鳴らすアイリーンに、
「ですよねー!」
と、びちょびちょの顔をタオルで拭きながら笑うエイン。その目は真っ赤だ。様子を見ていたリンリンは、呆れたように手を額にやって彼らを持ち場へと案内する。
途中。
シャロンが、洗濯機のように回る自動皮むき機から、皮がむかれたじゃが芋が彼のベルトコンベアーに流れてくるのを、手際よく選別しているのが見える。
「これは良いジャガイモ~♪ これは悪いジャガイモ~♪」
シャロンの歌声が聴こえた。彼は、その愛嬌や仕事ぶりから、おばちゃんたちから可愛がられているようで、終始にこやかな作業現場となっていた。
それを羨ましそうに見るエイン。
「――リンリン姐さん、芽取り作業室がなんかウザイことに!」
身体の小さな小太りのおばちゃんが息をぜいぜい吐きながら走ってくる。それを聞いてエインとアイリーンは、狼男のぺディシオンの習性を思い出す。彼は丸いものを見ると――
「この無数の丸い心臓を抉るかのごとき我が宿命。剥かれるがいい! 我が爪で刹那に剥かれるがいい!! 喰らえ! 皮煉獄爪!!」
厨二病になるのであった。
こうなったぺディシオンはとにかくうるさい。芽取り作業室まで様子を見にいったエインたちは、室内に鳴り響く彼の厨二台詞を散々聞きながら溜息をついていた。
「どうしましょう、リンリン姐さん。あのワンコ、うるさいだけで手は遅いんです。他の作業員の迷惑にもなりますし……」
その間も、ペディシオンはじゃが芋をころころ転がしながらピューっ、と大きな口笛を吹いている。
「あんたたちの仲間なんだろ? どうすれば黙るんだい、あの犬ッコロは!」
リンリンがあまりのうるささに癇癪を起こしてぺディシオンを黙らせる方法をエインたちに聞いてきた。アイリーンが、
「金柑のど飴を舐めている間は大人しいわよ」
と言うと、リンリンはおばちゃんたちの中から金柑のど飴を持っている者を探し、ぺディシオンにそれを与える。
すると、今までうるさかった彼は、まるで魔法から解けたかのように黙々とじゃが芋の芽を取り除いている。カラカラとのど飴の音を鳴らしながら。
「……なんだ? 持ち場にはつかなくていいのか」
何事もなかったようにそう言うぺディシオンにリンリンは、ふぅっ、と疲れたように溜息をつく。そして、ようやくエインたちを持ち場である、挽肉の味付け工程の場へと案内した。
そこには挽肉機や、すり潰したじゃが芋を、味付けされた挽肉と混ぜ合わせる機械等が備えられてある。
それらを見て嫌な予感がはしるエイン。彼がそっとアイリーンの方を見ると彼女は悪意に満ちた満面の笑みを浮かべていた。
(なにこの危機的状況……!)
挽肉機からうにょっと出てくる赤いミンチを見ながらエインはマスク越しに白目をむいて蟹のように泡を吐く。リンリンはそんな二人を見て
「ちゃんと仕事をしておくれよ、頼むから」
と眉間にしわを寄せて言った。その表情は不安でいっぱいな様子であった。