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失われた感情

※この物語はフィクションです。

 絶対に真似しないでね!

 エインが辺りを見回すと、緑色の泥濘ぬかるみに霧状の赤い雲のようなものが発生している。目が霞んでうまく物が見えない。果てしなく続いているように見える世界。彼はとうとう地獄に来てしまったようだ。エインは後ろを振り返って魔王ディオウスを含む仲間の名前を呼んだ。しかし返ってきたのは元気なアイリーン一人だけの声である。


「え? え? みんなは?」


「知らない。さぁエイン、久々に魔物モンスター退治を始めるわよ」


「ボクたちには戦闘ロスがあるし腕が鈍ってるかも……それに二人だけじゃ不安だよ」


「――あ。魔物モンスター


 アイリーンがエインの背後を指差した。臆病者の彼は素早く逃げの体制に入る。しかしアイリーンは聖剣シルヴァラールを構え戦闘態勢に入った。霞んで赤黒く見える影はそこそこ大きい。名前も姿もわからない魔物モンスター相手に彼女は勢いよく横一文字を描くよう聖剣シルヴァラールで斬りかかる。しかし……


「アイリーン、危ない!」


 エインがアイリーンの腕をぐいっと引っ張って退却するように叫んだ。彼女が不満の声を漏らそうとすると次の瞬間ぺディシオンや魔王ディオウスよりも鋭く大きい爪が二人を襲うかのように振り下ろされる。間に合わない。そう思ったエインは咄嗟とっさにアイリーンを突き飛ばしその爪に裂かれた。


「エイン!」


これは俺様の玩具サンドバックだ……死ぬのは一度目か。良い震え方だ」


 アイリーンが目にしたのは両腕だけが妙に発達したゴブリンのような厳つい魔物モンスターである。その歪な姿に怯えることなく再び聖剣シルヴァラールで斬りかかるアイリーン。頭に血が上っているのか縦一文字と横一文字を交互に行う「十字斬り」という技を咄嗟に思いついたままに放った。しかしそれは軽く避けられてしまう。謎の魔物モンスターに回り込まれたアイリーンは死を覚悟したが不思議と攻撃してこない。魔物モンスターの爪先にはエインの赤黒い血が滴り落ちていた。


「仕方がないな、説明してやる。俺様は(有)ヘルグループの平社員キャンキャン。主に天国での行いが悪かった奴に仕置きをするのが俺様たちの役目なのだ」


「うっさい死ね!」


「ぎゃーー不意打ちはずるいんだぞーー!!」


 アイリーンの特殊スキル「急所狙い」が発動する。キャンキャンはその場で倒れ何かを言い損ねたような素振りをしてアイリーンの方を見た。そしてその場から煙のように消え去る。静かになった地獄の空間。そんな中、ヒューヒューというエインの今にも途絶えそうな息遣いが聴こえてきた。アイリーンは横たわる彼の身体を揺さぶってエインの名を呼ぶ。


「はは、大丈夫。また蘇るから、君を守るために……」


 そう言うとエインの目から生気が消えた。


「エインーーーー!!」


「……んぁ?」


「はっや!!」


 何事もなかったかのようにスクッと立ち上がるエイン。少しだけだがボーっとしているように見える。彼は目の前で涙を溜めているアイリーンを見やると、


 「どうして泣いてるのアイリーン」


 と光のない目で言った。明らかにおかしい。そこでアイリーンはリンリンの言葉を思い出した。地獄に逝った者は徐々に感情を無くすという事を。


「ここは地獄よ。怖くないの?」


「……もう慣れちゃったかな。住めば都って言うし」


 その言葉に驚くアイリーン。いつものエインなら「怖いに決まってるじゃないか」と返すはず。エインは一度地獄ここで死に、「恐怖」という感情を失ってしまったのだ。


「……嘘でしょ、エイン」


 アイリーンがボーっとしているエインを見つめながら肩を揺さぶる。彼はどこか上の空だ。そこに複数人の声が二人のもとへと聴こえてきたのであるが……

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