ずぶ濡れのハグ
※この物語はフィクションです。
絶対に真似しないでね!
一方その頃エインは、なかなか寝付けず、二段ベッドの上段でゴロゴロと何度も寝返りを打っていたのであるが、それを鬱陶しがったピアズが、嫌みったらしく彼に背を向けて寝返りを打つ。そんな時、彼らの居る部屋に激しいノックの音と声が。それはシルヴァ達のものであった。
「アイリーンが寮を抜け出してしまいましたわ、エイン!」
シャルロットの声を聞いて、布団をバッとめくり上げるエイン。彼は、急いで起き上がり、駆け足で扉を開けると、彼女らに事の全てを聞く。事情を知ったエインは、青ざめた顔をして、一人寮の外へと駆け出して行った。シルヴァたちはその速度に追いつけずに、はぁ、と息をついて、
「私達は私達のペースで探しましょう」
と、月明かりに照らされた地面を見ながら言う。僅かだが、水滴が落ちている跡を見つけたエリッサが、それを追いかけるように促した。
「シルヴァ様。我々も同行します。夜道は危険ですから」
そう言って、ピアズたちも彼女らの後をついていく事になる。ランランも意気揚々と気配を消して隠れながら後をつける。
「アイリーン! どこに行ったんだい、アイリーン!」
茂みをがむしゃらに突き進むエイン。すると、突然木陰からガサッという大きな音がした。それに怯えて立ちすくむ彼が目にしたのは、濡れた髪で顔全体が覆われた、人らしきものの姿である。周囲はびしょびしょだ。
「ひぃいい幽霊ぃいいっ!!」
臆病者のエインは、四つん這いになって逃げようとする。そんな彼を捕まえるように、幽霊といわれた者は、エインの後ろ側の襟を掴むと、濡れた髪をかきあげた。顕になった素顔を見て、彼は驚いたように、
「アイリーン!!」
と大きく叫ぶ。その声はシルヴァたちにも聞こえたらしく、遅れて二人の姿を確認した彼女らは茂みに隠れ、様子を伺うようにした。
「どうしてこんなところに居るの? 風邪引いちゃうよ」
「……天使は風邪引かないもん」
「じゃあ髪乾かそう? 寒いでしょ」
「どうしてここに来たの」
「え?」
エインはアイリーンからの唐突な質問に驚く。彼女は、裸足の彼に刺さった木片の傷に目をやりながら、返答を待っている。僅かだがまだ血が出ていた。エインは、当然のように、
「君の事が心配だったからさ。それより戻ろうアイリーン」
「どう心配だった」
「えっと……こう、胸がギュッと締め付けられて、居ても経ってもいられない気持ちだったよ……これだけは言わせて。なんだかんだあっても、ボクは君の事を好きだし、喧嘩もするけど、しっかりものの君が大好きなんだよ」
エインが覚悟を決めたように言うと、アイリーンはエインの頬をギュッとつねって、
「……そこまで言わなくていい。ばか……」
と、濡れた身体でエインに抱きつくアイリーン。彼女がこんな愛情表現をしたのは初めてである。その様子を見て、シルヴァたちは安心したようにその場からゆっくり去っていった。良い顔をしないのはランランである。折角のお色気作戦が失敗したのだ。彼女は悔しそうに口を歪めながら、寮へと戻っていく。
その道中。
「……お前さん、ディオウスに何か言われたか」
珍しくアヴァロがぺディシオンに語りかけた。
「何のことだ」
と、白を切っていたぺディシオンに、彼は一つの歌を詠う。
「真実の口を開け そなたは何者か」
「ぺディ、シオン……オレは一体……そうだ! 大変だぞ!」
アヴァロの歌に自我を取り戻したぺディシオンは、魔王ディオウスたちの企みを急いでみんなに話す。それを聞いたシルヴァたちは、エインとアイリーンに事情を説明すべく、寮の入り口で彼らを待っていた。本当なら、あのままそっとしてあげたいのであるが、事が事である。事態が複雑化しないうちに、できるだけ食い止めたいというみんなの心配りであった。二人が手を繋いで帰ってくる。シルヴァを見るや否や、敵意を向けるアイリーン。
「そう怖い顔をするものではないですよ。お二人に大事な話しがあります」
「……いいわよ、聞こうじゃない」
シルヴァたちの間に、申し訳なさそうに、そっと立つぺディシオン。異様な空気を感じたのか、エインとアイリーンは、お互い濡れた服のまま目を合わせ、寒そうに彼の話を聞いた。
(じゃあ、こういう作戦はどうだい?)
エインがみんなにひそひそと何か言っている。それを聞いたみんなは、彼の作戦とやらに乗った。果たして彼らの作戦とは何なのか。




