(有)へヴンズフーズ
※この物語はフィクションです。
絶対に真似しないでね!
「え、え。ここどこ? ボクはどうなっちゃったの?」
天使の輪っかが頭上に浮いているエインは動揺している。彼は二人の厳つい作業着のおばちゃんに、1機の使い込まれた巨大冷蔵庫が見える製造ラインから、裏口を通ってロッカールームへ案内された。
そして有無も言わせずに、彼の持っていた双剣と装備品は身包みはがされ強制的にピンクの作業着に作業帽、大き目のマスクを着させられる。
「ちょっ……! 待ってください。訳が分からないですボク」
「あぁ! ここは冷凍コロッケで天国一のシェアを誇っていた【有限会社へヴンズフーズ】の製造ラインよ。でも今は機械が壊れてきていて、金属片が混じっていたとか味が落ちたとか言われてさ。売り上げはだだ下がり。若者もどんどん辞めていくし、その上コスト削減のために作業員が大量に解雇されちゃって困っていたところなの。来てくれてありがとう。あなたの名前は? 私はシュンシュン。腕組みをしたちょっと怖そうなのがリンリン。よろしくね」
パンダのような名前の作業員シュンシュンが、陽気に勢いよく話し出す。もう一人のリンリンは鋭い眼光でエインを品定めするように睨んでいた。
「……エインです。ボク、コロッケに詳しくないけど……」
「だーいじょうぶ! 未経験でも簡単にできる仕事よ」
エインたちが話していると、なにやら聞き覚えのある声が聴こえてくる。エインの仲間たちの声だ。彼らも魔王ディオウスに敗れ、ここへとやってきたのだ。
そして作業着姿のエインの姿を見るや否や、彼にいっせいに罵声を浴びせる。それを制止したのがシュンシュンだ。
「あなたたちのなかに魔法使いがいるわね?」
「はい……私ですが」
シャルロットが弟のシャロンの頭をなでながら言う。顔や髪型はそっくりだが、姉は赤。弟は水色の髪の色をしていた。言うなれば色違いの双子である。
「あなたの魔法で金属探知機と異物検出器を直せないかしら」
「ええと、回復魔法なら使えます」
聞きなれない単語に戸惑いつつも、人のいいシャルロットは作業着に着替えてシュンシュンとともに検査工程の場へと行ってしまった。
「……さぁ、あんたたちも早く作業着に着替えな」
リンリンが組んでいた腕をほどき、アイリーンたちに指を指す。どうやらこのおばちゃんがお局らしい。威圧的な眼光はまるでメデューサのようである。
狼男のぺディシオンが作業着に触れようとしたとき、リンリンは甲高い声で怒鳴った。
「あんたは顔まで毛があるからその爪でじゃが芋の芽を剥いてなさい! 毛が混入してクレームが入ったらどうするの!」
「……悪い。オレはどうやら丸いものを見ると……」
「言い訳するんじゃないよ! この犬ッコロ!!」
他のおばちゃんたちに芽取り作業室へと案内されるぺディシオン。
そして次は、大男のマカロである。彼に合う作業着が見当たらないのであった。それに、製造所の中はマカロにとってはちょっと窮屈。これでは製造所内で働くのは無理である。
「あんたは発送係りね。地図ぐらいは読めるでしょ。トラックの運転も慣れれば簡単よ」
「トラック?」
「アクセルとブレーキを踏んだらとにかく動くから。とちるんじゃないよ」
またまた別のおばちゃんに案内されるマカロ。彼の頭上にはクエスチョンマークが沢山浮かんでいた。ずんずん音を立てて製造所外へと出て行く。
「ねー。ぼくは何をすればいいの?」
見たことのない機械の動いている音に興味を示したのか、シャロンはリンリンの恐ろしいまなざしをキラキラした瞳で見つめる。
「ふん、あざといガキだねぇ」
負けたのか、リンリンは彼に傷んだじゃが芋を手作業で取り除く役目を与えた。シャロンは作業着に着替えて穏やかなおばちゃんに連れて行かれる。問題はエインとアイリーン。この二人の因縁である。
「私は作業着なんて着ないわよ! 今ここで、私に剣を向けたエインに復讐するんだから!」
「……アイリーン……」
彼女が聖剣シルヴァラールを両手に握り締め、無抵抗なエインに切りかかろうとした。その時、リンリンが頭についている天使の輪っかを聖剣へと向けて投げる。
それは金色に強く輝き、アイリーンの手元から聖剣が離れロッカーの中へと強制的にしまわれてしまう。ガチャンという施錠音がした。何食わぬ顔で、再び輪っかを頭に戻すリンリン。恨めしそうに唇をかみしめるアイリーン。
「畜生。聖剣シルヴァラールが灰色の棺に奪われた」
「ここは食品を扱う所だよ。さぁ、あんたらも早く同じ持ち場について!」
「持ち場ー?」
アイリーンがしぶしぶ作業着を着ながらリンリンに悪態をつくように言った。彼らのポジションは、人手不足のために、挽肉の味付けと成型工程、そして梱包作業を同時にこなすというものである。
「……ブラックギルド」
アイリーンが嫌みったらしくベーッと舌を出して呟くと、リンリンは、
「天国ではブラック企業っていうんだよ」
と返した。
作業着が着終わったアイリーンと、どこか怯えているエインをリンリンがエアーシャワーまで案内する。まるで魔法のような風圧を浴びながらアイリーンは彼のことを睨みつけて、
「復讐はこの冷凍コロッケ製造所でしてやるから」
そう呟く。心なしか彼女の口角が上がっているように見えた。
(殺気……!)
エインの震えは止まらない。これからどんな復讐が待っているのか。想像しただけで、臆病者の彼は卒倒しそうだった。