揺らぐ乙女心
※この物語はフィクションです。
絶対に真似しないでね!
「エインのばか! 信じらんない!!」
怒りを滲ませながらパジャマに着替えていたアイリーン。そこに勢いよくノックもなしに駆け込むエイン。アイリーンは大きな悲鳴を上げ、近くにあった枕を彼に投げつける。
「ご、ごめん……さっきは」
「出てって!」
威嚇するように服で胸部を隠しながら、エインを睨みつける彼女を見て、彼は一度部屋から出ては、アイリーンが着替え終わるのを待つことにした。それにしても、チラリと見えた桃のような素肌。思い出すだけで、エインの心臓はドクドク波打つ。気がつけば鼻血がたらりと出ていた。
「……いつまでいるのよ。話しがあるならここで聞くわ。で、何の用?」
エインが振り返ると、ドアをそっと開けたアイリーンが彼をジトッとした目で見ている。着替え終わったようだ。驚いたエインは、急いで鼻血を服の裾で拭い、彼女に弁明を始めた。事の全てを話すと、アイリーンは、「ふーん」とだけ言って、エインの手を見る。そして、それをぎゅっと強くつねった。
「痛っ……!」
エインの手が赤くなる。そしてそれはしばらくすると、消えていった。彼はなぜアイリーンがこんな事をするのかがわからなかったが、目の前の彼女は頬を赤らめている。そしてこう言った。
「エイン。私信じてるから」
「アイリーン……!」
どうやら誤解は解けたようだ。エインは揚々と二階に向かって歩いていく。そこをたまたまランランが通りすがった。彼女はわざと彼にぶつかり、床に倒れる。エインが手を差し伸べると、ランランは、
「ありがとうございます」
とだけ言って、部屋へと歩いていった。その様子を見ていたアイリーンは、彼らの間に交わされた言葉を知らない。少しだけ鋭い視線でランランを見やるアイリーンに、彼女は、
「さっき、朝ごはん一緒に食べませんか? と言われました。エインさんって優しい方なんですね。アイリーンさん」
と満面の笑みを浮かべて言う。しかし、さっき約束を交わしたばかりの人間が、こう簡単に心を切り替えるはずがない。アイリーンはランランの言葉を疑った。
「へぇ、明日が楽しみね。私もエインを誘ってみよっと」
「ふふ、アイリーンさんって可愛い」
「なによ」
「なんでもありません」
そんなやり取りが交わされてしばらくして、シャルロットとシルヴァ、エリッサが重い足取りでやってくる。自室に戻っていくランランの姿を見ると、彼女たちはそっと自分達の部屋の中に入っていった。そこには枕をギュッと顔に押し付けて足をバタバタさせているアイリーンの姿があった。
「荒れていますわね……」
「愛は信じること。たった一人の女性ごときに惑わされるなんて、まだまだですわ」
シャルロットが同情するように言うと、シルヴァがそう諭すように呟く。エリッサはアイリーンの頭をポンポン撫でて、微笑ましそうにクスクス笑っていた。機嫌が悪くなったのか、さらにアイリーンのバタ足が強くなる。
一方、エインは、ぺディシオンから、「あの女には気をつけろ」と忠告を受けていた。そして彼がゲキヤスフーズの策略を語ろうとした時、ピアズがエインに対してシルヴァが言ったのと同じような言葉を彼に放った。
「ボクはアイリーンの事が好きさ。ただちょっと、綺麗な人だなって思っただけで……」
「心の乱れが、己の秩序を乱す。ぺディシオンの言う通りだ。気をつけろ」
「いや、ちが……そういう事じゃ……」
全員が着替え終わり、明日の作業に備えて眠ろうと、灯りを消して、エインたちがベッドに横になる。肝心な事を言い損ねたぺディシオンは、
(まぁ、明日に話せばいいか)
ぐらいに考えていた。この判断がエインを泥沼に突き落とす事になる。室内にはアヴァロのハープの音色が、川のせせらぎのように響いていた。




