誤解だよアイリーンさん!
※この物語はフィクションです。
絶対に真似しないでね!
何事も無く、一日の作業が終わり、みんながロッカールームで着替えを済まして会話をしていたところ、アイリーンがお手洗いに行くと言って、一人その場を離れる。
「ところで、あの子とアンタはどういう関係なんだい?」
エリッサが何気なくエインに、アイリーンとの出会いのきっかけや信頼の度合いなどを尋ねてきた。それに若干照れながら応えるエイン。彼は田舎出身の見習い剣士だったのであるが、ある理由で追われていたアイリーンを助けたことから、一緒に旅することになったのである。その理由は……
「家出!?」
そう驚いたコーリンを含め、最強勇者一行が意外そうな眼でエインを見た。彼女はある国の貴族の娘であったが、しきたりや居心地の悪さに耐えかねて、邸宅にあった宝石などを持ち出し、それを資金源に家族たちから逃げまわっていたのである。それに目をつけた、エインの住む近くの森の盗賊に狙われたところを、彼が助けたというわけだ。
「あの頃のエインは格好良かったんだー」
シャロンが言うと、エインは頭をかいて頬を少しだけ赤らめる。
「私は今も格好良いと思います。一生懸命仕事をする姿、素敵ですよ」
ランランがお手洗いから戻ってくるアイリーンを見た瞬間、すかさずエインの手を握り、潤んだ瞳で彼を見つめた。アイリーンには、まるでその姿がプロポーズをしているように見えた。か細く繊細な手の感触にさらに顔を赤くするエイン。彼はアイリーンの存在に気づいていない。彼女の身体からは、今にも噴火しそうなほどの湯気が出ている。その様子に気づいたみんなは、慌ててその場から離れた。
「エインのばかー!」
アイリーンは、エインの頬を平手打ちして、寮の方へと駆け出していってしまう。
「え、ちょっ……待ってよぉ」
ヒリヒリする頬を押さえながら、彼女を引きとめようとするエインであったが、ランランが彼の腕を掴んで、赤く腫れた顔を、指でなぞった。腫れはしばらくすると消えていく。段々距離を詰めていくランランに困惑しつつ、エインは、
「もう大丈夫だから。それよりアイリーンの誤解を解かなくちゃ」
そう言って、彼女から離れる。
「アイリーンさんはいいですね。こんなにも素敵な人に守ってもらえたなんて」
「ははっ、最初だけだよ。剣の上達は彼女の方がはるかに上だったし」
ランランの言葉に、エインはそう答えると、頬を赤らめながら寮へと走っていった。一連の様子を見ていた魔王ディオウスは、密かに進行しているであろう彼女の作戦に、満足げな顔をする。不審な彼の表情を横目で見ていたぺディシオン。
「俺たちもそろそろ寝るぞ」
シャロンとコーリンに話しかけるマカロ。シルヴァとエリッサ、シャルロットはアイリーンと同室なので、若干気まずそうに寮へと向かった。
「では我々も」
ピアズがアヴァロとぺディシオンに話しかける。
「ぺディシオン?」
「……あぁ、少しボーッとしていた。すまない」
ピアズの問いかけを聞いて、魔王ディオウスから目線を逸らすぺディシオン。彼らもまた寮へと向かって行った。魔王ディオウスもひっそりとその場を後にする。最後までロッカールームに残っていたリンリンとシュンシュンは、
「なんか、若いって良いねぇ! 青春って感じがするよ!」
「ふんっ、愛なんて思わない形で簡単に引き裂かれるものさ」
「あんたまだ娘のこと引きずってんのかい? ありゃもう戻ってこな」
「お黙りよ!」
陽気に笑っていたシュンシュンが顔をこわばらせた。
「ちょっと一人にさせておくれ」
リンリンがそう言うと、シュンシュンは心配そうな顔をしながら寮へと戻っていく。
「どうしてこう、素直になれないのかねぇ……」
ロッカールームの床に小さな雨粒のようなしみができた。どうやらリンリンの隠し事はまだあるようだ。そして、エインはアイリーンの誤解を解くことができるのか。一度ヒビの入ったガラスは割れやすい。そして割れたガラスは触れた者にも傷を与えるものだ。このままでは仲間同士の志気も下がってしまう。ここはエインに男気を見せて欲しいところだ。




