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エインの裏切り

※この物語はフィクションです。

 絶対に真似しないでね!


 大きな三日月のような影がゆっくり迫りくる。


 血のように紅い双角を持つ魔王ディオウスの前で倒れ伏す勇者たち。


「くそぅ、全体回復できるアイテムがあれば……」


 双剣そうけん使いの勇者エインは、地面に這いつくばるように、目の前の倒すべき敵を見ている。聖剣使いのアイリーンという少女は剣の効果で少しだけ回復していた。


「みんな、大丈夫!?」

 

 彼女が広い魔王城を見回すと、弓使いのシャロンという男の子、そしてその双子の姉である魔法使いのシャルロットが息を切らして互いを支え合っていた。


「……魔力が切れてしまいましたわ、回復できなくてごめんなさい……」


 シャルロットが小さな声を振り絞って言う。


「姉さんは悪くない。ぼくの矢が届かなかったから……!」


 シャロンは小さな手で、ぬくもりを伝えるかのように姉の手をぎゅっと握った。


「これはまずいな……」


 狼男のぺディシオンが言う。その鋭い牙には亀裂が入り、口からは一筋の血の泉が流れている。前衛で戦っていた大男のマカロは、壁まで飛ばされそこにめり込んでいて白目をむいていた。


「そんな……今ここでこいつを倒さないと世界中の人が魔物たちに殺されてしまうのに」


「こんな風にか?」


 悲惨な状況を見たアイリーンの目の前で、魔王ディオウスはわざとらしくエインの顔を踏みつけた。みしみしと骨の音がする。


「そうだ、これは我からの慈悲だ。我の下僕になれ。そうすれば、永遠の命を与えてやろう」


 そう言われる。屈辱的な言葉。仲間たちは当然全員誘いを断った。しかしエインは――


「ボク、こんなところで死ぬの嫌だぁ! ディオウス様、ボクをあなたの配下においてください!」


 死への恐怖から仲間を裏切ったのである。彼は懐にあった、貴重なアイテムなどを全て差し出した。中には結界を張っているお城の地図もあった。そこには多くの人が避難している。魔王ディオウスの目に入れば、間違いなく襲撃されるであろう。仲間たちは愕然とした。


「見損なったわエイン! 昨日は“ボクが世界中の人たちを守る”って意気込んでたのに!」


 アイリーンが心底嫌悪感を表しながら言うと、エインは彼女に向かって双剣を向けた。それを聖剣で受け止めるアイリーン。


「気が狂ったの、エイン!」


 彼から最後に振り絞られた力が自分のところに来るのが悲しい。アイリーンは複雑な気持ちで聞いた。どうやらエインは錯乱状態にあるようだ。そして、今までの不満がぽつりぽつりと呟かれ始め、次第には大きな声で叫び始めるようになる。


「前から思ってたんだ。どうしてボクが聖剣シルヴァラールに択ばれなくて、君が択ばれたのか! 自動で回復してくれる、それに聖剣なんて特殊なアイテム、本来は勇者であるボクが持つべきじゃぁないかぁ!?」


 仲間たちはその言葉に目を瞑り、彼を心の底から軽蔑した。一部始終を見ていた魔王ディオウスは、


「クックック……」


 と不気味な含み笑いをする。ここで彼の自尊心はプツリと切れたらしく、双剣を収めて打つべき敵のもとへ傷口を抑えながらゆっくりと歩みだすエイン。


「……もうそんなことどうでもいい。永遠の命があればボクは死なない。死なないんだ。ディオウス様、ボクに力を!」


「よかろう」


 魔王ディオウスはそう言うと彼に近づき、エインの心臓を抉り出す。そして唯一彼が傷付けることのできた左頬の浅傷の血を一滴、エインの口の中に流し込んだ。しかし何も起こらない。


「あの世で永久とわに生きよ。愚か者め」


 エインは魔王ディオウスに騙されたのである。あの世なんてあるわけがない。仲間たちがエインの名を呼ぶ。その声は純粋に共に旅をしてきた仲間の死を目の当たりにする、悲鳴のようなものであった。ちらりと見えるアイリーンの涙。


(みんな、ごめん……)


 後悔しながら意識が遠のくエイン。次に彼が気が付くとそこは……


「――あらあら、作業員が来たわよ!」


 全身が作業着で覆われたおばちゃんが数人しかいない天国の冷凍コロッケ製造所だった。

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