新品の2年生 32
初めてレコーディングをしてから6日が経ったが、私はベースの練習を程々にダンスに邁進していた。
毎日楽器屋RACKのレコーディングスタジオに通いダンスを練習している。
そしてついに、選抜全ポジション分のダンスを覚えきったのだ。
ただ、覚えただけでまだ完成度は納得いく様なレベルではない。
だが、とりあえずひと段落ついたという気持ちはあった。
「嬢ちゃんそろそろ締めるからあがってくれ」
毎日の様に店長に急かされ後片付けをする。
そして、1階に戻るとコーヒーの匂いが私を包んでくれる。
「今日は味をちょっと変えてみたが、分かるか?」
帰る前に1杯分のコーヒーを楽しむ。
最近の習慣になっていた。
「少し後味が残る感じしますね!こっちの方が好きかもしれません」
相変わらず角砂糖を2つ入れないとコーヒーを飲めない私。
まだまだ、コーヒーの本当の美味しさを知るには実力不足だ。
「あたりだ!嬢ちゃんコーヒー淹れるセンスあるかもな」
話す事は大体こんな感じで、そんなに深い話はしていない。
美味しいバームクーヘンもついに最後の一切れとなり、少し寂しさを感じながらかじる。
ゆったりとした時間に浸かれるこの空間は好きだ。
明日には本番のレコーディングをするのに、正直身が入っていない。
2人の自分が答えを出すのを拒んでいるからだ。
自然とため息がでる。
「嬢ちゃん見てると面白いよな。下でなんかやってる間は鬼みたいな顔してるのに、バームクーヘン摘んでる間は子供みたいに嬉しそうな顔してるもんな」
店長もバームクーヘンを食べながら、私をからかう。
自分では顔を見ていないから分からないが、多分顔は真っ赤に染まっているはずだ。
「ベース弾いてる時は、常に怖い顔してると思ってたがレコーディングしてる時はいい顔してた。嬢ちゃんは誰をイメージしながら弾いてたんだ?」
店長はコーヒーをすすりながら私の顔をみる。
その顔は優しくも真っ直ぐ私の目を見つめていた。




