新品の2年生 30
地下にあるスタジオから1階の楽器屋まで戻ると、コーヒーの匂いが充満していた。
使い込んだ机で店長がコーヒーを入れているところだった。
「いい匂いですね」
普段は紅茶派の私。
コーヒーは、苦くてカフェオレしか飲めない。
だけど、匂いは好きだ。
「だろ?俺のオリジナルブレンドだ。嬢ちゃんも飲むか?」
店長はコーヒーの入ったポットを差し出す。
「せっかくなんでいただきます」
店長のオリジナルブレンドという響きに惹かれた。
ちょっと背伸びするのもたまにはいい。
店長はミルで挽いたコーヒー豆をフィルターに入れお湯を注ぐ。
ドリップしている間の沈黙。
コーヒーの香りだけで充分満たされる。
「コーヒーってのはな、お湯の温度や豆を挽くミルの種類でも味が変わる。繊細な飲み物なんだ」
「そうなんですか?紅茶と一緒なんですね」
紅茶を入れている間、母も同じ様に教えてくれた。
多分、店長も母もこだわりが強いのだろう。
だからこそ、母の紅茶は世界一美味しいのかもしれない。
「淹れたてだ」
店長は私にコーヒーを差し出す。
私はカップを持ち口元に近づける。
鼻に広がる香るビターな匂い。
一口すする。
「あつ!」
それが一口目の感想だった。
舌を少しやけどしてしまったかも知れない。
その光景を見て店長は笑っている。
少し恥ずかしい。
今度は少し冷まし、注意してすする。
ビターな味が口の中に広がる。
やっぱり苦い。
「まだブラックで飲むには人生経験が足りないみたいだな」
店長は笑って角砂糖の瓶を私に寄越す。
どうやら、表情に出てしまっていた様だ。
角砂糖を受け取り、2つ。
真っ黒な水面に落とす。
白かった角砂糖は黒に吸い込まれていった。
砂糖をかき混ぜ、一口すする。
ほのかな甘みが口の中に広がる。
私にはこれくらいの甘さがちょうどいい。
舌に残る苦味の余韻を感じる。
「美味しい」
ボソッと呟く。
お世辞ではなく、心から出た言葉だった。




