卒業のあと 42
「とにかく、早くダンス覚えないとな。一番前だから間違えたらバレちゃうし。」
あの人はペットボトルを床に置き、また鏡に向かう。
いつもと同じ台詞だ。
きっと自分がセンターに選ばれていなくても結局は自主練をしていただろう。
「居残り姉妹」
私達はスタッフさん達にそう呼ばれていた。
新曲が出るたびに遅くまで自主練をしているコンビだかららしい。
未成年である私達は午後9時までしかレッスン場に居られないが、そのギリギリまで練習をして、よく管理人さんに怒られているというコンビでもある。
とはいえ、やっていることは対照的だ。
自分のポジションの振りを繰り返し反復するあの人と、自分のポジション以外のメンバーの振りを覚える私。
だから、練習中に教えあう事もなく鏡の自分に集中している。
だが、なんとなくお互いが居てくれる事が心地いいし、励みにもなっている。
「夢じゃないよ!頑張ってる姿をみんなが見てくれていたから選ばれたんだと思う。」
歯切れの悪い言葉が、本当の事を打ち明けられない自分のもどかしさを物語る。
側でずっと頑張っているのを見てきた。
レッスン場に居て当たり前の存在。
居たらホッとする存在。
だからこそ、あの人の才能をみんなに気づいて欲しかった。
その気持ちがあるのは確かだから。
「そんな事言われちゃうと一層頑張らないといけないじゃん。」
鏡ごしに見透かされているような気がする。
「なら、私も負けないように頑張らないと。」
それを誤魔化すように私も鏡の前に向かう。
心地いいはずの場所が今は少し辛い。
あと半年を切った私のアイドルとしての時間。
刻々と過ぎていく中で、本当の事を打ち明けられる日は来るのか。
卒業の時の自分の姿を想像出来ずにいた。




