あの子は透明少女 20
「「vacant land」さんステージ袖までお願いします」
インカムをつけたスタッフさんが私達を呼びに来る。
大丈夫。
化粧は崩れていないし、目も充血していない。
念の為、目薬を差す。
ステージ袖。
私達の楽器が並べられている。
衣装を着替える前にチューニングはした。
ここでは最終調整を行う。
暑い。
とにかく暑い。
日陰になっているここでも暑いのだ。
ステージなんて比べ物にならない事は容易に想像できる。
水を飲み干す。
ただし、常温。
とにかく口が乾く。
私だけじゃない。
先輩達も同じ様に仕切りに水を飲んでいる。
「柄本、お前3分保つか」
今岡先輩は私に耳打ちする。
「大丈夫です。暑さには慣れてますから」
私はそう答えた。
笑顔を作って。
もちろんそれは作り物。
ただし、自称一級品。
今岡先輩に見破られる事はないだろう。
正直、自信を持って大丈夫だとはいえない。
この会場の中で野外ライブの経験は誰よりもある。
自負はあるもののブランクもある。
今までとは違う環境、違う緊張。
懸念すべき点を挙げればキリがない。
そんな事を考えていると、背中に痛みが走る。
「また難しい事考えてる顔してるぞ!笑顔だ!笑顔!」
豊田先輩は自分の口角を指で上げながらいう。
自称一級品の作り笑いは考え事をしている間に崩れてしまった様だ。
袖から見るステージ。
蜃気楼なのではないかと思う。
近づいたら消えてしまう様な。
目に見えているのは現実ではない様な。
自分の感覚では現実とは思えない場所。
それがすぐ側にあると言う事を脳みそが理解を拒否する。
人はこれをノスタルジックと表現するのだろうか。
これは初めての感覚じゃない。
あった。
私にも確かにあった。
「fishing is good」のメンバーの様な表情が出来た時があったのだ。
ただ真っ直ぐにステージに立つのが楽しかった時が。
お客さんに会うのが嬉しかった時が。
夢の中で一生懸命に泳いだ時が。
「やっぱり笑顔が一番だな」
私は笑っていた。
一級品の笑顔で。




