卒業のあと 35
それから、何度か逃亡を試みてみたが結局オーディションの選考から逃げられなかった。
色々と策は練ってみたものの全て先生には通用せず、挙句珠紀が意外と乗り気ということもあり私は降伏せざるを得なかったのだ。
初対面はほぼ完敗に近かったと言ってもいいだろう。
私はなんの武装もせず無防備な状態で向かっていったのと同じだ。
結局先生の手の内を知ることもできなかった。
そもそも私はここに何をしに来たのか。
事務所に呼ばれて偉い人達と卒業の話をしに来た筈だった。
その偉い人が鳩崎先生で、色んな質問をされてその度に私は自分の心と対話していた。
心の中の本音を探し続け、答えを出して来た。
まるで自分と会話しに来たようだ。
自分の発言にここまで深く考えを巡らせたのは初めてかもしれない。
言葉の重さとでも言うのだろうか。
自分の一つ一つの発言に責任を感じていた。
私はまだまだ子供だ。
まだまだ勉強が足りないなと思った。
最近ずっと勉強不足だなと感じているような気がする。
鳩崎先生や社長と話しているとつくづくそう思う。
今の私では到底及ばない。
いつか先生達と対等に戦える日は来るのだろうか。
とりあえず、社長室を出た私と珠紀とマネージャーは一言も喋らぬままエレベーターに乗る。
「疲れたー」
と珠紀が、
「めっちゃえらかったー」
と私が、
「しんどかったー」
とマネージャーが、
扉が閉まるなり、三人は一斉に息を吐く。
混じり気のない心からの本音。
一気に全身の力が抜け、壁にもたれかかるところまで三人一緒だった。
「マネージャーは関係ないじゃないですか。」
珠紀はむくれた顔でマネージャーに言う。
今回唯一被害を被っていないのはマネージャーだ。
なのに一番疲れた顔をしている。
「鳩崎先生がいるし、西村さんが何処かに行っちゃうし、その上2期生オーディションでしょ。その上、貴方が卒業するなんて…」
マネージャーはそのまま座り込んでしまった。
“卒業する”
社長室で珠紀とマネージャーにもその事を伝えた。
二人共驚いた表情をした後、少し怒ったような表情をしたのを覚えている。
「卒業の事なんで相談してくれなかったの?」
珠紀は天井を見つめながらぼそっと言った。
その言葉は、エレベーターの下降する音だけが聞こえる静かな箱の中に響いていた。




