卒業のあと 29
「なら、やるんだな。」
先生はソファに座りなおし少し前のめりになる。
その瞬間、私は膝の上に置いた手をギュッと握る。
アイドルになってセンターに憧れなかった事はない。
初めてアイドルのライブをみた時から、一番前で踊るアイドルの姿に憧れていた。
一番前で、一番スポットライトに照らされ、一番声援を送られ、一番輝いている姿に。
その憧れに今、手が届きかけている。
「嬉しいお話ですがダブルセンターの件はお断りします。私はその器ではありません。」
珠紀と並んでセンターをやる実力ではない。
2年半アイドルをやっていた私の答えだった。
少し残念だが、後悔はない。
また少しの沈黙が流れる。
相変わらず真剣な顔をしたままの先生。
隣にいる社長は額に薄っすら汗をかいている。
私はただその姿をじっと見つめていた。
「アイドルに未練はないみたいだな。」
先生は優しい顔になる。
それはまさに親が子を見る様な顔だった。
「はい!音楽をやりたい、バンドのメンバーとしてやっていきたいと思ってます。」
先生には全てお見通しだったのかもしれない。
最初の一太刀で全て見抜かれていたのではないかと思う。
心理戦を挑もうなんて無謀な事だったのだ。
緊張が解けていく。
「音楽をやるか…大変だぞ。」
先生は苦笑いしている。
常に音楽シーンの先頭にいるのだからその大変さは誰よりも分かっているのだろう。
「だから、今始めないと追いつけないなと思いまして。」
そういって、肩にかけていたカバンから「80年代アイドル全集」を出す。
有名な作詞家が連なる作詞者欄に「鳩崎靖晃」の名前が書かれている。
今から約30年前、1980年代後半の時点で先生はすでに作詞をし世に作品を出していたのだった。
「また懐かしいものを見つけてきたな。」
先生が驚くのも無理もない。
今から15年前に出たCDだ。
むしろ、私もよく見つけたと思う。
意外と値段もした為、お財布が大打撃を受け非常に厳しい月末を過ごしたのだった。




