夏蝉、鳴く 36
「萌さんは迷ってますけど、それはいい事だと思うんです。迷った分だけ演奏の幅って広がるんですから」
加奈子ちゃんの言葉は確かな説得力があった。
前を向いている人の言葉は人の心を動かせる。
そう思わせてくれる確かな力が。
「加奈子ちゃんありがとね!私も頑張るから!」
そう言ってベーグルサンドに噛り付く。
その姿を見た彼女は嬉しそうに微笑み、またバケットサンドを頬張り始めた。
お互いに夏休みは忙しい。
だけど、加奈子ちゃんとは時間を作ってでも会いたいと思える。
まだ少し距離はあるけど、また話を聞いてほしくなるのだ。
加奈子ちゃんはトランペットを、私はベースを担ぎ駅へと向かう。
二人ともデニムにTシャツ。
並んでいると、同じバンドのメンバーの様だ。
相変わらず日差しは強い。
けど、加奈子ちゃんの肌は真っ白で光が通過してしまうのではないかという程透き通っている。
見惚れてしまう程に彼女の肌は綺麗だ。
加えて金木犀の香り。
彼女の周りだけ少し涼しく感じられる様な気がする。
駅で彼女と別れた私はその足で楽器屋「RACK」へと向かう。
お店に入るとすでに先輩達はいつもの使い古した机を囲んでいた。
「やっぱり柄本が最後なんだな」
先輩達は笑っている。
確かに私が最後だったが別に遅刻はしていない。
そもそも、朝から集まるという事しか決まっていないのだから遅刻という概念はないはずなのだ。
「先輩達が早過ぎるんです」
時刻は午前10時。
私ですらお店の開店時間より早く来ている。
むしろ、先輩達が早過ぎると言っても過言では無い。
「嬢ちゃんの言う通りだぞ。俺が店開けると時にはもう居やがって!」
店長はお店のブラインドを開けながら文句を言っている。
とはいえ、そんな事を言いながらもお店の一角を使わせてくれている優しさ。
私達はそれに完全に甘えている事を自覚している。
「さて、柄本も来た事だし作戦会議を始めるか」
豊田先輩が意気揚々と立ち上がり私達を反対側に移動する様促す。
そして、持ってきたノートパソコンを机に置き私達の方に画面を向けた。




