夏蝉、鳴く 29
「誤解する言い方してすみませんでした」
今岡先輩のお母さんの運転する車の中、知美ちゃんに気を使われている。
そんなに暗い顔をしているだろうか。
窓ガラスに映る自分の顔を横目で見て確認する。
なぜ一緒の車に乗っているのかというと、先輩のお母さんが家まで送ってくれるというのでお言葉に甘えているからだ。
「謝らないで大丈夫だよ!どっちにしろ全国大会出れるんだから凄いじゃん!」
私は意識して笑顔を作る。
顔が引きつっていない様に見せるにはしっかりと歯を見せるのがコツだ。
先輩のお母さんとバックミラー越しに目が合った。
私の様子を心配して見てくれているのだろう。
昔を思い出す。
合唱部の練習で遅くなった日。
よく先輩のお母さんに家まで送ってもらった。
助手席は先輩が乗り、私は後部座。
いつも少し古いバンドの曲が流れていた。
カセットテープを何度も再生したのだろう。
所々音飛びがあったりしていた。
あまり音楽を知らなかった私だが、あの時流れていた曲は今でも覚えている。
あの頃と同じ夕日。
しかし、今車内では16区ナゴヤの曲が流れている。
カーオーディオの選曲は知美ちゃんが行っているのだろう。
助手席で上機嫌に歌詞を口ずさむ。
グループの曲を聞いてくれているのは嬉しい。
だけど、自分の歌っている声が流れたりすると恥ずかしくなる。
その時、私のスマホが揺れる。
またしても、サイレンモードに設定したままだった。
揺れ続けるスマホの画面を確認すると着信は今岡先輩だった。
「あれ?今岡先輩から?」
先輩のお母さんの運転する車で先輩から電話がかかってくる。
なんといいタイミングなのだろうか。
「寿気から?なんだろうね?萌ちゃん出てあげて」
先輩のお母さんはそういうとカーオーディオの音量を下げる。
それを確認し、言われた通りに電話に出ることにした。
「あ、柄本!今テレビつけれるか?」
電話に出るなり先輩はそう言った。
随分と慌てた様子で。
「え?テレビですか…ちょっと待ってください…」
会話の内容を察した知美ちゃんが運転中の先輩のお母さんに代わりにカーナビの設定をテレビに切り替えてくれていた。




